米ロサンゼルスを舞台に、ホームレスのバイオリン奏者と新聞記者の交流を描く「路上のソリスト」。粗末な身なりに、弦2本だけの古びたバイオリンで、美しい音色を奏でる男。彼はなぜ路上に暮らすようになったのか。なぜ卓越したバイオリンの腕を持つのか。偶然知り合った記者がコラムで紹介すると、読者から大きな反響があり、次々と支援の手が差し伸べられた──実話をもとに原作を書いた米ロサンゼルス・タイムズ紙コラムニストのスティーブ・ロペス氏。2005年の出会い以来、路上のソリスト=ナサニエル・エアーズ氏と交流を続けている。映画化にあたり、ロペス氏は「目的を見つけられずに生きる人が多い中、ナサニエルは心から情熱を捧げられるものを持っている。彼には私自身も影響を受けた」と語った。
「路上のソリスト」は、前作「つぐない」(07)で米ゴールデン・グローブ賞、英アカデミー賞の作品賞を獲得した英のジョー・ライト監督がメガホンを取った。統合失調症により、路上生活を余儀なくされたエアーズ氏を「Ray レイ」(04)で米アカデミー賞主演男優賞を受賞したジェイミー・フォックス、ロペス氏を「アイアンマン」(08)のロバート・ダウニーJr.が演じる。円熟の俳優二人による“演技のキャッチボール”も、じっくりと味わい深く見ごたえがある。
インタビューでの主なやり取りは次の通り。
──エアーズ氏の物語が人々に支持された理由は何だと思うか。取材を通して自身が受けた影響、変化は。
人と人、人と音。それぞれの“つながり”を感じさせる点が、受け入れられた理由ではないか。目的を見つけられずに生きる人が多い中、ナサニエルは心から情熱を捧げられるもの、人に「うらやましい」と思わせる何かを持っている。彼のそんな一面に、私自身も影響を受けた。
35年のジャーナリスト生活で、ナサニエルは私が初めて個人的にかかわることになった取材相手だ。私が彼に楽器を提供したことにより、路上で人に狙われたり、傷つけられたり、殺されたりする恐れがあった。私は彼を友人ととらえ、敬意も表していた。私と彼の関係は(それまで記事に書いてきた)別の人々とのそれとはまったく異なっていた。彼を取材する過程で、米国の精神医療政策について学び、行動を起こすようにもなっていった。ジャーナリストは取材対象と距離を置くものだが、そんな私の姿勢を彼は変えた。
──「こんな映画にしてほしい」という希望はあったか。あなたを演じたロバート・ダウニーJr.は、それまでの荒々しいイメージと異なり、控え目な役だった。彼が演じると聞いてどう思ったか。
「路上のソリスト」は私の作品でも、私の映画でもない。とにかく「作り手を信用しよう」と考えた。製作者側は「単純化された、ありきたりな作品にはしない」と約束してくれた。私とナサニエルの関係は複雑だ。観客が見ていて気持ちが高揚し、ハッピーエンドで幸せになるような作品にしてほしくなかった。なぜなら、ナサニエルが日々立ち向かっている苦労や挑戦が、矮小化されてしまうからだ。プロデューサーが「異なる背景を持つ二人が出会い、変わっていく。いわばラブストーリー。余計なハッピーエンドを足す必要はない」と言ってくれたことに感謝している。
ロバート(・ダウニーJr.)の作品をすべて見ているわけではないが、控えめな役も演じているのではないか。ただ、映画の中のロペスは実際の自分よりも攻撃的(笑)。私はあんなふうに叫んだり、ロスの街を走ったりしない。一方、ナサニエルとかかわる過程で、よく「自分は何をやっているんだろう」と立ち止まることがあった。映画ではそんな私の困惑がよくとらえられていたと思う。
監督とロバートに言った。「私自身を再現するのはやめて。つまらない映画になってしまう。何の芸術的貢献も生まれない。まったく独自の作品を作って」と。完成した映画を3度見たが、私の経験、重要と考えるテーマに対して、非常に忠実な映画になった。演じるロバートを見るたび、私自身の中に何かを見出すこともできた。葛藤だったり、精神的危機だったり、自分の経験が彼を見てふっと戻ってくるんだ。ロバートと長い時間一緒に過ごしたわけでも、撮影現場に足しげく通ったわけでもないのに。きっと映画にかかわった人間が、私とナサニエルの関係性をよく理解していたからだと思う。
──自分でシナリオを描こうとは思わなかったか。
私は脚本を書いたことがなく、書き方を学ぶ時間もなかった。実は4年前にナサニエルに出会って以降、ずっと多忙だった。原作のコラムと脚本は、同時進行で描かれる状況だった。脚本家のスザンナ・グラントは、私とナサニエルとともに過ごし、調査し、物語を作っていた。脚本の方が原作より早く書き上がっていたんだ。私は映画を見るのは大好きだが、作った経験はない。同じように書いた本が映画化された友人に「製作現場の近くにいれば、より誠実で忠実な映画ができる」と言われていた。最初は「どうせ何を言っても、彼らが作りたいものを作るだろう」と思っていたが、製作期間中は常に連絡が取れるようにした。製作のゲイリー・フォスターの作品と言っていいほど、作品には彼の考えが反映されている。ハリウッドでは珍しく、心に訴えるものと同時に、商業性やメッセージ性がある作品になった。私は作品の芸術性や商業性には何の貢献もできないが、毎日の葛藤や小さな勝利を伝えることで、社会性の部分で貢献したかった。
──ナサニエルとの距離が縮まった理由を聞かせてほしい。取材で最も困難を感じた場面は。
バイオリンが4台、チェロ2台など、楽器を提供する人が次々現れた。彼はまだ路上で暮らしていて、何者かに攻撃される可能性もあった。精神医療やホームレスの問題に知るきっかけにもなった。一方、私はナサニエルの勇気や情熱に感銘を受け、友情が生まれた。私は彼との関係だけではなく、米国の精神医療政策にも光を当てたかった。
最初に葛藤を感じたのは、コラムに登場させることで、ナサニエルの匿名性が奪われることだった。最も難しいと感じたのは、記事にすることで生じるナサニエルへのさまざまな影響だ。彼をひと目見ようと、人が集まるかもしれない。コラムや本、映画に登場したことで受ける注目を、彼はうまく理解して生活していけるか。今も不安を感じている。彼のことはいつも気にかけている。しかし、コラム化は国の精神医療政策に読者の関心を集めるチャンスでもあった。ナサニエルを傷つけたくない一方で、精神医療問題にも光を当てたい。二つの思いに引き裂かれるように、今も過ごしている。
(文・遠海安)
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「路上のソリスト」(2009年、米)
監督:ジョー・ライト
出演:ジェイミー・フォックス、ロバート・ダウニーJr.、キャサリン・キーナー、トム・ホランダー、リサ・ゲイ・ハミルトン
5月30日、TOHOシネマズ シャンテほかで全国順次公開。
写真1:「ジャーナリストは取材対象と距離を置くもの。ナサニエルはそんな私の姿勢を変えた」と話すスティーブ・ロペス氏=東京都内で4月初め、筆者撮影
写真2:(c)DREAMWORKS LLC and UNIVERSAL STUDIOS



