2009年04月18日

「子供の情景」 ハナ・マフマルバフ監督に聞く

「子供たちは、大人から暴力を学んでいる」

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 アフガニスタンのバーミヤン。6歳の少女・バクタイは、仲良しの男の子・アッバスに読んでもらった本の面白さに目を輝かせる。「私も学校で勉強して、自分で本が読めるようになりたい」。バクタイはノートと鉛筆を買うお金を工面するため、家で飼っている鶏が産んだ卵を四つ抱えて町へと出かけた――。

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 「勉強したい!」。切実な願いを胸に抱いて、学校を目指す女の子。そんな彼女の前に立ちはだかる暴力的な男の子たち。無邪気な子供の世界を、アフガン社会の現実に重ね合わせて描く「子供の情景」。公開に先立ち来日したハナ・マフマルバフ監督がこのほど合同インタビューに応じた。

 主なやり取りは次の通り。

 ――バクタイを演じたニクバクト・ノルーズが素晴らしい。

 バクタイ役の子供を探しに、ある学校の教室に入ったら、ニクバクトがいた。自分が撮ろうと思っている映画にピッタリの子だと思った。プライドが高くて、簡単には言うことを聞かない女の子。撮影現場でも、ずっと駄々をこねていた。毎日毎日、何かしら彼女の気を引くトリックを考え、現場に連れ出さなければならなかった。しかし、実生活では3人のきょうだいの面倒を見る、しっかりした子だ。もし、バクタイを演じるのが彼女でなかったら、まったく違う映画になっただろう。彼女なしにこの映画は成立しなかった。

 ――男の子たちがタリバンごっこをするシーンは、悪気がないだけに怖かった。演出で最も気を使ったことは。

 一番大変だったのは、石投げの刑の場面。技術的に難しかったとか、演出が難しかったとかではない。石投げの刑は現在も存在している。実際に今も行われているということが、自分の頭の中でどうしても受け入れられなくて、つらかった。撮影しながら、あのシーンは観客にも精神的な負担を強いるかもしれないと思った。しかし、この現実、この痛みは、絶対に伝えるべきだと考え、つらさに耐えながら撮影した。

 ――全編を通し子供たちの親がほとんど姿を現さない。

 父親は戦争をしているし、母親は働いている。アフガンの現実だ。だから、親は登場しない。しかし不在ではあっても、親の影響は強い。その最たるものが暴力だ。バクタイは「勉強したい」という願いをかなえるために出かけたのに、願いは受け入れられない。代わりに彼女が受けたのは、男の子たちの暴力だった。

 ――映画を撮る上で、父(モフセン・マフマルバフ監督)の影響は。

 父に私の映画を見せても、絶対にアドバイスをしてくれない。父は父、私は私。それぞれ撮る映画が違うのは当たり前というのが、父の考え方。たとえば5歳の子供が世界を見る時に、その見方が正しいとか間違っているとか、は言えない。5歳の子が自分の目で見ている世界は、その子にとっての世界なのだから、大人が見ている世界と違うのは当たり前。父も姉も私も、自分の視点で世界を見て、映画を撮っている。もし、「子供の情景」を父が作っていたら、50歳の男性である父の映画になる。自分は20歳の女性として撮った。

 ――姉のサミラさんは自分にとってどんな存在か。

 サミラはデビュー作を撮ったとき17歳だったが、当時まだ映画は大人の世界だった。映画人は大人の男性ばかりだった。サミラは若者や女性に映画の世界への道を開く役割を果たしたと思う。社会で活躍している女性は、容姿の美しさを武器にしている人が多い。しかし彼女は、女性は容姿ではなく、頭でも勝負できることを示してくれた。その意味で彼女は偉大な女性だと思う。

 ――宗教についてどう考えているか。

 私たちは、たくさんの疑問をかかえて生まれてくる。言葉を覚えると、必ず疑問を大人たちにぶつける。「なぜ私は生まれてきたの?」って。でも、大人からはお仕着せの答えしか返ってこない。大人たちは、宗教から学んだお仕着せの答えを、そのまま子供に伝えている。でも、子供は納得しない。昔は宗教がいろいろな疑問に答えてくれたかもしれないけれど、情報があふれる現代に、その答えは必ずしもあてはまらない。そのあてはまらないところに、タリバンが生まれてくる。

 宗教はパーソナルでプライベートなものだと思う。たとえば、カトリック教徒と一言でいうが、実はカトリック教徒一人ひとりが、心の中に自分だけの宗教を持っている。地球上に住む人類の数だけ宗教は存在すると思う。イランにはこんなたとえ話がある。「真実の鏡が天国から地面に落ちてバラバラになった。人はそれぞれ破片の一つを拾って、自分は真実を手にしたと思った。みんながそう思った。それで争いが起きた」

 ――ハリウッド映画についてどう思うか。

 ハリウッド映画は、私にとってジーンズやマクドナルドのようなもの。同じ店で、同じ商品を売っている。みんな同じストーリー。マクドナルドは安価で、ハリウッド映画はお金をかけているという点は違うけど、人間の健康によくない点は同じ。ジーンズも健康に悪い(笑)。同じ映画ばかり見せて、みんな同じコピー人間にしてしまう。現在の学校はそうなっていると思う。アラン・パーカー監督の「ピンク・フロイド ザ・ウォール」(82)という映画に、子供たちがベルトコンベアーのようなラインを通過すると、みんな無表情なロボットのようになって出てくるシーンがある。ハリウッド映画にはそんな面があると思う。

 ――好きな映画のジャンルは。

 社会派の映画。チャップリンも好き。ヴェンダースやタルコフスキーも。監督が作品に盛り込んだアイデアやイメージが、自分の感情にすっと入ってくるような作品が好き。たとえば、雨や水の描写を見て、自分が濡れたような気持ちになるような、そんな映画が好きです。

 ──「子供の情景」で観客に訴えたいことは。

 観た人は心に変化が起きると思う。上映されている73分の間は、必ず暴力について、そして子供について考えるはずだ。見終わった後、きっと子供に対する見方が変わっているだろう。私は大人たちに注意を喚起したかった。「あなたたちは子供の学校なのですよ。子供たちは学校から学ぶのではなくて、あなたたちの姿から学んでいるのですよ」と。

 ハナ・マフマルバフ 1988年、テヘラン生まれ。7歳で父親でイランを代表する映画監督、モフセン・マフマルバフの「パンと植木鉢」に出演。8歳で小学校をやめ、父の映画学校に学ぶ。8歳でビデオ短編「おばさんが病気になった日」を発表。2003年、姉・サミラの「午後の五時」のメイキング・ドキュメンタリー「ハナのアフガンノート」をベネチア国際映画祭に出品。世界三大映画祭コンペ出品の最年少記録となる。「子供の情景」は、サンセバスチャン国際映画祭、ベルリン国際映画祭など世界各国の映画祭で絶賛されるとともに、アジア・フィルム・アワードでは最優秀作品にノミネートされた。母のマルズィエ・メシュキニ、姉のサミラも映画監督。

(文・沢宮亘理)

××××

「子供の情景」(2007年、イラン、フランス)

監督:ハナ・マフマルバフ
出演:ニクバクト・ノルーズ

4月18日、岩波ホールほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://kodomo.cinemacafe.net/index_pc.html

写真1:「子供たちは大人の姿から物事を学んでいる」と話すハナ・マフマルバフ監督=東京都内で3月
写真2:「子供の情景」主演のニクバクト・ノルーズ
posted by 映画の森 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | イラン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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