
被疑者の無罪を確信しながらも、多数決に従い、死刑の判決文を書かざるを得なかった――。苦悩する裁判官の姿を通して、人が人を裁くことの重さ、恐ろしさを描いた「BOX 袴田事件 命とは」。「光の雨」(01)の高橋伴明監督が、司法制度の問題点に鋭く切り込んだ渾(こん)身の一作である。
1966年、静岡県清水市で強盗殺人放火事件が起きた。逮捕されたのは、元プロボクサーの袴田巌。長時間にわたる過酷な取り調べを受けた巌は、いったん自白したものの、公判では否認に転じた。しかし、やがて新証拠が発見され、巌の有罪は決定的となった。
裁判の主任判事を務める熊本典道は、一連の捜査に不審を抱いていた。供述調書の中で毎日のように変化していた犯行動機。そして、犯行後1年以上もたって提出された新証拠。自白は強要されたものであり、証拠も捏(ねつ)造されたのではないか? だが、裁判長を含む二人の判事は、典道の話に耳を貸そうとしない。合議の結果は、2対1で死刑となった。典道は、主任判事として、判決文を書かざるを得なかった。
裁判の後、典道は裁判官を辞任。巌を有罪とした証拠の価値を自ら検証し、結果を巌の弁護士に報告することで、巌を獄中から救い出そうとする。しかし、高裁への控訴は棄却、さらに最高裁への上告も棄却され、巌の死刑が確定してしまう――。

主役の熊本典明に扮するのは、「光の雨」でも高橋監督と組んだ萩原聖人。エリート裁判官の道を捨て野に下り、巌の救済に全力を尽くす主人公を、人間味豊かに熱演している。また、袴田巌役の新井浩文も、元ボクサーという役柄に合わせて徹底的に肉体を絞り込み、迫力ある演技を見せている。典道の妻・京子役に葉月里緒奈、巌を追い詰める立松警部役に石橋凌、典道と対立する判事役に村野武範と保阪尚希、さらには、ダンカン、雛形あきこ、大杉漣、國村隼、吉村実子、岸部一徳と、実力派の役者たちが脇を固める。
死刑判決から39年後の2007年2月、熊本典道氏は、判決時に袴田巌は無罪との心証を持っていたことを告白し、再審支援に協力する意思を明らかにした。再審請求は今もなお続いている。
本作は2010年モントリオール世界映画祭のコンペティション部門に正式出品されることが決定している。「おくりびと」(08年・グランプリ)、「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」(09年・監督賞)に続く快挙を期待するとともに、再審実現への一つのきっかけとなるよう、強く願わずにはいられない。
(文・沢宮亘理)
「BOX 袴田事件 命とは」(2010、日本)
監督:高橋伴明
出演:萩原聖人、新井浩文、石橋凌、葉月里緒奈、村野武範
5月29日、渋谷・ユーロスペース、銀座シネパトスほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://www.box-hakamadacase.com
作品写真:(C) BOX 製作プロジェクト 2010