
寒風吹きすさぶ砂浜に、巨大な鯨の骨が横たわる。ロシア北西部、北極海に面した町。ロシア映画「裁かれるは善人のみ」は、開発と土地買収をめぐる理不尽、弱者の苦闘を描いた作品だ。
自動車修理工場を営むコーリャ(アレクセイ・セレブリャコフ)は、息子のロマ、後妻のリリア(エレナ・リャドワ)とつつましく暮らしていた。一家の生活はつつましく質素だ。仕事場も兼ねるガレージ付きの家には、祖父の代から住んできた。しかし強欲な市長ヴァディム(ロマン・マディアノフ)は、開発に向け土地を買い上げようとする。買収の手法に不満を抱いたコーリャは、市を相手取り訴訟を起こしていた。

モスクワから友人の弁護士ディーマ(ウラジーミル・ウドビチェン)を呼び、土地を手放さぬため戦うコーリャ。しかし市長はあらゆる人脈、権限、果ては暴力まで使い、コーリャを黙らせようとする。市長は攻撃をエスカレートさせ、ディーマをだまして襲う。八方塞がりのコーリャは、涙を流して嘆く。「主よ、なぜですか」。疲れ切り、神すら信じられなくなっていた──。
カンヌ国際映画祭脚本賞、米ゴールデングローブ賞外国語映画賞など、世界各地の映画祭で注目を集めた作品。デビュー作「父、帰る」でベネチア国際映画祭金獅子賞(最高賞)をさらい、カンヌで「ヴェラの祈り」、「エレナの惑い」と2作連続受賞したアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の新作だ。

鈍い灰色に覆われた北の大地、人間を芯から凍らせる冷たい風、出口の見えない理不尽な現実。小さな町の小さな善人が、権力を振りかざす安っぽい悪に踏みつけられていく。監督は容赦がなく、甘い理想など見せてはくれない。
しかしそれ以上に、ロシアの厳しく気高い自然が観る者を圧倒する。時折映される鯨の骨は、人間の小ささを際立たせる。コーリャ個人の戦いを描きながら、普遍的で抗いがたい世の現実を突き付ける。その果てに観客が見るのは、絶望なのか、いちるの望みなのか。
「裁かれるは善人のみ」(2014年、ロシア)
監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演:アレクセイ・セレブリャコフ、エレナ・リャドワ、ウラジーミル・ウドビチェンコフ、ロマン・マディアノフ、セルゲイ・ポホダーエフ
2015年10月31日(土)、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://www.bitters.co.jp/zennin/
作品写真:(C)2014 Pyramide / LM
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