
おそらく孤児なのだろう。少年は浜辺に打ち上げられた廃船で一人暮らしている。名前はアミル。この映画の監督と似た名前だ。海岸に打ち寄せられた空き缶を回収したり、冷水を売ったりして、生活費を稼いでいる。
空き缶回収には、アミルと同じ境遇の少年が多数参加する。早い者勝ちの真剣勝負だ。この仕事では新参者のアミル。苦労して集めた空き缶を横取りしようとする卑怯な奴もいる。だがアミルは屈しない。主張し、抵抗し、戦い、自分の権利を守り抜く。

冷水販売でも同じだ。代金を踏み倒し自転車で逃走する男を、アミルは許さない。走って、走って、追いついて、自転車を突き倒し、代金を払わせるのだ。代金を手にしたアミルが見せる満面の笑顔が実にいい。
白人水兵らを相手に始めた靴磨きの仕事では、盗みの濡れ衣を着せられる。アミルは名誉をかけて白人に戦いを挑む。逃げる男を追いかけ、捕まえ、コテンパンにやっつけたアミルは、ここでも「してやったり!」と黄金の笑顔を見せるのだ。
「駆ける少年」というタイトルのとおり、アミルは全編を通して走りまくる。列車との競走では俊足の少年に敗れはするが、アミルは勝負の決着後も走り続ける。負けても引き下がらない、不屈の魂。

文字が読めないことに気付けば、自ら学校に出向き、アルファベットを暗唱する。アミルは常に自分で人生を切り開く。白い大きな船や、青と白のセスナに憧れを抱き、いつか豊かな世界へ飛び出すことを夢見ている。だからアミルの瞳は、いつも明るく輝いている。
圧巻は、燃え盛る炎の近くに置かれた氷塊めざして争う競走シーン。アミルはライバルたちと競り合い、足がもつれ、何度も何度も倒れる。しかし、倒れるたびに立ち上がり、全力で走り続ける。少年たちの躍動する肉体、必死の表情をとらえた映像に圧倒される。
激戦を制してアミルは氷塊を手にする。しかし、彼はそれを独占することなく、追い付いてきた少年に手渡す。その少年はさらに後続の少年へ。次々と氷塊は少年たちの手にリレーされていく。美しいシーンだ。セリフなしのスローモーション映像。噴き上がる炎をバックに、アミルは水しぶきを上げながらドラム缶を叩き続ける。何という撮影だろう。何という演出であろう。神々しいまでの映像美に言葉を失う。
フランソワ・トリュフォー監督「大人は判ってくれない」(59)、ケン・ローチ監督「ケス」(69)に並ぶ、少年映画の傑作である。
(文・沢宮亘理)
「駆ける少年」(85年、イラン)
監督:アミール・ナデリ
出演:マジッド・ニルマンド、ムサ・トルキザデエ、アッバス・ナゼリ
12月22日、オーディトリウム渋谷ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://runner-movie.net/
作品写真:(C)kanoon
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