2016年11月10日

「誰のせいでもない」ヴェンダース7年ぶり劇映画 3Dで描く 詩的で静かな原点回帰

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 作家のトマスはエゴイスティックな男である。執筆に邪魔なものや人間は極力遠ざけ、一人きりの世界へと逃避する。恋人のサラはそんなトマスに不満をいだき、2人の関係は破綻しかけている。その日も、雪原の小屋にこもって小説を書いていたトマスだが、一向にはかどらず、いったん家に帰ることに。

 車で帰宅する途中、前方の斜面から少年がソリで滑り降りてくる。とっさにブレーキをかけて難を逃れ、ほっと胸をなでおろすトマス。だが、少年の様子がおかしい。トマスが少年を自宅まで送り届けると、母親は少年に「弟は?」と尋ねる。無言の少年を残し、現場へ向かって走り出す母親。後を追うトマス。

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 何が起きたかは明白である。だが、それが具体的に映像で示されることはなく、次のシーンへと移っていく。サラと新生活をスタートさせるかに見える短い描写。だが、その直後、シーンは2年後に飛び、一人暮らしのトマスが映される。トマスは作家として成功を遂げ、あの日の少年クリストファーの母親ケイトと再会する。

 次のシーンで、トマスは結婚し、妻の連れ子と3人、平穏な暮らしを送っている。だが、3人で出かけた遊園地で観覧車が崩れる事故に遭遇。事故に巻き込まれた女性を救い出すトマスだが、そのあまりの冷静沈着な行動に妻のアンはかえって不安をかきたてられる。

 ある日、トマスのもとに1通の手紙が届く。成長して高校生となったクリストファーからだった。小説家志望で、トマスの小説の愛読者でもある彼は、トマスとの面会を望むのだが――。

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 一人の少年の死亡事故が、主人公トマスの心に波紋を投げかけ、遺族との人間関係が、彼の人生に影響を与えていく。カメラはそんなトマスの感情風景を深く静かに凝視していく。

 作家の主人公。母子との出会い。証明用写真。運河とフェリー。遊園地。そして、ケイトの読む新聞に掲載されたトマスの新刊タイトル“WINTER(冬)”が、「都会のアリス」や「さすらい」、「リスボン物語」など多くのヴェンダース作品の主人公名“ヴィンター”と同じ綴りである点など、“ヴェンダースの徴(しるし)”が全編にあふれる。

 さらには、すべてを語りきらないままの場面転換。的確で悠然としたカメラワーク。3Dという流行の技術を導入しつつも、作風は逆にニュー・ジャーマン・シネマを先導した1970年代の、静的で詩的なスタイルに立ち戻っているように見える。劇映画としては7年ぶりとなるヴェンダースの新作「誰のせいでもない」。まるで新人のような創作衝動が息づく傑作である。

(文・沢宮亘理)

「誰のせいでもない」(2015年、ドイツ・カナダ・フランス・スウェーデン・ノルウェー)

監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:ジェームズ・フランコ、シャルロット・ゲンズブール、レイチェル・マクアダムス、マリ=ジョゼ・クローズ

2016年11月12日(土)、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.transformer.co.jp/m/darenai/

作品写真:(c)2015 NEUE ROAD MOVIES MONTAUK PRODUCTIONS CANADA BAC FILMS PRODUCTION GÖTA FILM MER FILM ALL RIGHTS RESERVED.
posted by 映画の森 at 09:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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