1997年、中国河北省。一人娘を事故で亡くした裁判官のティエンは、淡々と仕事をこなす日々を送っていた。ある日、車2台を盗んで逮捕された青年、チウ・ウーを裁くことになる。腎臓を患う地元有力者のリー社長は、チウの腎臓が自分に適合すると知り、死刑になるように手回しする。ティエンは極刑を宣告するが、後に刑法が変わり、チウは死刑に値しないと判明する──。監督はベネチア国際映画祭のホライズン(新人発掘)部門グランプリ受賞作「馬上の法廷 馬背上的法庭」(06)のリウ・ジエだ。
中国で実際に車2台を盗み、死刑になった青年のニュースをもとに描かれた「再生の朝に ある裁判官の選択」。法改正に翻弄される人々を描き、中国の死刑制度論争に一石を投じる作品だ。しかし、北京での初上映を見た観客ですら、97年当時の刑法や司法状況を知らなかったという。日本の観客にとってかなり厳しい内容であることは否めない。作品をより深く理解するには、中国の司法制度を予習する必要がある。
裁判官のティエン、死刑囚のチウ・ウー、腎臓を買おうとするリー社長が絡み合う物語だ。ティエンの視点が軸となり、彼が担当する裁判を通し、観客は命について考えさせられる。自分が生きるため、他人の命を買おうとする金持ち社長。貧しい家族のため、自分の命を売ろうとする青年。娘を亡くして命と真摯に向き合う裁判官。三者三様の考え方に導かれ、命の重さが天秤にのせられる。
心の変化が顕著に現れるのがティエンだ。盗難車によるひき逃げで娘が死んだ後、「彼が出す判決に恨みを持つ者のしわざだ」とうわさされ、無気力になって人とのかかわりを避けるようになる。妻も娘を亡くしたことで心を閉ざし、すき間を埋めるように犬を飼い、気をまぎらせる。娘がいなくなった自宅には小さな食卓があるが、夫婦の食事には会話もなければ、向き合って食べることすらしない。空虚感をなにげない風景でうまく表している。
青年の判決はくつがえることなく、死刑執行の日が来る。ティエンの心の変化が、ある行動を呼ぶ。劇中に音楽もなく、出演者は俳優6人を除き、すべて“その場にいた人”を使い、セットは使わずロケ撮影のみ。多くを語らず、淡々と抑えた演出を見ていると、現実の映像を見ている錯覚さえ感じる。監督の意図だろう。全体に重い空気が流れる中、食卓に再生の予感が見える。静かな幕引きに救われる思いだった。
(文・藤枝正稔)
「再生の朝に ある裁判官の選択」(2009年、中国)
監督:劉傑(リウ・ジエ)
出演:倪大宏(ニー・ダーホン)、梅[女亭](メイ・ティン)、奇道(チー・ダオ)、鄭錚(ジェン・ジェン)、ソン・エイシェン
3月5日、 シアター・イメージフォーラム、銀座シネパトスほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://www.alcine-terran.com/asa/
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