
第15回東京フィルメックスで、ツァイ・ミンリャン監督の「西遊」が特別招待作品として上映され、ツァイ監督と主演のリー・カンションが観客との質疑応答に参加した。短編シリーズ「Walker」の6作目にあたる作品。托鉢(たくはつ)僧に扮したリー・カンションが、仏マルセイユの街をおそるべき低速度で歩行する姿が固定カメラの長回しで収められている。
登壇したツァイ監督は「Walker」シリーズを撮ることになった経緯から語り始めた。「2001年に台湾で演出したシャオカン(リー・カンション)の一人芝居がきっかけだった」。難航したのは、舞台上の数メートルを移動する間に、別の人物に変身するという難しい演技。試行錯誤を繰り返した末に、リーから「ゆっくり歩く」というアイデアが出たという。

17分かけてゆっくり歩いて見せたリーの姿に「美しく、力強い!」と感動したツァイ監督。ぜひとも映像に記録したいと思い、シリーズ化を決めたという。「シャオカンに世界中あちこちの街を歩かせてみたかった」。うれしいことに、次の7作目は東京が舞台になるそうだ。
だが、長時間ゆっくり歩くことには、人知れぬ苦労もある。「マレーシア編ではアスファルトの路面が熱く、足に水ぶくれができた」と、撮影の過酷さを振り返るリー。「香港編では冬でも蚊がいて、追うこともできず、刺されるがまま。蚊もゆっくり血が吸えて満足だったのでは」と話し、観客の笑いを誘った。
歩行中はつねに人や車の妨害を受ける。疲労も募る。集中力を切らさないよう、お経を唱えることもあったとか。リーのゆっくりとした歩行を見つめていると、あまりにもテンポの速い現代社会に対する警鐘のようにも思えてくる。

「一連のシリーズでは、2つの時間を表現している。シャオカンのゆっくりした時間の流れと、ノーマルな時間の流れだ。現代人はあまりにも歩くのが速すぎる。その速さには思考が伴っていない」
今回、下見で池袋を訪れたツァイ監督。人々がすごい速さで歩いているのを見て、思わず逃げ出したい気分になりつつも、立ち止まってじっと彼らを見ていたいとも思ったそうだ。「来年1月には東京のどこかで撮影したい。もし興味があれば、シャオカンと一緒にゆっくり歩いてみてほしい」
「興味のある人は挙手を」というツァイ監督の呼びかけに、会場から多くの手が伸びた。日時・場所はインターネットで告知するかもしれないという。ツァイ・ミンリャン作品に出演するという、ファンにとって夢のような出来事が実現するかもしれない。
この日の客席には、黒澤明作品のスクリプターとして知られる野上照代氏の姿も。「今日の午後に、野上氏とリーを同じフレームに収めて撮ったんだ!」と興奮するツァイ監督に、野上氏が「ツァイさんの媚びない姿勢を尊敬しているが、観客のことなんか考えたことないんですかね」と問いかけると、場内は大爆笑。すかさずツァイ監督は「私は頭のいい観客が好きだ」と返し、「監督は利己的であるべき。作品以外のことは考えるべきではない。それが観客に報いることだと思う」と、創作にかける揺るぎない信念を語った。
(文・写真 沢宮亘理)
第15回東京フィルメックス「西遊」作品紹介
http://filmex.net/2014/ss05.html
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