2021年11月30日

「彼女が好きなものは」ゲイと腐女子の出会い 偏見から共感へ

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 高校生の安藤純(神尾楓珠)はゲイであることを隠している。ある日、書店で同級生の三浦紗枝(山田杏奈)が、男同士の恋愛をテーマとしたBL(ボーイズラブ)漫画を購入しているところに遭遇。紗枝からBL好きを「誰にも言わないで」と口止めされ、そこから2人は急接近。しばらくして純は紗枝から告白される──。

 2019年に「腐女子、うっかりゲイに告(こく)る。」のタイトルでテレビドラマ化された、浅原ナオトの小説「彼女か好きなものはホモであって僕ではない」を映画化した。監督・脚本は「からっぽ」(12)、「にがくてあまい」(16)の草野翔吾。

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 世界は今、多様性を高める流れにある。最近のLGBTQ(性的マイノリティー)を描いた映画には、英ロックバンド「クイーン」のボーカリスト、フレディ・マーキュリーに焦点を当てた「ボヘミアン・ラプソディー」(18)、草g剛主演の「ミッドナイトスワン」(20)などがある。時代の流れに乗るような「彼女が好きなものは」は、ゲイの男子とBLを愛する女子の交際で生まれる波紋を描く。

 純は同性愛者であることを母親、幼なじみ、友人らに隠し、妻子ある年上の誠(今井翼)と付き合っている。一方、紗枝は「ゲイはファンタジー」と考える腐女子だ。交わるはずのない二人が出会い、起きたさざ波は大きくなり、学校全体を巻き込む大騒動に発展する。

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 純と誠の男同士のなまめかしいラブシーンから始まり、面食らう観客も多いかもしれない。しかし、性的アイデンティティーをめぐり悩み苦しむ純に、一度は拒否反応を見せた紗枝が、ある出来事を通して理解しようと変わる姿を見るうち、偏見は共感へ変化していく。監督は微妙な部分を丁寧に掘り下げ、問題から真正面から取り組んだ。

 映画初主演の神尾は、難役を繊細に演じ切った。喜怒哀楽豊かな山田の演技もいい。アイドル出身の今井が、大人になった様子も感慨深かった。青春映画らしい軽いタッチで幕を開け、次第にデリケートなテーマに移行。問題を提起しつつ観客の理解を引き出した。純がSNSで知り合った友人のせつないサイドストーリーも秀逸。難しいテーマながら、バランス感覚に優れた秀作だ。

(文・藤枝正稔)

「彼女が好きなものは」(2021年、日本)

監督:草野翔吾
出演:神尾楓珠、山田杏奈、前田旺志郎、三浦りょう太、池田朱那、渡辺大知、三浦透子、磯村勇斗、山口紗弥加、今井翼

2021年12月3日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://kanosuki.jp/

作品写真:(C)2021「彼女が好きなものは」製作委員会

posted by 映画の森 at 10:28 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月19日

「モスル あるSWAT部隊の戦い」荒廃したイラク 果てなきISとの死闘

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 イラク第2の都市モスル。かつては文化の中心だったが、長引く紛争ですっかり荒廃していた。21歳の新人警官カーワ(アダム・ベッサ)は、イスラム過激派組織「IS」に襲われているところを、あるSWAT(特殊部隊)に救われる。部隊を率いるジャーセム少佐(スヘール・ダッバーシ)は、ISに身内を殺されたカーワを部隊に引き入れる──。

 原作は米誌「ザ・ニューヨーカー」の記事。「アベンジャーズ」シリーズの「インフィニティ・ウォー」(18)、「エンドゲーム」(19)を監督したルッソ兄弟が製作を担当。「ワールド・ウォーZ」(13)の脚本家、マシュー・マイケル・カーナハンが初メガホンを取った。

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 人気のないモスルの空撮映像で幕を開け、一転、街中でISと銃撃戦するカーワらが映し出される。絶体絶命のカーワを救ったのは、駆け付けたSWATだった。隊員たちはISに家族を奪われ、本部命令を無視して独自に動いていた。カーワはジャーセム少佐にSWATへ入れられるが、任務が何かは教えてもらえなかった。

 荒廃した都市モスルをめぐって、ISとSWATの果てなき市街戦が展開。観客は戦闘地帯となったモスルに放り込まれる。建物に籠城する警官への容赦ないISの攻撃。嵐のような銃撃、爆撃音。観客の心拍数は極限まで跳ね上がる。カーワとともに戦場を駆け抜け、観客はSWATの任務の実態を目撃する。

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 仲間の裏切り、車爆弾、ドローン攻撃、仕掛け爆弾。敵を殺すためには手段を選ばぬISを相手に、SWAT隊員は次々と命を落としていく。部隊の武骨な父親的存在であるジャーセム少佐を追い、最後に隊員たちが知った任務は予想外のものだった。

 カーナハン監督はかつて、サウジアラビアを舞台にテロと戦うFBI(米連邦捜査局)を描いた「キングダム 見えざる敵」(07)で脚本を担当した。骨太なドラマを描いた人だけに、今回も緩急つけた語りと迫力ある戦闘シーンを繰り出し、初監督作品とは思えない仕事ぶりだ。

 監督は脚本で観客の一歩先を行きながら、謎の任務を意外な形で明かしていく。冒頭からの緊張感から解放され、迎えたその答えは思わぬもので、感動が時間とともにじわじわこみ上げる。巧みな演出に大器の片鱗を感じる。世界情勢を垣間見るためにも、見るべき骨太な戦争映画だ。

(文・藤枝正稔)

「モスル あるSWAT部隊の戦い」(2019年、米)

監督:マシュー・マイケル・カーナハン
出演:ヘール・ダッバーシ、アダム・ベッサ、イスハーク・エリヤス、クタイバ・アブデル=ハック

2021年11月19日(金)、TOHOシネマズシャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://mosul-movie.jp/

作品写真:(C)2020 Picnic Global LLC. All Rights Reserved.

posted by 映画の森 at 15:33 | Comment(0) | 米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「SAYONARA AMERICA」細野晴臣の初の米国ソロ公演 活動50年、熱気に包まれて

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 2019年に音楽活動50周年を迎えたミュージシャン・細野晴臣。同年行った初の米国ソロライブ映像と、コロナ禍の今年収録された最新トークを収めたドキュメンタリー映画だ。監督は過去にも細野の記録映画「NO SMOKING」(19)を手がけたNHKエンタープライズの佐藤岳利。

 タイトルの「SAYONARA AMERICA」は、細野が活動した「はっぴいえんど」の楽曲「さよならアメリカ さよならニッポン」に、初の米国公演を引っかけたもの。エンドロールでは同曲を細野が新たにカバーし直した「SAYONARA AMERICA SAYONARA NIPPON」が使われている。

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 映画は米国公演が始まる前、会場に並んだ観客のインタビューで始まる。現地のファンが細野の楽曲、アルバムについて詳しく語る姿に驚かされる。セットリストは、細野が愛してきた米国音楽がずらり。さらに「薔薇と野獣」、「住所不定無職定収入」、「Choo Chooガタゴト」、「北京ダック」などの人気曲を、高田漣ら息子世代のミュージシャン4人と披露する。

 ドン・シーゲル監督の映画「ボディ・スナッチャー 恐怖の街」(58)に触発されて生まれた「BODY SNATCHERS」。映画の一場面をバックに、オリジナルの打ち込みサウンドから一転、カントリー・スタイルにアレンジした新バージョンを演奏する。

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 日本人の細野が米国音楽のルーツを、本場で「逆輸入」的にたどっていく。細野はアコースティック・ギターと歌に専念。時々ぼそぼそと英語と日本語で話しながら、ライブを進行していく。細野の一ファンとしては、「キャラメル・ママ」時代に荒井由実のバックで見せていた卓越したベースプレーや、「YMO」の曲も聞きたかったところ。しかし、米国音楽は細野の原点ともいえる。過去の自作曲にはあまり執着がないのかもしれない。

 今年のトーク映像で、コロナ前の米国公演を振り返り「やっておいてよかった」と話す細野。現地のファンと一体になった熱気、高揚感に包まれたライブ・ドキュメンタリーだ。

(文・藤枝正稔)

「SAYONARA AMERICA」(2021年、日本)

監督:佐渡岳利
出演:細野晴臣、高田漣、伊藤大地、伊賀航、野村卓史、ショーン・レノン、バン・ダイク・パークス、マック・デマルコ

2021年11月12日(金)、シネスイッチ銀座ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで、

https://gaga.ne.jp/sayonara-america/

作品写真:(C)2021“HARUOMI HOSONO SAYONARA AMERICA”FILM PARTNERS ARTWORK TOWA TEI & TOMOO GOKITA
posted by 映画の森 at 13:46 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月06日

「ハロウィン KILLS」傑作ホラー・シリーズ最新作 ジェイミー・リー・カーティス40年ごし主演

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 鬼才ジョン・カーペンター監督の傑作ホラー「ハロウィン」シリーズ最新作。前作に続きジェイミー・リー・カーティスが主演し、デビッド・ゴードン・グリーン監督がメガホンを取った。

 ローリー(カーティス)と“ブギーマン”ことマイケル・マイヤーズの40年にわたる戦いは、決着がついたはずだった。しかし、ローリーの仕掛けたわなからマイケルが生還。さらに凶行を重ねていく。

 カーペンター監督「ハロウィン」(78)の40年後を描いた同名続編(18)に続く作品だ。前作に続いてグリーンが監督し、カーペンター監督も原案、製作総指揮、音楽で名を連ねている。製作会社はジェイソン・ブラムが設立したホラー・レーベル「ブラムハウス・プロダクションズ」。

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 「ハロウィン」シリーズの構成は複雑だ。カーペンター監督のオリジナル版の直後を描いた続編「ブギーマン」(81)、番外編「ハロウィンV」(82)、「ハロウィン4 ブギーマン復活」(88)、「ハロウィン5 ブギーマン逆襲」(89)。「ハロウィン6 最後の戦い」(95)ではマイケルの主治医ルーミス(ドナルド・プレザンス)とブギーマンが対決する。続編は量産され続け、プレザンス亡き後に仕切り直しでオリジナル版ローリー役のカーティスが復活。「ハロウィンH20」(98)と「ハロウィン レザレクション」(02)が製作された。一方、ロブ・ゾンビ監督が78年版をリメイクした「ハロウィン」(07)、その続編「ハロウィンU」(09)に、カーペンター監督はかかわっていない。

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 今回の「ハロウィン KILLS」は、オリジナル版の直後から幕を開ける「ブギーマン」と良く似ているが、別の道へ進化しながら突き進む。舞台はマイケルの生まれ育ったハドンフィールド。カーティスは脇に回り、オリジナル版でローリーがベビーシッターをしていたトミーとリンジーが大人になり、娘を殺された警官ブラケットも登場。ルーミスの助手の看護師マリオンも復活。リンジー、マリオン、ブラケットはオリジナル版キャストというこだわりぶりだ。

 精神病院に40年閉じ込められたマイケルが解き放たれ、ハドンフィールドに舞い戻り、殺人を繰り返す。いつものパターンだが、今回は住民たちが立ち上がり、諸悪の根源マイケルを葬ろうと動き出す。平常心を失い暴走する集団心理の危うさが描かれる。

 表向きは暴力性と狂暴性が増したマイケルの殺人鬼ぶり、神秘性が融合したスプラッターホラー映画の王道。しかし、ホラー映画の形を取りながら、社会性を感じさせる作品となった。

(文・藤枝正稔)

「ハロウィン KILLS」(2021年、米)

監督:デビッド・ゴードン・グリーン
出演:ジェイミー・リー・カーティス、ジュディ・グリア、アンディ・マティチャック

2021年10月29日(金)、TOHOシネマズ日比谷ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://halloween-movie.jp/

作品写真:(C)UNIVERSAL STUDIOS

posted by 映画の森 at 12:02 | Comment(0) | 米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする