2009年01月28日

「ロルナの祈り」 ダルデンヌ監督、アルタ・ドブロシに聞く

「想像上の子供を通して、ロルナは人間性にめざめる」

「ロルナの祈り」 ダルデンヌ監督、アルタ・ドブロシに聞く1_300.jpg

 「貧しさから逃れて豊かな生活をしたい」。アルバニアからベルギーにやってきたロルナは、国籍取得のためベルギー人青年のクローディと偽装結婚した。仲介したブローカーは、ロルナを次の偽装結婚に利用するため、クローディを早々に葬ろうと企む。当初は無関心を決め込んでいたロルナだったが、同居生活を続けるうち麻薬中毒者であるクローディへの同情心が芽生えて――。

 アルバニアからベルギーにやってきた移民女性の心の葛藤を描き、2008年カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した「ロルナの祈り」。1月31日の日本公開を前に、監督のリュック・ダルデンヌ、ジャン=ピエール・ダルデンヌ兄弟と主演女優のアルタ・ドブロシがこのほど来日し、東京都内で合同インタビューに応じた。

 主なやり取りは次の通り。

 ――大人の女性を主人公とした作品は初めて。撮ろうと思ったきっかけは。

 リュック:いつか大人の女性が主役の映画を撮りたいとは思っていた。具体的なストーリーについては、ある女性ソーシャルワーカーから聞いた実話がベースになっている。彼女はブリュッセルに住んでいて、麻薬中毒患者の弟がいるのだが、その弟がアルバニア系のマフィアから偽装結婚をもちかけられた。ベルギー国籍を取得させるため、アルバニア人の売春婦と偽装結婚しないかとね。それなりの報酬は出すという。しかし彼女は、同じような話に乗った男が、麻薬の過剰摂取で不審死を遂げた例を知っていたので、断るよう弟に言った。麻薬の過剰摂取といっても、たぶん事故を装った殺人だったろう。殺してしまえば、金を払わずに済むし、犯罪が発覚する心配もなくなるからね。

 私たちはこの実話を基に脚本を書き始めた。ただし主人公の女性は売春婦にはせず、普通の女性に設定した。ごく普通の移民女性が、ベルギーに住みついて日の当たる場所へと上りつめることを夢見ている。しかし、夢を実現するには麻薬中毒の男性の死を受け入れなければならない。そんな状況に置かれた女性の物語を描いてみようと思ったんだ。

 ――二人で脚本を執筆していて、意見は分かれなかったのか。

 ジャン=ピエール:(質問した女性記者に対し)なぜか女性は、いつでも私たちが仲違いしているものと疑って質問してくる。男性同士が仲良しで意見も一致しているという状況がお嫌いなのかな(笑)。脚本執筆のポイントは、映画の中の登場人物たちの人生を豊かにすることだ。従って私たちは、たっぷり時間をかけて議論を行い、ストーリーを突き詰めていく。しかし、それは意見が分かれるということではない。不思議なことだが、あるシーンについて、私たちのどちらかが疑問を持つとする。すると、もう一人がその疑問をさらに深く突き詰める。二人で納得できるところまで、徹底的に突き詰める。だから、執筆にはとても時間がかかるんだ。

 リュック:脚本で最初から完全に合意していたシーンが一つある。映画の中には出てこない、クローディが死ぬ場面だ。この場面は観客に見せないと最初から決まっていたんだ。

 ――ロルナという役柄の魅力は。

 アルタ:最初は感情のないロボットのような存在だったが、人間的な優しい女性になっていく。その変化にひかれたわ。また、彼女は常にさまざまな問題を抱えているけれど、女優としてそういう役柄を演じるのはとても面白くて、楽しかった。

 ――ロルナには三つの大きな転機があった。クローディと愛し合う場面、クローディの死、そして妊娠。この変化を演じるのは大変だったのでは。

 アルタ:撮影は毎日あり、その中にどっぷり浸っていたので、どういうふうに変化していくのか考える間もなく、時間が過ぎていった。まさに私自身がロルナの人生を生きていたようなもの。だから、完成したフィルムを見て、初めてその変化に気づいたくらい。確かにストーリーは変化に富んでいて、クローディが死んだ場面では、私自身も驚いて息をのんだほどだった。

 ――ロルナが本当に妊娠するのではなく、想像妊娠とした理由は。

 ジャン=ピエール:ロルナが本当に妊娠していたとしたら、あまりに安易な解決策になってしまうと思った。つまり、クローディの子を生んで育てることになれば、それで、クローディの死に対する彼女の罪が償えてしまう。ロルナは今まで嘘ばかりついてきた女性だ。虚偽の結婚をして、人をだまそうとしてきた。嘘と真実の戯れの中で生きてきた。だから今度は、彼女自身が嘘と真実の戯れに捕らわれてしまう。逆襲を受けてしまうんだ。また、想像上の子供はクローディの亡霊だと見てもいい。突如として画面から姿を消してしまったクローディが、あのような形で観客のもとに戻ってきたということだ。

 リュック:想像妊娠はロルナの罪悪感の表れとも言える。想像妊娠したことで彼女はお腹の痛みを感じる。それは彼女が罪悪感を持ち始めたことの表れなのだ。虚偽の子供は、彼女の罪悪感を示す存在なんだ。

 アルタ:私は自分が本当に妊娠しているのだと信じてロルナを演じた。妊娠は間違いだという疑いは、一瞬も抱かないようにしたわ。

 ――ロルナの赤を基調とした衣装、そしてショートカットの髪型が印象に残った。

 ジャン=ピエール:ロルナはアルバニアからの移民だが、服装を見ただけで「いかにも不幸な運命を背負った移民」というイメージにはしたくなかった。また、絶えず男性を誘惑しているという感じにもしたくなかった。しかも、彼女は美人で魅力的でなくてはならない。こういう条件を満たす衣装を選ぶのは決して簡単ではなかった。

 リュック:クローディやファビオなど他の人物とのかねあいや、装置、背景との関係、あるいは空の灰色とのマッチングなども考えて、最もふさわしい色は何かを考えた。髪を切ってもらったのは、彼女の顔全体を見せたかったからだ。顔に光が当たった時、優しさと同時に冷たさを感じさせる。そういう逆説的な印象をはっきり伝えるために、髪は切ったほうがいいと思った。また、自分の信じる道をまっすぐ突き進んでいくロルナのイメージもよく出せたと思う。ポニーテールも考えたが、しっぽの部分が揺れて邪魔になるのでやめた。

 ――監督と仕事をした感想を。

 アルタ:いま監督から「シークレット!」と言われたので、何も言えない(笑)。撮影の雰囲気はとても家庭的で、自宅にいるのと同じくらいリラックスできたわ。ストレスがあると感情が固まってしまってうまく演じられないけど、リラックスできると、伸び伸びと自由に演技できる。監督もスタッフも私を信頼してくれていたし、私もみんなを信頼していた。いい雰囲気の中で、いい仕事ができたと思う。

 ――監督から見たアルタさんの魅力は。

 リュック:アルタは偉大な女優だし、また、一緒に仕事をしやすい女優だ。というのも、彼女は朝でも昼でも夜でも、いつ撮影しても、常に機嫌がいいんだ。私たちは、長い時間をかけて何度もリハーサルを重ね、徐々に映画の完成度を高めていく。その過程で彼女からアイデアが出されることもある。アイデアは採用することも、しないこともある。採用しないからといって彼女は機嫌を損ねることはない。常に気分が安定しているんだ。それは映画の仕事をするうえでとても重要なことだ。

 ――クローディ役を演じたジェレミー・レニエの役作りについて。

 ジャン=ピエール:ジェレミーは、いつでも撮影現場に自分の持っている創造性を注入してくれる。今回は、クローディという演じにくい人物像に、彼なりの真実味を付け加えてくれた。麻薬中毒患者という型に役を閉じこめずに、クローディの人間性をうまく表現することに成功している。しかも、大げさな演技をせずに、わずかな動きや表情によって、それをやってのけているのが素晴らしい。また、クローディという人物には人をイライラさせるところがあるのだが、観客はクローディのことを、いら立たせはするが、同時に愛着を感じさせる人間と見てくれている。ジェレミーの功績だと思う。

 ――ラストシーンに込められた意味は。

 アルタ:私自身は演じながら希望を感じていた。最後に、お腹の中の子に「よく眠るのよ」と語りかける場面があるけど、そこで彼女は初めて心の平安を得たんだと思う。

 リュック:ラストシーンで、ロルナはもう以前のロルナではなくなっている。もう元のロルナには戻らないだろうということを感じさせるシーンになっていると思う。クローディが死んだ時、ロルナは途方に暮れる。そしてファビオ(闇のブローカー)から差し出された約束の金を一旦は拒む。しかし結局、彼女は金を受け取り、元の皮肉っぽく功利的な女性に戻ってしまう。ところが、ラストシーンに至って、もう彼女は後戻りしないだろうと分かる。彼女は人間性に目覚め、優しい人間へと変化している。想像上の子供が、人間的な感情を見出すことに手を貸してくれたんだ。

 ジャン=ピエール:しかし、ロルナがようやく心の平安を見出したのは、存在しない人間を空想する中でのことでしかなかった。そういう見方をすれば、悲痛なラストともいえるかもしれない。

(文・写真 沢宮亘理)

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「ロルナの祈り」(2008年、ベルギー・フランス・イタリア)

監督:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:アルタ・ドブロシ、ジェレミー・レニエ、ファブリツィオ・ロンジョーネ

1月31日、恵比寿ガーデンシネマほかで全国公開。

写真:「ロルナの祈り」主演のアルタ・ドブロシ(中央)を囲む監督のジャン=ピエール(右)、リュック(左)のダルデンヌ兄弟
=東京都内で2008年11月末
posted by 映画の森 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | ベルギー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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