2020年10月04日

「生きちゃった」 石井裕也監督最新作「愛と衝動と魂だけで作った」

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 幼なじみの厚久(仲野太賀)と武田(若葉竜也)、奈津美(大島優子)は、学生時代を含めていつも一緒に過ごしてきた。30代を迎え、厚久と奈津美は結婚して5歳の娘がいた。だがある日、厚久が早退して家に帰ると、奈津美が見知らぬ男と肌を重ねていた。その日を境に3人の関係が動き出す──。

 「川の底からこんにちは」(09)、「舟を編む」(13)、「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」(17)の石井裕也監督の最新作。発端は19年の上海国際映画祭。「至上の愛」をテーマに映画製作の原点回帰を模索する企画で、石井監督を含むアジアの監督6人が参加した。

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 舞台は東京近郊の工業地帯。30歳になった厚久と武田は、起業に向け英語と中国語のレッスンに励んでいる。厚久と奈津美夫婦の暮らしはつつましく、今も若い頃のように仲のいい3人だった。しかし、奈津美の不倫をきっかけに、負の連鎖が始まり、坂道を転げ落ちるように3人の人生は狂っていく。

 うたい文句が「忖度、制約なく完全な自由の中で作った映画」というだけに、観客にこびを売らない作品だ。登場人物を厳しい試練が容赦なく襲い、3人はネガティブな方向に向かう。現代日本の陰鬱な空気が、作品にも反映されている。奈津美の不貞で壊れる夫婦を、武田は見守り続ける。妻や娘と別れた厚久の心は完全に折れてしまう。感情を押し殺し続けた厚久が、負の連鎖を断ち切るように爆発する。自らの感情と素直に向き合い、選んだ道が一筋の光となる。

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 石井監督は「愛と衝動と魂だけで作った」と語る。スポンサー主導の商業映画のしがらみから離れ、説得力ある演出でシンプルな物語を映像化した。仲野、若葉、大島は熱量の高い演技で監督の要求に応えた。今の日本社会に絶望し、もがき、出口を探す人々が共感する作品だろう。

(文・藤枝正稔)

「生きちゃった」(2020年、日本)

監督:石井裕也
出演:仲野太賀、大島優子、パク・ジョンボム、若葉竜也

2020年10月3日(土)、ユーロスペースほかで公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://ikichatta.com/

作品写真:(C)B2B, A LOVE SUPREME & COPYRIGHT @HEAVEN PICTURES All Rights Reserved
posted by 映画の森 at 23:04 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする