事故で母を亡くした11歳の少女・サチ(野中はな)。母の葬儀後、自宅で慌ただしく夕食が用意されるシーンで映画は幕を開ける。母の代わりに台所に立つのは、近所に暮らす叔母だ。叔母はサチを「お母さんは魂になって見守ってくれる」と慰めるが、逆にサチにはその言葉が重かった。サチの父は気丈に振る舞い、用意された料理をおいしそうに食べている。母のいない台所。ダイニングテーブルの椅子には、母のエプロンがそのまま乗っている。日常は180度変わってしまったのに、時間は何もなかったように過ぎていく。
そんなサチのクラスに、おばけを怖がる希(郷田芽瑠)が転校してくる。天真爛漫な希は「トイレにはおばけがいる」と信じていて、転校早々教室でおもらししてしまう。来たばかりで友達のいない希に、手を差し伸べたのがサチだった。サチと希はトイレで二人きりの時間を過ごす。親しげに接してくる希に、サチはどこかそっけない。下校時に母親が迎えに来てくれる希と、一人ぼっちのサチ。迎える人のいない家に戻ると、母が育てていた庭の花が枯れ始めていた。
母を亡くした少女の視点で描かれる作品は、感傷的な空気に包まれている。気丈にふるまう大人たちに対し、現実が受け入れられないサチ。変わらぬ日常を受け入れようとするが、叔母の言葉が頭から離れずにいた。そんな彼女の前に考え方がまったく違う転校生が現れる。自分本位で年齢より幼い話し方。どうやら特殊学級から普通のクラスに来たようだ。しかし身内のように慕ってくる希が、サチには次第に重荷になってくる。父も日に日に病んでいき、感情の起伏が激しくなり入院してしまう。
母の形見の結婚指輪をお守りとして首から下げているサチだったが、ある日、気付いた担任から注意される。誰かが告げ口したようだ。サチの空虚な心の矛先は希へ向けられる。希におばけの存在を信じ込ませるため、サチはトイレで意地悪をしてしまう。パニック状態の希をトイレに残し、素知らぬ顔でその場を去るサチ。彼女の心の変化があらわになった瞬間である。
魂の存在を信じたいサチと、お化けの存在を信じる希に、転機が訪れる。授業で脳の仕組みを解説する教師の言葉を素直に理解する希と、理解はしているが信じたくないサチ。「魂とおばけの存在は、脳が作り出した産物」という大人の理論が、二人の絆を断ってしてしまう。孤立するサチの心は切り裂かれるように傷付く。
悲しみを悟られぬよう感情を表に出さないサチと、素直に泣き笑う希。対照的な二人が生きる現実世界は、子供たちの尺度や価値観だけでは生きて行けない。少女たちは自分なりに世界と折り合いをつける。サチは母の形見を橋から川に投げ捨て、激しく泣きじゃくる。母との思い出を断ち切り、現実を受け入れる瞬間を、カメラは長回しで追い続ける。
一人の少女の喪失から再生を、静かに切り取った今泉かおり監督。母の死因など説明的な演出を排し、今ある現実を映しながら、観客はその行間を読む。断片的な出来事を積み重ね、子供たちの世界を繊細に描き出す。自宅の庭に再び咲いた花が再生を予感させる。サチ役の野中はな、希役の郷田芽瑠の演技も見事である。
(文・藤枝正稔)
「聴こえてる、ふりをしただけ」(2012年、日本)
監督:今泉かおり
出演:野中はな、郷田芽瑠、杉木隆幸、越中亜希、矢島康美、唐戸優香里
8月11日、渋谷アップリンクほかで公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://www.uplink.co.jp/kikoeteru/



