2014年01月25日

韓国現代史の悲劇描く「チスル」、日本で3月公開 済州島の住民大量虐殺、民主化経て解明へ

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 観光地として知られる韓国南端の済州島で、朝鮮戦争の前後に起きた軍による住民大量虐殺事件「済州4・3事件」。この事件を描いた韓国映画「チスル」が、3月29日公開される。

 かつては反共政策のもと、語ることすらタブー視された現代史の悲劇を、済州島在住のオ・ミョル監督が劇映画化した。加害者と被害者、それぞれの心の葛藤(かっとう)を、静かに淡々と描いて国内外で評判を呼び、韓国では「息もできない」(09)が持つインディペンデント映画の動員記録を塗り替えた。

思想対立を離れて
 「チスル」は、“赤狩り”の名目で無差別に島民に銃を向ける軍人たちの葛藤と、軍の攻撃を避けるため山中の洞窟に隠れた島民たちの恐怖を描いている。善と悪を二分して政治的立場や思想を押し付けるのではなく、軍人にも疑問や信念があり、島民にもそれぞれの思いがあることを、抑えたタッチと静謐(ひつ)なモノクロ映像で表現した。

 タイトルの「チスル」は「ジャガイモ」の済州島方言。質素だが平和に暮らす島民たちを象徴するジャガイモが、さまざまなシーンで効果的に登場する。済州島出身の舞台俳優らが方言で会話するシーンは、まるでドキュメンタリーを見ているようにリアルだ。

 一昨年10月の釜山国際映画祭で上映され、NETPAC賞など4部門で受賞し話題となった。昨年1月には米サンダンス映画祭のワールドシネマ部門で審査員グランプリを受賞するなど、内外で高く評価された。

 もっとも映画を見た遺族や生存者は「事件の全容が描かれていない」、「実際はもっとむごたらしい光景だった」と不満も口にしたという。だが、イデオロギーから距離を置いて住民や軍人の人間性に焦点を当て、心情を繊細に描く手法をとったことで、事件のことをよく知らない都市部の人々や若者にも普遍的な悲劇として受け入れられた。その結果、韓国で14万人以上を動員。上映館が非常に少ないインディペンデント映画では異例の数字となった。

日本では昨年11月に上映会も
 昨年11月上旬、京都の同志社大学と札幌の北海道大学で「チスル」の上映会が行われた。北海道大の上映会には、民間研究機関、済州4・3研究所のキム・チャンフ所長がゲスト参加。キム所長は「これまで事件の真相を解明し、国民に知らせる活動を続けてきたが、たった1本の映画がわれわれの数十年間の活動を超える成果を生んだ。映画のおかげで、国内はもちろん海外にも事件のことを知ってもらえるようになり、映画の力を感じている」と感慨深げに話した。

「済州4・3事件」とは
 終戦後、朝鮮半島は日本の植民地支配を抜け出した直後、東西のイデオロギー対立の舞台となる。ソ連が支援する北とアメリカが支援する南に分かれ、左派と保守派が激しく争った。その過程で、各地で政治や思想とは無関係の民間人が犠牲となる事件が起こった。

 中でも多くの犠牲者を出したのが「済州4・3事件」だ。発端は1948年4月3日、南朝鮮(現在の韓国)の単独選挙に反対する左派の武装ゲリラのほう起だった。米軍と韓国軍が鎮圧する中で、多くの住民が虐殺された。済州4・3研究所によると、犠牲者の数は約3万人に上ると推定される。混乱を避けて命からがら日本に逃げ出した人も多かった。

 しかし、朝鮮戦争後の韓国は軍事独裁政権が反共政策をとっていたため、事件は長い間「共産主義者の暴動」とされ、軍が民間人を無差別に殺害した事実を語ることはタブーになっていた。87年の民主化宣言後にようやく真相を解明する動きが始まり、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時の03年には「済州4・3事件真相糾明および犠牲者名誉回復委員会」が設置され、事件の全ぼうが明らかになりつつある。

 隣国の風光明媚な島が、これほど過酷な歴史を持っていることは、日本でもっと知られてもいいだろう。「チスル」は3月29日から渋谷ユーロスペースほかで全国順次公開予定。

(文・芳賀恵)

作品写真:(c)2012 Japari Film

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posted by 映画の森 at 10:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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