
1604(慶長9)年。9歳の吉岡又七郎は、宮本武蔵との決闘に臨んでいた。吉岡が所属する名門・吉岡道場は、武蔵に道場破りをされ、過去の決闘で師範・清十郎とその弟・伝七郎を失っていた。面子をつぶされた吉岡一門は幼い清十郎の嫡男・又七郎との決闘を膳立てし、一門全員で武蔵を襲う計画を練ったのだ。一門の100人と金で雇った他流派の300人が決闘場の周りに身を潜めていたが、武蔵は突如現れて襲い掛かる。奇襲に凍りつく一門。武蔵一人と400人の死闘が始まった──。
「狂武蔵」は2011年に資金問題で撮影が中止されたが、プロジェクトを無駄にできず主演の坂口拓が立ち上がった。クライマックスで「10分間ノーカット、ノールールで斬り合う」構想を膨らませ、坂口は「77分ワンカットで、武蔵が一人で588人を斬りまくる」ことを思いつく。撮影は夕景を狙った一回勝負。坂口はスタッフに「腕が折れても、目がつぶれてもカメラを止めるな」」と指示。坂口自身も指と肋骨を骨折したが、撮影後に俳優業を引退。「狂武蔵」は日の目を見ず、倉庫に9年間眠っていた。

その後、坂口はアクション監督として映画界に復帰。下村勇二監督「RE:BORN」(17)で主演を果たした。下村監督とは「大阪倉田アクションクラブ」同期の太田誉志が「狂武蔵」の存在を知り、権利を買い取り、クラウドファンディングで約782万円を集めた。ドラマ性と進化したアクションを加えるため、オープニングとエンディングを新たに撮影した。監督は「キングダム」(19)でアクション監督を務めた下村が務め、斉藤洋介、樋浦勉のほか、「キングダム」で坂口と共演した山崎賢人が出演している。
冒頭以外は説明描写を排して、武蔵に扮した坂口拓と、刺客の吉岡一派400人が、77分間ひたすらで斬り合う。実際には40人ほどが斬られては復活し、400人いるように見せているという。刺客が斬られた後に自力で画面から退き、同じ俳優が何度も斬られては復活する。まるで武蔵とゾンビが戦っているようだ。

坂口拓はすごいの一言に尽きる。若い俳優を無駄のない殺陣でバッタバッタと斬り殺す。通常の時代劇では見ない脳天を勝ち割る技も披露し、刀と足技を同時に繰り出して倒していく。だが坂口も人間。これだけの人数を斬り続けるには限界がある。そこで決闘場のあちこちに新しい刀と竹筒に入れられた水が隠され、坂口は戦いの合間に水を口に含み、一瞬体を休ませる。
キレッキレで始まる坂口の殺陣もやがて疲労感が画面から伝わるようになり、後半は苦しそうに「あーっ、あーっ」と声を出しながら戦う。坂口の肉体が限界を越える様子をとらえており、ドキュメンタリー要素を含んだ時代劇の快作となった。
(文・藤枝正稔)
「狂武蔵」(2020年、日本)
監督:下村勇二
出演:坂口拓、山崎賢人、斎藤洋介、樋浦勉
2020年8月21日(金)、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開中。作品の詳細は公式サイトまで。
https://wiiber.com/
作品写真:(C)2020 CRAZY SAMURAI MUSASHI Film Partners