
チャンピオンへの道からはずれ、かませ犬=アンダードッグとしてリングに上がるボクサー・末永晃(森山未來)。幼い息子に父としての背中を見せられず、負け犬同然の毎日だ。プライドも粉砕され、どん底を這いずる男に、宿命的な出会いが訪れる──。
安藤サクラ主演「百円の恋」(14)の武正晴監督、脚本の足立伸、製作の佐藤現らが再集結したボクシング映画。第33回東京国際映画祭オープニング作品で、今回前後編が同時に劇場公開された。

負け犬となった男3人のドラマが交差する。末永は元日本ライト級1位に上り詰めたが、チャンピオン目前で夢破れ、ボクシングジムに籍を置きながら、デリヘル店運転手兼用心棒として生計を立てている。妻(水川あさみ)や息子とは別居し、実家で老いた父(柄本明)と暮らしている。
一方、夢あふれる若き天才ボクサー・大村龍太(北村匠海)。夜のトレーニング中に末永のジムにちょくちょく来て、なれなれしく末永にからんでいる。龍太の過去に理由があり、末永とは因縁めいた関係だ。児童養護施設で育ち、施設で一緒に育った加奈(萩原みのり)と結婚。龍太は過去に起こした傷害事件でボクサーの道を断たれていた。
最後に有名俳優の父(風間杜夫)を持つ二世タレントの宮本瞬(勝地涼)。金銭的にまったく不自由ないが、芸人としては鳴かず飛ばず。バラエティー番組の企画で一旗揚げようと、ボクシングに挑む芸人ボクサーだ。

「アンダードッグ」は、劇場版前編131分+後編145分=276分の大長編。年明けには動画配信サイト「NETFLIX」で配信版が公開される。主人公3人にスポットをあてた劇場版に対して、配信版では1話は短いものの、主人公以外の周りの一人一人の物語が描かれるという。
劇場版と配信版を合わせると壮大な群像劇で、3人の人生は複雑に絡み合っている。元悪童だった龍太は施設にボクシングを教えに来た末永と出会い、腕っぷしに自信満々で挑むが一撃で撃沈。プロの技に感銘を受け、ボクシングに開眼する設定だ。
一方、デリヘル店運転手の末永が、送迎する明美(滝内公美)の常連客が、車いす生活を送っている設定など、3人のドラマは底辺でつながっている。サイドストーリーも充実していて、末永と腐れ縁のデリヘル店店長(二ノ宮隆太郎)とベテランのデリヘル嬢(熊谷真実)の淡い恋が作品にふくらみを与える。
どん底から這い上がる男たちの熱いドラマの中、「観客の目をだませないファイトシーンをどう見せるか」がハードルになる。高い演技力が要求されるが、森山、北村、勝地が素晴らしい身体と演技を見せる。日本のボクシング映画史を塗り替える迫力のファイトシーンに胸を熱くさせられた。北野武監督作品の常連俳優・芦川誠が、末永が所属するボクシングジム会長役を渋く演じる。
監督の前作「百円の恋」に続いてボクシング映画となった「アンダードッグ」。チャンピオンの華々しさと正反対に、負け犬人生を送るボクサーたちの生きざまと、彼らを取り巻く人々の生活が生々しく、見ごたえ満点な群像劇だ。
(文・藤枝正稔)
「アンダードッグ」(2020年、日本)
監督:武正晴
出演:森山未來、北村匠海、勝地涼、瀧内公美、熊谷真実、水川あさみ、風間杜夫
2020年11月27日(金)、丸の内TOEIほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
https://underdog-movie.jp/
作品写真:(C)2020「アンダードッグ」製作委員会