北朝鮮から出稼ぎした女性の数奇な運命を追ったドキュメンタリー映画「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白」が公開中だ。だまされて中国の寒村に嫁として売り飛ばされたB(ベー)が、生きるため中国の家族を受け入れ、脱北ブローカーに転身。北朝鮮に残した息子たちを呼び寄せ、韓国へ渡る過酷な半生を描く。公開に合わせてこのほど来日したユン・ジェホ監督にインタビューした。

タイから東南アジアへの脱北に同行
――当初は脱北者を取材していたところ、マダム・ベーと出会ったそうですね。彼女自身をドキュメンタリー作品として撮影しようと考えた経緯を教えて下さい。
もともとは脱北者そのものではなく、家族にかんする物語が作りたかった。調査の過程でマダム・ベーに会った。2年ぐらい撮り続けて、彼女を題材にしようと思った。
その後、マダム・ベーがタイを経由し、東南アジアへ脱北する旅に同行することになった。タイで別れた後、1年後に韓国で再会した。撮り続けた結果、映画になった。ラストで彼女がカラオケで歌う曲は、歌詞が自分に感じるものがあり、エンディングにした。ちょうど彼女が北朝鮮、中国の家族と葛藤を抱えていた時期で、これ以上撮るのはやめよう、終わりにしようと思った。
――その後、彼女はどうなったのか。
一人で生活し、稼いだお金を北朝鮮、中国の家族に渡して経済的に支えている。なぜそういう決断をしたのかは分からない。恐らく両方の家族を傷つけないようにしたのではないか。

「自分の話を映画にしないか」と言われ
――マダム・ベーの家族たちも登場している。彼らの映像を映画に盛り込むことに対し、圧力などは受けなかったか。
そういう心配はなかった。本人たちから了承を得て撮影し、当時はまだ映画にするとは決めていなかった。13年に取材で会った時、家に呼ばれた。「なぜ中国の家族と住んでいるのか」と聞いたところ、彼女から「自分の話を映画にしないか」と言われた。撮影では素直に質問に答えてくれた。
──脱北してきたマダム・ベーの次男が、部屋で顔にパックをしているシーンが印象的だった。「韓国へ来て幸せではない」と言っていた。仮面をつけて本心を隠しているようにも見えた。
次男は映画俳優志望で、肌の管理に気を使っている。年相応のいい印象だった。家族が置かれた悲惨な状況と対照的で、皮肉で悲しい場面でもあった。しかし、厳しい日常にもある笑顔は逃したくなかった。どんな苦しい時も家の中には笑いがある。幸せな時もある。それを見逃したくなかった。

絶対的な悪人、絶対的な善人はいない
──クライマックスでもある脱北そのものは淡々と描かれている。監督自身が体験した脱北とは。
今だから言えるが、たまたま運が良かった。脱北は危険を伴い、緊迫することもあるが、必ずしもそうではないこともある。ブローカーが複数いて、手法も異なる。一つ言えるのは、絶対的な悪人、絶対的な善人はいないこと。世界中どこでも「人」がいるだけだ。
──人間が国家に翻弄され、北朝鮮でも中国でも韓国でも幸せになれない人がいる。それがずっしり伝わってきた。マダム・ベーが息子たちを脱北させようと思ったきっかけは。
彼女は1年だけ出稼ぎして北朝鮮へ帰るつもりだった。意に反して中国で結婚することになったが、中国の夫は年も近く、ユーモアもあり、話も合って気楽に過ごせた。それで中国に残ると決め、息子たちを脱北させることにした。
次は女性、母と娘の話を劇映画で
――次回作の予定は。
劇映画の準備に入る。女性、母と娘、家族の話。背景に北朝鮮もあるが、柱ではない。メッセージはシンプル。過去はどうあれ、未来は変えられると伝えたい。変えるには小さな実践が必要で、相手に近づく小さな一歩になる。それが未来を変える大きな力になる、と伝えたい。
(聞き手・写真 岩渕弘美)
「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白」(2016年、韓・仏)
監督:ユン・ジェホ
2017年6月10日(土)からシアター・イメージフォーラムで公開中。作品の詳細は公式サイトまで。
http://www.mrsb-movie.com/
作品写真:(C)Zorba Production, Su:m