2021年05月21日

「茜色に焼かれる」コロナ禍に苦しむ日本 尾野真千子、理不尽と戦う母熱演

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 「まあ、頑張りましょう」。夫を交通事故で亡くし、日々の感情を静めて過ごす母・田中良子(尾野真千子)。混沌とした時代、自らの正義を見出そうとする中学生の息子・純平(和田庵)。コロナ禍に襲ってくる理不尽な日常に、母子は張り裂けそうな思いを抱え生きていた──。 「舟を編む」(13)、「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」(17)の石井裕也監督の最新作。

 良子の夫・陽一(オダギリジョー)は7年前、横断歩道を自転車で渡っていたところ、高齢運転手の車にはねられ亡くなった。加害者は痴呆症の85歳元官僚。逮捕もされず、最近92歳で世を去った。葬儀会場を訪れた良子は、遺族に「嫌がらせだ!」と強制排除される。2019年の「東池袋自動車暴走死傷事故」を思わせる幕開けだ。石井監督はコロナ禍にあふれる矛盾、不満、怒り、閉塞感の中、したたかに生きる母子を通して愛と希望を語っていく。

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 夫への賠償金は拒んだ良子だが、経営していたカフェはコロナ禍で閉店。息子と家賃月2万7000円の市営団地で暮らし、昼間はスーパーの花屋で時給930円のアルバイト。脳梗塞で倒れた義父の老人ホーム費月16万5000円を払っている。お金は足りるはずもなく、良子は息子に内緒で夜は時給3200円の風俗店で働き、夫と別の女性の間に生まれた娘の養育費・7万円まで払っている。生活費が細かくテロップで表示される。

 さらにスーパーの店長に理不尽なルールを押し付けられ、風俗店で客に性処理の道具のようにあしらわれる。それでも客を「まあ、頑張りましょう」と抱擁し、心を落ち着かせるしかない。一方で、良子は中学の同級生・熊木と偶然再会し淡い恋心を抱く。息子の純平は「事故の遺族」と上級生に目をつけられ、執拗にいじめられる。

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 良子と純平親子の視点で話は進み、出てくる男はほぼ敵だ。マスクやソーシャル・ディスタンス(人と人の距離を開けること)、アルコール消毒が登場。コロナ禍の日本を舞台にした映画は初めてではないだろうか。感染拡大でがんじがらめな中、さまざまな困難が母子を襲う。心が折れた瞬間、体全体を震わせて怒りや悲しみをこらえる良子。平静を装いつつ、悔しさを押し殺す尾野の演技に、見る側も震えるに違いない。

 石井監督は「生きちゃった」(20)に続き、矛盾だらけで疲弊する日本の社会問題に切り込んだ。監督と尾野にとって新たな代表作になるだろう。

(文・藤枝正稔)

「茜色に焼かれる」(2021年、日本)

監督:石井裕也
出演:尾野真千子、和田庵、片山友希、オダギリジョー

2021年5月21日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://akaneiro-movie.com/

作品写真:(C)2021「茜色に焼かれる」フィルムパートナーズ
posted by 映画の森 at 08:26 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする