
始まりはレイプだった。主人公のミシェルが、自宅に侵入してきた覆面の男に襲われる。驚愕のオープニングだが、もっと驚くのは、その後のミシェルの行動だ。床に散乱したガラスや陶器のカケラを片付けると、バスタブに浸かり、体を清める。翌日には、ドアの鍵を交換し、病院で性感染症のチェックを受ける。
完璧な対応。心の動揺がないわけではあるまい。しかし、外見は冷静そのものだ。女性にとって屈辱的な体験。なのに少しも落ち込むことなく、しっかり自身をケアし、一人で淡々と犯人探しを進めていくのだ。

ミシェルはゲーム開発会社の社長。スタッフたちの新作プレゼンテーションに、容赦のない意見をぶつける。相手の気持ちなどお構いなし。強い。怖い。横暴。恨んでいる社員は少なくないはず。その中の誰かが犯人である可能性は高い。ほかにも元夫や、母親の若い恋人、親友の夫、向かいの家のハンサムな主人など、疑い始めたらきりがない。何しろ、彼女は男の劣情をそそる色気にあふれているのだ。
手がかりがつかめないまま、その後も繰り返されるレイプ。そして、ミシェルはついに犯人の化けの皮をはがすことに成功するのだが――。

前半はレイプ犯が顔を見せるまでのスリリングな展開が焦点。後半は犯人とミシェルとの常軌を逸した絡みが見どころだ。前半にも垣間見えていたミシェルの異常性が、いよいよ際立ってくる。大量殺人を犯し入獄中の父親。年下の男に入れあげる母親。出来の悪い息子。彼女の家族も普通とはほど遠い。
犯人も含め、尋常ではない人々との関係の中で、ミシェルはいっそうエキセントリックになっていく。しかし、それは偽らず、正直に生きているからこそ、そう見えるともいえる。ノーマルに見える人々は、彼女がさらけ出している本性を押し隠しているだけかもしれないのだ。
か弱く、傷つきやすく、受け身。いまだ世界的に共有されている保守的な女性像とはかけ離れた、タフで攻撃的な女性の姿を強烈に描き出した。「氷の微笑」(92)のポール・バーホーベン監督が、イザベル・ユペールという当代きっての演技者を得て、サスペンス映画に新風を吹き込んだ。
(文・沢宮亘理)
「エル ELLE」(2016年、フランス)
監督:ポール・バーホーベン
出演:イザベル・ユペール、ロラン・ラフィット、アンヌ・コンシニ、シャルル・ベルリング、ヴィルジニー・エフィラ、ジョナ・ブロケ
2017年8月25日(金)、TOHOシネマズシャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://gaga.ne.jp/elle/
作品写真:(c)2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP