
第63回カンヌ国際映画祭は23日、最高賞のパルムドールにタイのアピチャッポン・ウィーラセタクン監督「ブンミおじさん」を選んで閉幕した。タイ映画のパルムドール受賞は初。アピチャッポン監督は「タイとタイ人の歴史にとって、この賞は非常に重要なものだ。(受賞は)タイの精霊と幽霊のおかげ。30年前、地元の小さな映画館に連れて行ってくれた両親に感謝する」と喜びを語った。「ある視点」部門作品賞のホン・サンス監督(韓国)に続き、コンペティション部門最高賞もアジア映画が制した。

「ブンミおじさん」は、輪廻転生を軸にした幻想的な物語。病で死期の近いブンミおじさんのもとに、死んだはずの妻と失踪した息子が出現。ブンミおじさんは二人を連れ、自分が生まれたジャングルへ向かう。映画祭期間中、現地で開かれた記者会見で、アピチャッポン監督は製作の動機を「私はタイ東北部で育った。当時の思い出を呼び起こし、私が育った風景を見せることが狙い」と話した。作品の中で重要な役割を果たす精霊について、監督は「タイ人はみな、魂は動物、人間、自然の間を移動すると考えている。私の世代でも多くのタイ人が霊の存在を信じている。子供のころの空想をとらえ、死と結び付けたかった」と語った。
さらに、タイ情勢の悪化について「あやうくカンヌに来られないところだった。出発前、市中心部から上る煙を見たが、まるで映画の中にいるようだった。とても悲しいことだ。これまでで最も極端で暴力的な状況になっている。(タイは)あまりに貧富の差が大きい。こうなるしかなかったのかと思う。事件が最終的に国を一つにまとめてくれればいいが、最悪なのは事件についての映画が作れないこと。『国家の安全を脅かす映画』として、検閲で(上映は)禁じられるだろう」と憂えた。
アピチャッポン監督は2000年、「真昼の不思議な物体」で長編デビュー。カンヌ国際映画祭では「ブリスフリー・ユアーズ」(02)が「ある視点」部門作品賞、「トロピカル・マラディ」(04)がコンペティション部門審査員賞を獲得。両作品は東京フィルメックス最優秀作品賞も受賞した。現実と虚構を行き来する物語、素人を多用した即興性の強い独特の作風は、各国の映画祭で高い評価を得ている。ほか代表作に「アイアン・プッシーの大冒険」(03)、「世紀の光」(06)など。
主な受賞結果は以下の通り。
グランプリ 「男たちと神々」(グザビエ・ボーボワ監督)▽監督賞 マチュー・アマルリック(「オン・ツアー」)▽審査員賞 「スクリーミング・マン」(マハマト・サレー・ハルーン監督)▽男優賞 ハビエル・バルデム(「ビューティフル」)、エリオ・ジェルマーノ(「アワー・ライフ」)▽女優賞 ジュリエット・ビノシュ(「サーティファイド・コピー」)▽脚本賞 イ・チャンドン(「詩(ポエトリー)」)▽「ある視点」作品賞 「夏夏夏(ハハハ)」(ホン・サンス監督)▽カメラドール(新人監督賞) 「リープ・イヤー」(マイケル・ロウ監督)
(文・遠海安)
写真1:「ブンミおじさん」
写真2:アピチャッポン・ウィーラセタクン監督=いずれも同映画祭公式サイトより