2016年03月24日

「光りの墓」アピチャッポン監督最新作 “眠り病”と王国の戦争 時空を超え非合理な世界

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 タイ東北部イサーン地方。かつて学校だった仮設病院に、中年女性ジェンがやってくる。“眠り病”に冒された兵士たちの世話をしにきたのだ。何千年も前、この近くで王国間の戦争があり、病院がある場所は国王たちの墓だった。国王たちの魂は、兵士たちの生気を吸って、今も戦いを続けている。眠り病はそのせいで起きていた――。

 眠り病を治療する装置が珍妙だ。ベッド脇に管を据え付け、青、緑、赤などさまざまに変色する光を流す。装置のメカニズムは説明されず、治療効果も不明。暗闇の中で多色変化する光が醸し出す光景は、SF映画さながらである。

 幻惑的な光は、やがて病院外にも侵出。外出した兵士の中には、突如として眠り込んでしまう者もいる。眠り病が引き起こす唐突な展開は、しばしば笑いを誘う。だが、ユーモラスな描写の裏には、タイが歩んできた流血の歴史と不穏な政情が透けて見える。

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 アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の過去作と比べ、ややメッセージ性が強い作品。とはいえ、過去と現在、現実と夢想が境目なく続く非合理な世界は健在だ。ジェンが礼拝した仏堂にまつられていた王女姉妹が、現代女性として現われ、ジェンに眠り病の秘密を語るシーン。霊能者の女性に乗り移った兵士が、ジェンを観客からは見えない王宮へと案内するシーン――。シュールなシーンの合間には、空き地を掘り起こす工事風景、公園で市民が運動する風景など、ごく日常的なカットが挿入される。

 カンヌ国際映画祭のパルムドール(最高賞)をタイ映画として初めて獲得した「ブンミおじさんの森」(2010年)で来日時、監督は自作について「映画全体を自分の記憶の層のような構造にしている」と説明していた。今回も構造は変わらない。舞台となっている仮設病院は、母親が勤務していた病棟の記憶、ジェンがイットと一緒に見るホラー映画は、少年時代に足しげく通った映画館の記憶がベースとなっているようだ。古代王朝や霊の話も、幼少時から親しんできた世界であり、“眠り病”は新聞記事で読んだ話がヒントになったという。

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 記憶の一つひとつを起承転結のストーリーに組み込むことなく、「連鎖しない発想が次々と浮かぶ」心の動きに従って自由に組み合わせているのが、アピチャッポン監督の映画である。ストーリーにこだわらず、映像の流れに身を委ねていればよい。見終わった瞬間に、多くの鮮烈なイメージとともに、強烈なメッセージが立ち上がる。

(文・沢宮亘理)

「光りの墓」(2015年、タイ、イギリス、フランス、ドイツ、マレーシア)

監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演:ジェンジラー・ポンパット・ワイドナー、バンロップ・ロームノーイ、ジャリンパッタラー・ルアンラム

2016年3月26日(土)、シアター・イメージフォーラムほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

www.moviola.jp/api2016/haka 

作品写真:(c)Kick The Machine Films / Illuminations Films (Past Lives) / Anna Sanders Films / Geißendörfer Film-und Fernsehproduktion /Match Factory Productions / Astro Shaw (2015)
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posted by 映画の森 at 06:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | タイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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