
マレーシアのヤスミン・アフマド監督の遺作「タレンタイム 優しい歌」(08)が、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムほかで公開されている。マレーシアの高校を舞台に、人種や宗教の異なる生徒たちが、それぞれの悩みを抱えながら音楽コンテストに挑む物語。多民族、多言語、多宗教の国で、ヤスミン監督は共存する素晴らしさと知恵を発信し続けた。突然の死から8年、テロと分断の危機が世界を覆う今こそ、見る者の心に染み入る作品だ。
ヤスミン監督の全6作品のうち、「細い目」(04)、「グブラ」(05)、「ムクシン」(06)、「タレンタイム 優しい歌」と4作品に出演した女優で歌手のアディバ・ノールが日本公開に合わせて来日した。世界にテロが蔓延し、宗教間の溝が深まる今、一人のイスラム教徒、マレーシア人としての思いを聞いた。
主なやり取りは次の通り。
──ヤスミン監督は「分断」を嫌った人でした。イスラム教徒を名乗る人々によるテロが増え、世界は分断の危機にさらされています。穏健なイスラム教国と呼ばれるマレーシアの市民、一人のイスラム教徒として、世界はどう見えますか。
いま世界で起きていることは、イスラム教の真理のために行われたことではなく、個人の利益が追求された結果だと思います。「イスラム教徒が起こした」こととは思いません。しかし、そういうもの(テロや過激思想)がさらされて、人々の目につくようになると、世界の人々の物の見方に影響します。テロはあくまでジハード(聖戦)の実現を考える人たちがやっていること。マレーシアでは宗教を問わず、誰もがテロはいけないことだと思っています。

──監督がこの世を去って8年になります。「タレンタイム 優しい歌」が製作された当時と今のマレーシア社会を比べて、どんな点が変わりましたか。
人々の団結力は強くなっています。ネットでSNS(交流サイト)を見てもそう感じます。政治への不満が募るほどに、市民が互いを認め合い、助け合おうとしています。もちろん少数派ですが、分断を起こそうとする人はいます。しかし、私たちマレーシア人には、植民地主義に対抗してきた時代から、魂の中に団結して戦う心が根付いているのです。分断を利用しようとする魂胆が見えるほど、人々の団結力は強くなる。テロは一部の問題ある指導者が原因です。人々に問題はありません。
──世界中に国を追われる難民があふれ、日本も移民や外国人をより多く受け入れる時代になりました。受け入れる側として、日本人が心に留めておくべきことは何でしょうか。
移民や労働者がほかの国を訪れる時、「入れてほしいな」と思ったら、その「家」の暮らし方、習慣や文化に自分を合わせようとします。たとえばマレーシアも日本も、家に入る時は靴を脱ぎます。土足で入るのは、私の考え方では誤りです。しかし、家の住民はゲストのニーズも考えなければなりません。宗教であれ、生活するうえで必要なことであれ、互いを尊重し、開かれた発想でいることが大切です。違いがあることは、優劣があることではありません。相手を「もっと知りたい」と思い、互いに探り合い、発見し合うことが重要です。
日本にもさまざまな国のイスラム教徒が住んでいますよね。イスラム教徒を受け入れるため、お祈りの場所や(イスラム教の戒律を守った)ハラルの食事を用意する動きがあると聞きました。日本にも受け入れる用意がある、ということだと思います。

──「タレンタイム 優しい歌」に登場する高校は、マレー系、中華系、インド系の生徒が入り混じっています。マレーシアでは一般的なことなのでしょうか。
作中に登場する高校は公立高校で、よくある学校の風景です。人種が混ざり合っていますね。ヤスミン監督らしいな、と思ったシーンがありました。中華系の少年が中華系の先生に、マレー系の同級生への不満を相談します。でも、先生はきちんと同級生には否がないことを説明し、「人種で人を判断するのはいけない」と伝えます。監督からのメッセージだと思います。
私自身はちょっと保守的な育ち方をしました。母は「特定の人種は避けた方がいい」と言うような人でした。ただ、学校へ行けばいろいろな人種の同級生がいるので、そういう環境にはなじんでいました。ヤスミン監督と仕事をするようになり、彼女の「違いを悪いものととらえるのではなく、みんなで分かち合おう」とする考えを当然と思うようになりました。ヤスミン監督には大きな影響を受けました。
(文・写真 遠海安)

「タレンタイム 優しい歌」(2008年、マレーシア)
監督・脚本:ヤスミン・アフマド
出演:パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショール
シアター・イメージフォーラム(東京・渋谷)ほかで公開中。作品の詳細は公式サイトまで。
http://moviola.jp/talentime
作品写真:(C)Primeworks Studios Sdn Bhd
タグ:インタビュー