
幼い恋心からだろう。少女クララ(アニカ・ヴィタコプ)が、中年男性ルーカス(マッツ・ミケルセン)の口にキスをし、ハート型のプレゼントを手渡した。ルーカスは幼稚園の教諭、クララは園児である。良識ある大人として、ルーカスはクララの行為をたしなめた。拒絶され、傷ついたクララは仕返しをする。園長のグレテに「ルーカスからわいせつ行為を受けた」と告げ口したのだ。でまかせだった。しかし、根も葉もない噂は、瞬く間に小さな町を駆け巡る。ルーカスは職を失い、友を失い、人間としての尊厳も奪われていく――。
昨日まで親しく交わっていた隣人たちが、一斉に遠ざかり、ルーカスを白眼視するようになる。誰もルーカスの弁明に耳を傾けない。ルーカスの親友でクララの父親でもあるテオも例外ではない。スーパーで買い物しようとしても、店員は商品を売ってくれない。まさに村八分である。「純真な子供がうそをつくわけがない」。人々の盲信が、無実のルーカスを犯罪者に仕立ててしまう。

この映画を見ていて、1本の米国映画を思い出した。ウイリアム・ワイラー監督の「噂の二人」(61)である。同じように、子供のふりまいた噂が大人を追い詰める話だった。女学校を経営する女性2人が、女子生徒に“レズビアン”だとささやかれ、1人は自殺に追い込まれてしまう。うわさをふりまく少女がいかにもふてぶてしく憎らしかった。
その点クララはまったく違う。笑顔のかわいい、いたいけな少女だ。それが大好きな相手にそっけなくされた悔しさと怒りで、復讐心をたぎらせ、思わずうそをついてしまうのである。クララにしてみれば、ちょっとした嫌がらせのつもりが、思いがけなく大ごとになり、ルーカスを窮地に追い込んでいく。当惑し、動揺するクララ。しかし、今さらうそとも言いにくい。子供だが感情の動きは大人の女性と変わらない。そのあたりの心理描写がリアルで生々しい。

迫害に耐えながら、冤罪を晴らすため必死に戦うルーカスの姿が本作のメーンではある。しかし一方で、クララの動向も重要な見どころだ。本作でカンヌ国際映画祭主演男優賞を獲得したミケルセンに引けを取らず、クララを演じたヴィタコプの名演が素晴らしい。
終盤、ルーカスは以前の平穏な生活を取り戻すかに見える。だがラストに思いがけない“一撃”が待っている。トマス・ヴィンターベア監督の冷徹な観察眼が光る、人間ドラマの傑作だ。
(文・沢宮亘理)
「偽りなき者」(2012年、デンマーク)
監督:トマス・ヴィンターベア
出演:マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、アニカ・ヴィタコプ、ラセ・フォーゲルストラム
3月16日、Bunkamuraル・シネマほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://itsuwarinaki-movie.com/
作品写真:(c)2012 Zentropa Entertainments19 ApS and Zentropa International Sweden.
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