
映画の世界でいうなら、ゴダールにとってのアンナ・カリーナ。アントニオーニにとってのモニカ・ヴィッティ。ベルイマンならば、ビビ・アンデションとリヴ・ウルマンだろうか。芸術家の創造にインスピレーションを及ぼす特別な女性のことを、ミューズ(美神)と呼ぶ。
「ミューズ・アカデミー」は、古典文学の事例を引きながら、「現代におけるミューズ像の何たるか」を講じる大学教授と、聴講者である女子学生たちとの間に交わされるディスカッションを描く。白熱した議論の果て、教授と学生との関係が思わぬ形に変化していくプロセスが見どころだ。

詩人でもある教授は博学強記。初学者である女子大生たちは果敢に議論を挑むのだが、いとも簡単に論破されてしまう。学識が違いすぎ、勝負にならないのだ。完膚(かんぷ)なきまでに屈服させられた女子学生たちは、教授の仕掛ける見え透いたわなにやすやすと引っかかり、教授のミューズとして身も心も捧げていく――。
代表作「シルビアのいる街で」(07)では、かつて愛した女性の面影を求めて街をさまよう青年を描いたホセ・ルイス・ゲリン監督。今回登場した大学教授も、女性への飽くなき執着心において、青年と重なり合っているように思えぬこともない。

「ミューズの伝説を実地で体験してみよう」と誘われ、自らミューズとなった気になり、あえなく陥落する女子学生。シャイで自信なさげに見えた彼女が、ふてぶてしい女へと豹変してしまう。教授の妻から呼び出されても、臆することなく対面し、情け容赦なく自らの優位を主張。教授夫人も負けずに「私が死んだら、彼は死ぬまで私のことをソネット(十四行詩)につづるのよ」と応戦する。
思わず笑ってしまうほど露骨な女の戦い。だが、2人とも不実な教授を非難するどころか、彼の愛情をつゆ疑おうとしないのだ。この教授、相当なしたたか者のようである。高尚な文学論のはずが、いつのまにか下世話な恋の話へ。教授の語るミューズとは何だったのか。答えを探る道のりだ。
(文・沢宮亘理)
「ミューズ・アカデミー」(2015年、スペイン)
監督:ホセ・ルイス・ゲリン
出演:ラファエレ・ピント、エマヌエラ・フォルゲッタ、ロサ・デロール・ムンス、ミレイア・イニエスタ、パトリシア・ヒル
2017年1月7日(土) 、東京都写真美術館ホールほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://mermaidfilms.co.jp/muse/
作品写真:(c)P.C. GUERIN & ORFEO FILMS
タグ:レビュー