2020年10月22日

「みをつくし料理帖」角川春樹78歳、「最後の監督作品」

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 享和二年の大阪。8歳の澪と野江は姉妹のように仲の良い幼なじみだったが、大洪水で生き別れになってしまう。10年後。両親を亡くした澪は、江戸・神田にある蕎麦処「つる家」で女料理人になっていた。一方、野江は吉原の遊郭で花魁・あさひ太夫を名乗っており、やがて澪が生み出す料理が、二人を再び引き寄せる──。

 高田都の同名時代小説シリーズが原作。「犬神家の一族」(76)、「人間の証明」(77)「野生の証明」(78)など、1970〜80年代にプロデューサーとして一世風靡した角川春樹による最後の監督作品だ。

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 かつて角川映画に出演した俳優が多く起用されている。蕎麦処の主人は「犬神家の一族」で金田一耕助を演じた石坂浩二。「蒼き狼 地果て海尽きるまで」(07)の反町隆史、若村麻由美、中村獅童、「スローなブギにしてくれ」(81)の浅野温子、「メインテーマ」(84)の薬師丸ひろ子、野村宏伸、「晴れ、ときどき殺人」(84)の渡辺典子、「天と地と」(90)の榎木孝明、「野獣死すべし」(80)「キャバレー」(86)の鹿賀丈史。「角川オールスターズ」の様相だ。さらに窪塚洋介、藤井隆も出演している。

 角川春樹は薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子を“角川三人娘”として売り出し、大ヒットを連発した。今回主役に選んだのはドラマ「ひよっこ」で注目を浴びた松本穂香、「ハルカの陶」(19)の主演・奈緒だ。旬な二人に加え、元「乃木坂46」の衛藤美彩、「曇天に笑う」の小関裕太ら、若手俳優の選び方にセンスを感じる。

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 スタッフにも注目だ。主題歌の作詞・作曲は「ねらわれた学園」(81)、大林宣彦監督版と角川春樹監督版双方の「時をかける少女」で主題歌を手掛けた松任谷由実。夫で作曲家の松任谷正隆が劇伴音楽を手がけた。正隆氏も「晴れ、ときどき殺人」に俳優として出演している角川ファミリーだ。

 生き別れとなった幼なじみの友情と運命を、落ち着いたトーンで描いている。料理が引き寄せる絆、笑いと涙、時に暴力を交えた演出。出版社社長から映画プロデューサー、映画監督となった角川春樹も78歳になり、最後の監督作品はいいゴールとなった。往年のヒット作ほど派手ではないが、軽妙で丁寧な語り口は、多くの観客の心をつかむだろう。

(文・藤枝正稔)

「みをつくし料理帖」(2020年、日本)

監督:角川春樹
出演:松本穂香、奈緒、若村麻由美、浅野温子、窪塚洋介、小関裕太、野村宏伸、中村獅童

2020年10月16日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://www.miotsukushi-movie.jp/



作品写真:(C)2020 映画「みをつくし料理帖」製作委員会

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2020年10月05日

「望み」消えた息子をめぐるサスペンス 堤真一「つらく、難しかった」

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 10月9日公開のサスペンス映画「望み」の公開を前に、東京都内でこのほど完成披露試写会が行われ、主演の堤真一、石田ゆり子、堤幸彦監督が舞台挨拶した。雫井脩介の同名ベストセラー小説が原作。消えた息子をめぐって家族の思いが交錯する作品だ。息子・規士役を岡田健史、妹・雅役を清原果耶、父・一登役に堤、母・貴代美役を石田が演じる。堤は「難しいというか、発している言葉と体にずれを感じて、本当につらかった」と語った。

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 幅広いジャンルの作品を手がけてきた堤監督は「キャストやスタッフに助けられ、体験したことのない、演劇を作っているような緊張感ある撮影ができた」と振り返った。父親役の堤については「ひとことひとこと、ものすごい熱量をかけて、考え抜く演技をしてもらった」と絶賛。石田には「前回の『悼む人』(15)でかなりきついことを要求したが、それに勝るとも劣らないつらさを強いてしまった。強い母の愛を体現してもらい感謝している」と話した。息子役の岡田については「若い俳優の中でも誰にも代えられない存在感を持っている。残り香というか、振り向いて目線の先に何かを残していく演技に注目してほしい」と語った。

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 父・一登を演じた堤は「台本を読んだ時、良い話とは思ったが難しいので断ろうと思った。現場に入ってからも難しいというか、発している言葉と体にずれを感じて、肉体と気持ちが解離していくような感覚で本当につらかった。撮影以外の時は、楽しく過ごそうとベラベラしゃべっていた」と撮影を振り返った。

 これに対し、石田も「撮影以外の堤さんは薪ストーブがどんなに素晴らしいか、薪ストーブの話ばかりしていて、私も欲しくなりました」と話して笑いを誘った。母・貴代美役ついては「想像を絶する役だったので、話しを全て理解したうえで飛び込むしかない。ある瞬間から全てのシーン泣かなければならなくて、つらかった」と苦労を口にした。

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 息子を演じた岡田は「僕の演じる規士が加害者なのか被害者なのかが肝になる作品。どちらにもとれるよう、社会性をなくすことを突き通した。今までの作品とは違うアプローチだったので、衣装合わせの時に監督から『反抗期(の空気)を出して』と言われた。準備したことは間違っていなかった。監督が肯定してくれたから、のびのびと規士を生きることができた」と話した。

 最後に堤が「色々な視点で観ることができる映画。それぞれの視点で観てもらえれば」、石田は「時間がとても濃い。1秒にものすごく凝縮された気持ちが詰まっていて、あっという間に観終ってしまうと思う。集中して見て下さい」、岡田は「映画を観て、両親や、子どもや家族を思い出して、家に帰ったら家族を愛でる時間を設けて下さい」と語った。

 堤監督は「映画のどこかに皆さんが所属していると思います。それくらい皆さんの心に刺さる、刺さりたいという気持ちで作ってきたので、最後まで見て下さい」と呼びかけて締めくくった。

(文・写真 岩渕弘美)

「望み」(2020年、日本)

監督:堤幸彦
出演:堤真一、石田ゆり子、岡田健史、清原果耶

2020年10月9日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://nozomi-movie.jp/

作品写真:(C)2020「望み」製作委員会
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2020年10月04日

「生きちゃった」 石井裕也監督最新作「愛と衝動と魂だけで作った」

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 幼なじみの厚久(仲野太賀)と武田(若葉竜也)、奈津美(大島優子)は、学生時代を含めていつも一緒に過ごしてきた。30代を迎え、厚久と奈津美は結婚して5歳の娘がいた。だがある日、厚久が早退して家に帰ると、奈津美が見知らぬ男と肌を重ねていた。その日を境に3人の関係が動き出す──。

 「川の底からこんにちは」(09)、「舟を編む」(13)、「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」(17)の石井裕也監督の最新作。発端は19年の上海国際映画祭。「至上の愛」をテーマに映画製作の原点回帰を模索する企画で、石井監督を含むアジアの監督6人が参加した。

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 舞台は東京近郊の工業地帯。30歳になった厚久と武田は、起業に向け英語と中国語のレッスンに励んでいる。厚久と奈津美夫婦の暮らしはつつましく、今も若い頃のように仲のいい3人だった。しかし、奈津美の不倫をきっかけに、負の連鎖が始まり、坂道を転げ落ちるように3人の人生は狂っていく。

 うたい文句が「忖度、制約なく完全な自由の中で作った映画」というだけに、観客にこびを売らない作品だ。登場人物を厳しい試練が容赦なく襲い、3人はネガティブな方向に向かう。現代日本の陰鬱な空気が、作品にも反映されている。奈津美の不貞で壊れる夫婦を、武田は見守り続ける。妻や娘と別れた厚久の心は完全に折れてしまう。感情を押し殺し続けた厚久が、負の連鎖を断ち切るように爆発する。自らの感情と素直に向き合い、選んだ道が一筋の光となる。

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 石井監督は「愛と衝動と魂だけで作った」と語る。スポンサー主導の商業映画のしがらみから離れ、説得力ある演出でシンプルな物語を映像化した。仲野、若葉、大島は熱量の高い演技で監督の要求に応えた。今の日本社会に絶望し、もがき、出口を探す人々が共感する作品だろう。

(文・藤枝正稔)

「生きちゃった」(2020年、日本)

監督:石井裕也
出演:仲野太賀、大島優子、パク・ジョンボム、若葉竜也

2020年10月3日(土)、ユーロスペースほかで公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://ikichatta.com/

作品写真:(C)B2B, A LOVE SUPREME & COPYRIGHT @HEAVEN PICTURES All Rights Reserved
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