2021年09月26日

「殺人鬼から逃げる夜」耳の聞こえない女性、執拗な追跡を逃れ 韓国発新感覚スリラー

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 耳の不自由な女性が、連続殺人犯に追われる韓国発の新感覚スリラー「殺人鬼から逃げる夜」。クォン・オスン監督の長編デビュー作だ。出演は「リトルフォレスト 春夏秋冬」(18)のチン・ギジュ、「コンジアム」(18)のウィ・ハジュン、「ゴールデンスランバー」(18)のパク・フン、「殺人者の記憶法」(17)のキム・ヘユン、「はちどり」(18)のキル・ヘヨン。

 耳の聞こえないギョンミ(チン・ギジュ)は夜の帰宅途中、血を流して息絶えた女性に遭遇。目撃者となったことで、連続殺人犯ドシク(ウィ・ハジュン)の次のターゲットになってしまう。物語はシンプルだが、キャラクター設定がうまい。ギョンミと母(キル・ヘヨン)は聴覚障害者。他人に物を伝えることが難しい弱者で、凶悪犯の格好の標的になる。

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 一方、同じ犯人に襲われ重傷を負った女性ソジュン(キム・ヘユン)の行方を、兄のジョンタク(パク・フン)が探している。ジョンタクは屈強な元海兵隊員。犯人を追い詰める鍵になる。そして冷酷で計算高いサイコパスのドシク。スーツ姿でギョンミに近づき、手を差し伸べて警察に同行。事情聴取にまで同席する。動機不明の殺人鬼を、爽やかなイケメン俳優ウィ・ハジュンが怪演。耳の聞こえないギョンミ母娘と、妹を探すジョンタクが夜の街で交差する。

 ポイントは犯人が執拗に相手を追うことだ。人気のない夜の街で、助けを求めても誰も来ない。犯人の足音も聞こえない。走って逃げる被害者を追い回す犯人。警察の聴取を終えたギョンミを、自宅までついて行き殺そうとする。家の襲撃シーンは、スタンリー・キューブリック監督作「シャイニング」へのオマージュを感じる。

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 もう一つ面白い点は、冷酷な知能犯に挑むのが、妹思いの力強い兄であることだ。妹を助けたい一心で、丸腰で殺人鬼と死闘。さらにギョンミのためにも体を張り、犯人に立ち向かう。意表を突いたクライマックスまで緊張感は持続し、追い詰められる被害者を女優二人が熱演。躍動的な新感覚スリラーに仕上がった。

(文・藤枝正稔)

「殺人鬼から逃げる夜」(2021年、韓国)

監督・脚本:クォン・オスン
出演:チン・ギジュ、ウィ・ハジュン、パク・フン、キム・ヘユン、キル・ヘヨン

2021年9月24日(金)、TOHOシネマズシャンテほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://gaga.ne.jp/satujinki/

作品写真:(C)2021 peppermint&company & CJ ENM All Rights Reserved.

posted by 映画の森 at 10:35 | Comment(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月24日

ゆうばり映画祭、オンライン開催2年目 グランプリに「PARALLEL」

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 「第31回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2021」は9月20日、東京・FS汐留ホールでクロージングセレモニーを行い、ファンタスティックゆうばりコンペティション部門のグランプリに田中大貴監督の「PARALLEL」を選出した。映画祭は新型コロナウイルス感染防止のため2年連続でオンライン開催となり、16日から動画配信サービスHuluと映画祭公式サイトで国内外の72作品が上映された。

■グランプリはスプラッター×純愛
 「PARALLEL」はアニメキャラクターのコスプレで殺人を繰り返す男と心身に深い傷をもつ女性の心のふれあいを描く長編。スプラッターとラブストーリーのバランスが絶妙な、ゆうばりらしい作品だ。矢崎仁司審査員長ら5人の審査員が全員一致で推した。

 田中監督は「たくさんの人に支えてもらってできた作品なのでうれしい」とコメント。日本映画の海外進出を支援する新設のフィルミネーション賞とのダブル受賞で、喜びも2倍となった。

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■短編グランプリ女優は2年連続の受賞
 インターナショナル・ショートフィルム・コンペティションのグランプリは、韓国のチョ・チャングン監督の「おそとはキケン」。家から一歩も出ないで過ごしている女性ウェブ小説作家が、出前に来た男性の顔を偶然見たことから、平穏な日常に波風が立ち始めるラブコメディーだ。

 韓国からリモート参加したチョ監督は「感染者が増えた時期に撮影していたので苦労した」と回想。小中和哉審査員長は「ひきこもりだが、お金を稼いでネットで買物をして運動もするという、生活が充実しているキャラクター。とても現代的でユニークだ」と評した。

 主演のイ・テギョンは昨年のファンタスティックゆうばりコンペ部門のグランプリ「湖底の空」に主演しており、2年連続の「グランプリ女優」となった。

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■多彩なプログラム
 スペシャル・プログラム部門ではジャンルを超えた多彩な作品が上映された。俳優・クリエイターとしてマルチに活躍する“ゆうばり常連”の斎藤工は、齊藤工名義で企画・脚本・監督を務めた「ATEOTD」「COMPLY+−ANCEコンプライアンス」を出品した。

 日本映画の中で異彩を放ったのは日本育ちのミャンマー人、モンティンダン監督の「エイン」と「めぐる」。監督は今年2月にミャンマーで起きた軍事クーデターに反対する活動をしていたところ、4月に同国で逮捕され、現在も収監中だという。上映は「めぐる」の宣伝プロデューサーでもあるジャーナリストの北角裕樹さんのメッセージから始まり、北角さんはミャンマー情勢に関心を持ってほしいと訴えた。

(文・芳賀恵)

<受賞一覧>
◇ファンタスティック・ゆうばり・コンペティション部門
グランプリ「PARALLEL」田中大貴監督
審査員特別賞「12ヶ月のカイ」亀山睦実監督
北海道知事賞「愛ちゃん物語♡」大野キャンディス真奈監督
シネガーアワード(批評家賞)「令和対俺」大久保健也監督
フィルミネーション賞「PARALLEL」田中大貴監督

◇インターナショナル・ショートフィルム・コンペティション部門
グランプリ「おそとはキケン」チョ・チャングン監督
優秀芸術賞「Ad Lib」ジョセフ・カテ監督
「くっつき村」長谷川千紗監督
「The Bell」恵水流生監督

写真1:ファンタスティック・ゆうばり・コンペティション部門グランプリ「PARALLEL」田中大貴監督(右)
同2:インターナショナル・ショートフィルム・コンペティション部門グランプリ「おそとはキケン」チョ・チャングン監督(右)
同3:作品写真「PARALLEL」=映画祭事務局提供
同4:「おそとはキケン」=同

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2021年09月18日

「由宇子の天秤」正義とは何か 情報化社会の闇と閉塞感

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 3年前の女子高生いじめ自殺を追うドキュメンタリー・ディレクター、木下由宇子(瀧内公美)は、テレビ局と対立しながらも、事件の真相に迫りつつあった。そんな時、学習塾を経営する父・政史(光石研)から思いもよらぬ事実を聞かされる。大切なものを守りたい気持ちが、由宇子の「正義」を揺るがすことになる──。

 「火口のふたり」(19)の瀧内と名脇役の光石研が共演。「かぞくへ」(19)で監督デビューした春本雄二郎が監督、脚本、編集、プロデューサーを兼任。「この世の片隅に」(16)の片渕須直監督が製作に参加している。

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 由宇子の姿を通して「正義とは何か」を観客に問う作品。由宇子は女子高生の遺族に寄り添い、その悲惨な生活を見ながら取材を続ける。一方、父の営む塾の講師として教壇に立ち、高校生たちから姉のように慕われている。曲がったことが大嫌いな由宇子だったが、父の告白を受けて「心の天秤」が激しく揺らぐ。

 瀧内と光石は「彼女の人生は間違いじゃない」(17)に続く親子役。鼻っ柱の強い娘と、弱さを抱えた父を好演している。物語の鍵を握るのは、塾の生徒・萌(河合優実)。さらに、由宇子と政史親子に絶大な信頼を寄せる萌の父・哲也(梅田誠弘)の登場で、話は大きく動いていく。

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 いじめ自殺を取材していた由宇子が、父の告白を機に一転、マスコミから追われかねない立場になる。過熱する報道合戦、ネットによる情報化社会が生み出す負の影響を描きながら、人々の不安を浮かび上がらせる。由宇子は片時もスマホを離さず、取材動画を撮り続けている。彼女にとって心の平穏を保つ道具なのだろう。

 閉塞感が漂う現代の空気をうまく取り込み、善悪の狭間で揺れる人間の心理を掘り下げた。良質な社会派作品だ。

(文・藤枝正稔)

「由宇子の天秤」(2020年、日本)

監督:春本雄二郎
出演:瀧内公美、河合優実、梅田誠弘、丘みつ子、光石研

2021年9月17日(金)、ユーロスペースほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://bitters.co.jp/tenbin/

作品写真:(C)2020 映画工房春組合同会社

posted by 映画の森 at 15:34 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする