米軍に追われるアラブ人兵士の、命がけの逃走劇を描いた「エッセンシャル・キリング」。ポーランドの巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督の新作だ。
冒頭、索敵中の米軍ヘリがアラブ人兵士を発見する。指令を受けた地上の米兵3人が追跡するが、アラブ兵は駆け込んだ洞窟の中から、バズーカ砲で一撃。彼らを全滅させる。
しかし、ほどなくして、アラブ兵は米軍に捕えられる。待っていたのは、電気ショックと水責めの拷問。必死に耐え抜いたアラブ兵は、ほかの捕虜とともにトラックで別の場所へ移送される。ところが、トラックは途中でイノシシに衝突し、転覆。アラブ兵は再び逃走を開始する。
アリを食い、樹皮をかじって、飢えをしのぎながら、逃げ続けるアラブ兵。雪原では猟犬の猛追にあい、狩猟用の罠にかかってしまう。絶体絶命の窮地だったが、死力を尽くし、脱け出すことに成功する。だが、ほっとしたのも束の間、さらなるピンチがアラブ兵を襲う――。
全編にわたり、アラブ兵の生存をかけた戦いが繰り広げられる。自分を追いつめる米兵との戦い、猟犬との戦い、飢えとの戦い。敵対者を殺し、虫や植物を食べることで、彼は死を逃れ続ける。
自分の生命を守ること。これが彼の全行動の動機となっている。その意味で、殺すことも、食べることも、彼の中では等価なのだ。生きるためにこそ、彼は殺す。生存するためにはやむを得ぬ行為としての殺人。タイトルの「エッセンシャル・キリング」とはそういう意味だろう。
血なまぐさいシーンがある一方、釣り人の背後から近づいて魚を奪い去るシーン、授乳中の女性をピストルで脅し、空いたほうの乳房をむさぼり吸うシーンなど、前作「アンナと過ごした4日間」(08)でも見られたスコリモフスキ監督ならではの喜劇的演出は健在。重い場面に喜劇的要素を入れ、緊張を和らげる“コメディー・リリーフ”の役割だけでなく、主人公の極限状況を表現するうえでも高い効果を上げている。また、雪原の広大な風景や、森の中の動物や植物の映像は、ほとんどメルヘンのような美しさで、殺人行為の暴力性を際立たせている。
主人公のアラブ兵に扮するのは、「バッファロー’66」(98)のビンセント・ギャロ。一言のセリフも発せず、絶望的な逃走を続ける孤独な戦士を、全身全霊で演じ切り、ベネチア国際映画祭で主演男優賞を獲得している。
(文・沢宮亘理)
「エッセンシャル・キリング」(2010年、ポーランド、ノルウェー、アイルランド、ハンガリー)
監督:イエジー・スコリモフスキ
出演:ビンセント・ギャロ、エマニュエル・セニエ
7月30日、渋谷シアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://www.eiganokuni.com/EK/



