台北の「ドゥアル・カフェ」。明るい日差しがそそぐ店内。気の利いたインテリア。手作りのおいしいケーキ。香り高いコーヒー。店を仕切るのは美人姉妹。姉のドゥアル(桂綸鎂=グイ・ルンメイ)は、おっとりマイペース。妹のチャンアル(林辰唏=リン・チェンシー)は、しゃきしゃき活動派。二人のカフェは、ちょっと変わっている。へんてこなオブジェや、役に立ちそうもないガラクタが、ところ狭しと置かれている。もし気に入ったものがあれば、何か別の物を置いていく代わりに、持ち帰っても大丈夫。あなたの目的がコーヒーでも、“物々交換”でも、私たちのカフェにようこそ。
「台北カフェ・ストーリー」は、おしゃれでほんのり温かい、新しい雰囲気の台湾映画だ。キーワードは物々交換。さまざまな人が店を訪れ、1杯のコーヒーとともに時間を過ごし、また自分の場所に戻っていく。ドゥアルもまた、運転中にトラックにぶつけられ、修理代がわりに荷台に満載の花を手に入れた。花はドゥアルの店を飾り、人々の目を楽しませる。蕭雅全(シアオ・ヤーチュアン)監督は語る=写真。
「友人が買い物へ行く途中に事故にあい、ぶつけた相手が、まさに買おうとしていた物を持っていた。実際に聞いた話がヒントになった。自分が非常に思い入れのある物が、他人の目にはまったく価値のない物に映る。自分が贈られても欲しくないものを、他人が宝物のように大事にしている。私たちが普段よく経験することだ。“人間の心理的な価値”を表現できないか……物々交換がいいのでは、と」
人々の手を行き交う物たちは、まるで居場所を探す人間のようだ。
「その通り。ガラクタやおもちゃは、まだ持ち主が見つかっていないだけ。ドゥアルのセリフにもあったね。『きっとこの町のどこかで、ソファや陶器をなくした人がいる。あるいは探している人がいる。行くべきところへ行っていないだけなんだ』って」
独創的なストーリーだけでなく、主要キャスト3人の個性も魅力的だ。妹役のリン・チェンシーは映画初出演で、当時20歳になったばかり。初々しさが光る。ドゥアルが恋心を抱くカフェの客には、張震(チャン・チェン)の兄である張翰(チャン・ハン)を起用した。
「リン・チェンシーは以前、コマーシャルで一緒に仕事をしたことがあった。妹役を探す時に最初に顔が浮かび、すぐに決まった。チャン・ハンの役は、たくさんの俳優に来てもらって選んだが、彼らの演技を見るのではなく『何か話をしてくれ』と頼んだ。自分の周りで起きた話を聞かせる役だからね。チャン・ハンはなぜかひどく落ち込んでいた。聞くと、数日前に飼い猫が死んだという。会うなりずっと猫の話を続けて、とても感動的だったので彼に決めた(笑)。台湾の舞台あいさつでも、観客に『なぜ彼にしたのか』と聞かれたよ。猫が決め手と話したら、隣に立っていたチャン・ハンが『えっ』と驚いていた。後で言ったんだ。『君の猫に感謝すべきだよ』って」
シアオ監督にとって、「台北カフェ・ストーリー」は10年ぶり2作目の長編映画となる。台湾映画が長い低迷期に入った1990年代、監督は広告業界にいた。東京国際映画祭のシンポジウムでは「僕はなまけものだから、映画を撮らなかった」と冗談めかして話したが──。
「ほんとうに優秀な映像制作者が、映画を撮れず広告の世界にいる」
「もちろん台湾映画界は不況が続いている。ほんとうに優秀な映像制作者たちが、映画を撮れずに広告の世界にいるのも事実だ。ただ、自分がどうしても撮りたければ、なんとか資金繰りをしたはず。それをしなかったのは、やはり自分の努力が足りなかったのだと思う」
作り手の考え方もさまざまだ。「モンガに散る」の鈕承澤(ニウ・チェンザー)監督が「娯楽映画でもアイドル映画でも、撮ることに意味がある。1本撮れば次のチャンスにつながるからだ」と話す一方で、「4枚目の似顔絵」の鍾孟宏(チョン・モンホン)監督は「商業映画を撮るつもりはない」と言い切っている。
「なるほど。私は二人とも付き合いがあるが、その通り考え方はまったく違う。私自身は『これは商業映画、これは芸術映画』と決めつけて考えない。自分が興味のあるテーマで、観客が見たいと思う作品を撮りたいだけ。自分はまったく興味がないテーマだけれと、観客受けのみを考えたものは作りたくない。かといって、自分がとても思い入れあるテーマで撮っているのに、見向きされなければショックだろう。撮ったものを見てくれる人が少しでもいれば幸せ。広く一般受けする映画は保守的になりがちなので、あまり撮りたくはない」
自分自身が影響を受けた監督について、ちょっと考えて言った。「やはり侯孝賢(ホウ・シアオシェン)監督だと思う」。「ただし」とすかさず付け加える。
「強調しておきたいのは、ホウ監督のスタイルに影響されたわけではないこと。映画監督はどんなに偉大な人の影響を受けても、自分はまったく違う個性を持ちたいと思うものだ。私もホウ監督のような作品を撮りたいわけでない。『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(98)に助監督として参加した時、学んだことがある。監督は私たちに膨大な資料を準備させた。登場人物の背景から始まり、とにかく徹底的に調べさせた。ただし現場で使われた資料は、集めた量の5%に満たなかった。いまだに私にも当時の習慣が残っている。そういう面でホウ監督に影響を受けた」
「今の台湾では声を上げて発散でき、理性的で温かいものが求められている」
2008年、「海角七号 君想う、国境の南」(魏徳聖=ウェイ・ダーション監督)が歴代興行収入記録を塗り替え、台湾映画に追い風が吹き始めた。2010年は年明けから「モンガに散る」が大ヒット。2011年の映画賞「台湾電影金馬奨」では、同作主演の阮經天(イーサン・ルアン)が主演男優賞を獲得。さらに張作驥(チャン・ツォーチ)監督の「愛が訪れる時」(第11回東京フィルメックス出品作)とチョン・モンホン監督の「4枚目の似顔絵」が主な賞を二分した。東京国際映画祭ではオムニバス作品「ジュリエット」で若手の侯季然(ホウ・チーラン)監督が才能の片鱗を見せ、陳玉勲(チェン・ユーシュン)監督が13年ぶりに復活するなど、明るい話題が続いている。“海角七号旋風”を、シアオ監督は振り返る。
「あんな大ヒットになるとは、想像できなかった。(首を振って)まったく思いもしなかった。個人的な推測だが、今の台湾は政治的に行き詰まり、経済的にも明るい兆しが見えない。市民は『わあっ』と声を上げて発散できる“何か”を求めているのではないか。一方で非常に理性的で、温かいものへの欲求もあると思う」
現在いくつかのアイデアを抱え、製作に向け準備を進めている。クランクインを見据えて、テーマは二つに絞った。一つは「家族」、もうひとつは「愛情」だ。
「最近やっと台湾映画と観客の関係がよくなり始めた。あまりに製作費がかかるものを作ろうとすると、かかわる人間が増えすぎ、撮りたいものが撮れなくなってしまう。少し費用を抑えて、こだわって撮るようにしたい。かつ見る人も喜んでくれればうれしい」
インタビューの最後、思い出したように「もうちょっと話していい?」と付け加えた。
「ずっと頭にあるのは、是枝裕和監督の作品。『歩いても 歩いても』(08)が大好きで、いろいろ考えさせられている。彼が家族を語る方法は、とても素晴らしいと思う」
(文・写真 遠海安)
「台北カフェ・ストーリー(原題:第36個故事)」(2010年、台湾)
監督:蕭雅全(シアオ・ヤーチュアン)
出演:桂綸鎂(グイ・ルンメイ)、林辰唏(リン・チェンシー)、張翰(チャン・ハン)、中孝介(特別出演)
写真:「台北カフェ・ストーリー」の蕭雅全(シアオ・ヤーチュアン)=東京・六本木で2010年10月27日
4月14日、シネマート六本木で公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://www.taipeicafe.net/
作品写真:(c)台北カフェ・ストーリー
編集部注:2010年11月21日付記事を一部修正・再掲載しました。



