
カナダ・モントリオール郊外、冬の夕暮れ。田舎道を1台の車が走る。雪が降り、視界が悪い。突然、丘からソリが滑り落ちてくる。車はブレーキをきしませて止まる。静寂。車の前に座り込む幼い少年。幸いけがもないようだ。運転していたトマスは胸をなでおろし、少年を家まで送る。しかし、母ケイトは息子の姿を見て半狂乱になる──。
一つの事故が、一人の男と三人の女の人生を変えていく。「誰のせいでもない」は、ノルウェーの作家ビョルン・オラフ・ヨハンセンの脚本を、「パリ、テキサス」(84)、「ベルリン・天使の詩」(87)のヴィム・ヴェンダース監督が映画化した。監督7年ぶりの劇映画だ。

雪道の交通事故から物語は幕を開ける。事故の加害者となった作家トマス(ジェームズ・フランコ)と、被害者の母ケイト(シャルロット・ゲンズブール)、トマスの恋人サラ(レイチェル・マクアダムス)、その後トマスのパートナーとなるアン(マリー=ジョゼ・クローズ)の数奇な人生がつづられる。
事故を起こした事で罪悪感に駆られたトマスは酒におぼれ、病院に緊急搬送され、サラとの関係も悪化してしまう。しかし、事故による悲しみがトマスに新たな扉を開き、作家として成功を手にする。2年後、トマスは事故現場を訪れケイトと再会。加害者と被害者の二人は、同じ悲しみを背負い生きてきたことで共鳴し、悲しみを埋め合う関係を築く。

4年後、トマスは編集者アンとその娘ミナと新しい生活を始めようとしていた。さらに4年後、トマスはコンサートの席でサラと再会する。トマスは彼女を深く傷つけたことを思い出す。そして事故から11年。トマスに、事故当時は5歳で今は16歳に成長したクリストファーから手紙が届く。
監督は主人公と三人の女性の心の揺れを静かに描き出す。事故による罪悪感による心の変化、人生への影響と贖罪。時間の飛躍と省略を使い、普遍的なテーマを11年間を通じて描きだした。心の深い奥を描くため、監督はドキュメンタリー映画「Pina ピナ・バウシュ踊り続けるいのち」(11)に続き、3D映像を採用している。
重要な役目を果たすのはアレクサンドル・デスプラの音楽だ。弦楽を使って同じ和音のメジャーコードとマイナーコードを繰り返し、呼吸の様な効果を与えた。揺れ動く心、緊張感を生み出している。ヒッチコック作品で知られるバーナード・ハーマンが得意とする作曲法で、デスプラはあえて古典サスペンスのような方法を使ったのだろう。
「誰のせいでもない」は、罪悪感がもたらす主人公の感情の変化を静かに見つめ、人と人のつながりを通し、その感情を克服して新たな道を歩むまでをじっくりと描き出した。ヴェンダース作品の中では地味だが、立体的な3D映像を含め、実に味わい深く仕上がった。
(文・藤枝正稔)
「誰のせいでもない」(2015年、ドイツ・カナダ・フランス・スウェーデン・ノルウェー)
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:ジェームズ・フランコ、シャルロット・ゲンズブール、レイチェル・マクアダムス、マリ=ジョゼ・クローズ
2016年11月12日(土)、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://www.transformer.co.jp/m/darenai/
作品写真:(c)2015 NEUE ROAD MOVIES MONTAUK PRODUCTIONS CANADA BAC FILMS PRODUCTION GÖTA FILM MER FILM ALL RIGHTS RESERVED.
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