
1937年、ナチス・ドイツへの併合で揺れるオーストリア。自然豊かな湖のほとりに母親と暮らす17歳の青年フランツ(ジーモン・モルツェ)は、タバコ店見習いとして働くためウィーンにやって来た。“頭の医者”として知られる常連のフロイト教授(ブルーノ・ガンツ)と親しくなり、人生を楽しみ、恋をするように勧められる。やがてフランツはボヘミア出身の女性アネシュカにひとめぼれ。初めての恋に戸惑い、フロイトに助言を仰ぐが、オーストリアは激動の時を迎えようとしていた──。
2012年に出版されたローベルト・ゼーターラーの小説「キオスク」の映画化で、監督はオーストリア出身のニコラウス・ライトナー。ヴィム・ベンダース監督の「ベルリン・天使の詩」(87)などで知られ、2019年に他界した名優ブルーノ・ガンツの遺作となった。

物語はフランツの視点で描かれる。ウィーンでは見るもの全てが新鮮だった。ナチスが侵食し始めた街のタバコ店という小さな世界で、戦争で片足を失った店主オットー(ヨハネス・クリシュ)から接客を学びつつ、常連たちとの短い会話から生まれる人脈。タバコ店は大人に成長する学びの場となる。店ではタバコや新聞のほか、大人向けの卑猥な雑誌も隠れて販売していた。そこへ実在した心理学の巨匠フロイトが常連として登場する。
フロイト教授はフランツに恋と人生を教える良き理解者で、物語に深みを与えている。母子家庭に育ったフランツにとって、店主オットーとフロイトは父親のような存在といえよう。人生の表裏を教えるオットーと、大人の恋と精神世界を教えるフロイト。二人の教えに導かれてフランツは成長する。

現実の物語と並行して、フランツが見る夢、突発的な妄想が映像として挿入される。フロイト教授の心理学と物語がリンクするように、幻想的であったり暴力的であったりする。観客がフランツの心理状態を、精神分析のように読み取れる仕組みだ。
ナチスが暗い影を落とすウィーンで、老いや病と闘いながら、青年を導くフロイト教授に命を吹き込んだガンツ。「ベルリン・天使の詩」(87)の天使役で知られる名優だが、「ヒトラー 最後の12日間」(04)ではヒトラー本人を演じた。今回演じたフロイト教授はユダヤ人で、ナチスから逃げるように英国へ亡命する。
フィクションに史実が程よくミックスされた魅力的なドラマ。ガンツの温かく、心にしみる最後の名演だ。
(文・藤枝正稔)
「17歳のウィーン フロイト教授 人生のレッスン」(2018年、オーストリア・ドイツ)
監督:ニコラウス・ライトナー
出演:ジーモン・モルツェ、ブルーノ・ガンツ、ヨハネス・クリシュ、エマ・ドログノバ
2020年7月24日(金)、Bunkamura ル・シネマほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
https://17wien.jp/
作品写真:(C)Tobis Film Petro Domenigg