
難航する映画の撮影。元夫と暮らす娘の教育。同居していた恋人との別れ。死期が迫る母親の看病。いくつもの難題を抱え、どれからも逃れられないヒロインの心の危機が描かれる。
映画監督であり、娘であり、母親であり、一人の女性でもある主人公のマルゲリータ。しかし、どの面から見ても及第点にはほど遠い現実が、彼女を苦しめ、いら立たせている。
マルゲリータの神経を最もかき乱しているのが、米国から招いた主演俳優のバリーだ。言うことなすこと、いちいちエキセントリックで、しかもセリフの覚えが悪いのだ。何度も何度もNGを出しては現場を困らせる。失敗しても反省はなく、脚本に八つ当たり。身勝手なふるまいに翻弄され、疲労が限界に達したマルゲリータは、しばしば悪夢にうなされベッドで飛び起きる。

実はバリーの不調には理由があった。マルゲリータがそれを知ったことで、2人の間の壁が崩れる瞬間が感動的だ。バリーとの和解はマルゲリータにとって現状打破の契機となり、娘や母との関係を修復するためのステップにもなる。その意味でバリーの存在意義は大きい。粗野に見えるが内面は繊細。複雑なキャラクターをジョン・タトゥーロが絶妙に演じている。
物語のベースとなっているのは、監督のナンニ・モレッティ自身が体験した実母の死だ。自伝的な作品といえるが、主人公を女性監督に設定した分、事実との間に距離が生じ、普遍的なドラマへ昇華している。

マルゲリータにとってかけがえのない存在である母。なのに自分は母のことを何も知らず、母のために何もしてこなかった。最期の時を迎えようとしている今でさえ、何もしてやれないでいる――。仕事や生活に忙殺される中、母親と十分な時間を過ごすことができないまま死別した。同じ経験を持つ者であれば、ヒロインの言動、表情が心の琴線に触れてくるに違いない。
(文・沢宮亘理)
「母よ、」(2015年、イタリア・フランス)
監督:ナンニ・モレッティ
出演:マルゲリータ・ブイ、ジョン・タトゥーロ、ナンニ・モレッティ、ジュリア・ラッツァリーニ
2016年3月12日(土)、Bunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://www.hahayo-movie.com/
作品写真:(c)Sacher Film . Fandango . Le Pacte . ARTE France Cinéma 2015