11月に開催された第16回東京フィルメックスで、フランスの映画監督ピエール・エテックスの特集が組まれ、「ヨーヨー」(65)と「大恋愛」(69)の2本が日本初上映された。
「ヨーヨー」は、エテックスが少年期に夢中となったサーカスへの愛が全編にあふれる作品だ。1965年のカンヌ国際映画祭に出品され、ジャン=リュック・ゴダールらが絶賛。2007年の同映画祭ではデジタル修復版が公開され、改めてエテックスの才能に注目が集まった。
主人公は大豪邸に何十人もの召使を抱え、何不自由ない暮らしを送る男。だが大恐慌で全財産を失い、かつて恋人だった女曲芸師のもとへ戻ることに。幼い息子のヨーヨーと3人、サーカス団での巡業生活が始まる。男も元々は曲芸師だったらしい。やがてヨーヨーは大人に成長、サーカス団の花形に。巨万の富を築いたヨーヨーは、父親が手放した屋敷を買い戻すのだが――。
大豪邸での贅沢ざんまいの生活を描いた序盤から、大恐慌、戦争、テレビの台頭と、時代が激変する中で、新たに主人公となったヨーヨーが頭角を現していく中盤。そして代替わりした大豪邸でのクライマックスへ。サイレント映画ふうに演出した序盤と、最後の壮大なパーティの場面には、独創的なギャグの数々が散りばめられ、エテックスが卓越したコメディー作家であることが分かる。
しかし一方、男が豪邸で別れた恋人の写真を眺め思いにふける場面や、解雇された召使たちが丘の上の屋敷から長い坂道を下っていく場面、またヨーヨーが恋人と別れる場面などには、憂愁の影が漂う。笑わせるだけでなく、人生の意味をシリアスに省察した作品でもある。
「大恋愛」もまた、第一級のコメディーでありつつ、「結婚とは何?人生とは何?」という大問題に迫る作品だ。結婚10年目を迎えた夫婦。表面上は平穏な日々を送っているが、夫の心に浮気の虫がうずき出す。会社の美人秘書に対し、妄想の翼を広げるのだが――。
ビリー・ワイルダー監督の名作「七年目の浮気」(55)を思わせる設定である。主人公が妄想の世界に入るとき、ワイルダーは画面上で妄想開始の合図をしていた。だがエテックスの場合、主人公は何の前触れもなく、妄想の世界に入って行く。妻が義母に似てきたと思えば、その瞬間、妻は義母の姿に変わってしまうのだ。
妄想と現実の境目がないシュールな映像。最たるものが、走るベッドの場面だ。秘書との妄想にふけりながら眠りに就いた主人公。いきなりベッドが動き出し、玄関から外へ出ると、そのまま路上を走行していく。道中、主人公と同じくベッドに乗った人々が、それぞれ苦難に直面している。故障したベッドの下に潜って修理する人。事故に遭って立ち往生している人。途中で主人公は秘書を拾い、隣に座らせる。彼女の肩に手を回し、ベッドを走らせ、やがて自宅に戻る。穏やかな笑みを浮かべながら眠る主人公。もちろん隣に秘書の姿はない。
妄想は妄想のまま、主人公は現実に戻り、平和な夫婦生活は継続されることになったが――。夫婦の形勢が逆転するラストの締め方が鮮やかだ。
エテックスはフランス風刺喜劇の名手、ジャック・タチ監督の「ぼくの伯父さん」(58)で助監督や俳優を務めたほか、タチ作品の一連のポスターを手がけるなど、タチとは縁が深い。作品にもその影響が見られるが、タチほどのメッセージ性はなく、ギャグの斬新さが身上だ。若い頃に道化師として働いた経験がスタイルを決定づけたのだろう。
ジェリー・ルイス、ウディ・アレンをはじめ、多くの映画人からもリスペクトされているエテックス。しかし、これまで日本で作品が上映されることはなかった。今回、東京フィルメックスで代表作2本が紹介されたのを契機にエテックス作品が知られ、さらに大きなスポットがあてられることを期待する。
(文・沢宮亘理)
「ヨーヨー」(1965年、フランス)
監督:ピエール・エテックス
出演:ピエール・エテックス、クローディーヌ・オージェ、リュース・クラン
「大恋愛」(1969年、フランス)
監督:ピエール・エテックス
出演:ピエール・エテックス、アニー・フラテリーニ、ニコール・カルファン
作品写真:(c)2010 Fondations Technicolor-Groupama Gan-Studio 37
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