
映画の森では2012年を締めくくり、第13回東京フィルメックス(11月23日〜12月2日)のため来日したアジアの監督インタビューをお届けします。最終回は韓国映画「グレープ・キャンディ」のキム・ヒジョン監督です。
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1994年10月。ソウル中心部・漢江を流れる聖水(ソンス)大橋が突然崩落し、多くの市民が犠牲となった。事故で友人を失った女性二人は、心に傷を抱えて疎遠になる。十数年後。二人は再び顔を合わせるが、悲劇の記憶が重くのしかかる──。三十代女性二人の再会、衝突をサスペンスタッチで描く「グレープ・キャンディ」。現在と過去をフラッシュバックで交差させ、二人の傷と葛藤が徐々に浮かび上がっていく。
主なやり取りは次の通り。
──橋崩落事故の一報を聞き、当時最初に感じたことは。
事故は鮮明に覚えている。映画の勉強をするためポーランドにいた。新聞で橋が水に沈む写真を見てショックを受け、「このことを記憶にとどめなければ」と思った。映像作家には物事を記憶する役目があると思う。
事故は人為的な災害だ。人間が作ったものが崩れ、多くの命が失われたことが悲しかった。


──主人公を三十代の女性にした理由は。
大都市に住んでいると、街の変化が人間に与える影響、危険に対して鈍感になっていく。三十代は人生の大きな転換期になり、いろいろな選択を迫られるもの。結婚やキャリアを語るのにちょうどいい年齢だ。「事故で亡くなった女の子たちは、生きていれば三十代だ」と考えて設定した。
登場人物にモデルはいないが、記憶をたどると彼女たちのような子がいた。主人公のソンジュには、どこにでもいるような女優がほしかった。しぐさが自然で、働く姿に現実味がある人。もう一人のソラを演じた女性は、実際には歌手。二人とも報酬なしで出演を快諾してくれた。

──三十代の女性たちは今、社会や家族に対して何を一番望んでいると思うか。若い世代の価値観の変化を感じるか。
やはり結婚など家族との関係だろう。韓国はまだ男性優位社会だが、最近よく聞くのは「産むなら娘のほうがいい」という言葉。娘なら親のありがたさを分かるので、結婚後もうまくつきあえる、と思うようだ。保守的な社会で、家庭では男が偉くて年功序列。だから逆に娘と親の関係が強くなりつつある。
社会問題の最大の原因は、資本主義だと思う。誰もが「金を稼がないと将来がない」と重圧感を感じている。一番心配なのは二十代だ。大学の学費のローンが重くのしかかり、返済するのに一生かかる。眠らずに働かないと返せないような状況だ。

──今回のテーマは実際の事故に関係している。映画化するにあたり、配慮した点はあるか。
韓国では90年代、ビルや橋の崩壊など同様の事故が多発した。大都市に住み、現実から逃れられず、罪悪感を感じるが何もできない。以前大学で教えたことのある学生が、飛行機事故で亡くなったことがあった。「もっとほめてあげればよかった」と後悔もした。多くの人が人生において、同じように感じる瞬間があるのではないだろうか。
(文・写真 遠海安)
キム・ヒジョン 1970年生まれ。ソウル芸術大学卒業後、ポーランド・ロッズの国立映画演劇大学入学。在学中に短編作品が米シカゴ、独ミュンヘンなどの映画祭で上映。カンヌ国際映画祭の若手育成プログラムで脚本「13歳、スア」(07)を執筆。同作品で長編監督デビューし、東京フィルメックスに出品した。
「グレープ・キャンディ」(2012年、韓国)
監督:キム・ヒジョン
出演:パク・ジニ、パク・ジユン、チョン・ウォニョン、キム・ジョンナン
作品写真:東京フィルメックス事務局提供