
チベットの聖地・ラサ巡礼を目指す家族の道のりを描いた映画「巡礼の約束」が2020年2月8日から公開されている。チベット人監督として初めて日本で作品が劇場公開された「草原の河」のソンタルジャ監督が、チベット人歌手・ヨンジョンジャを主演に迎えた人間ドラマだ。監督は「国や地域を問わず、人間の情や愛は変わらない」と語った。
チベット文化圏の四川省ギャロン地域。女性ウォマは、夫のロルジェ、義父と暮らしている。病院で医師にあることを告げられたウォマは、ロルジェに「ラサへ五体投地で巡礼する」と宣言する。4反対を押し切り出発したウォマを、ロルジェが追い、前の夫との息子のノルウも会いに来た──。

主なやり取りは以下の通り。
──ヨンジョンジャさんの故郷・ギャロンの文化の特徴を教えて下さい。
ソンタルジャ監督:ギャロンは村ではなく、広い地域を指します。四川省所属しており、その地域一帯に住むギャロン語を話す人たちがギャロンと呼ばれています。
ヨンジョンジャ:私の実家はギャロンにあります。チベット民族として、ギャロンの村からラサへ巡礼に行く風習は古くからありました。全員が行けるわけではなく、仕事や体の具合などの都合で一部の人々しか行けません。
私の故郷にいた小学校の先生が、五体投地でのラサ巡礼を長い時間をかけて実現しました。その話を監督にしたことが、企画のきっかけです。映画のストーリーとはかなり異なっています。監督が映画的に脚色してくれました。
ソンタルジャ監督:共通しているのは(途中で巡礼に加わる)ロバの存在ですね。

──映画のキーワードである「約束」「運命」「縁」は、チベットの人たちの生活の中では重要な意味を持つのでしょうか。
ソンタルジャ監督:はい、その通りです。私たちが信じる仏教の考え方と一致します。漢民族は比較的、縁を宿命的で、悲観的にとらえる傾向がありますが、私たちチベット人は、豊かな人間関係の一つと考えます。「約束」「運命」「縁」は、チベットの人々の普遍的な価値観の象徴と思いますね。
また、チベット人は、世の中のいろいろな場所に魂が宿ると信じています。人間関係について考える時も、簡単には判断を下しません。「縁」を大事にするのです。
──死についてはいかがですか。一般的に日本人は死ぬことに対して悲観的です。チベットの人たちはどうでしょう。
ソンタルジャ監督:チベット人は死は生まれ変わりと考え、それほど悲観的にはとらえません。北京に一時期に住んでいた時、お年寄りが毎日身体を鍛えるのを見ました。老いへの抵抗ですね。チベットでは歩きながらお経を唱えたりします。都市の人は死にあらがおうとしますが、チベット人は普段の生活から死に向けて準備し、死に向かうことを当たり前と考えますね。
──お二人もそうですか。
ソンタルジャ監督:まだその時期ではないですが、そう死にたいとは思います。その時になってみないと分からないです(笑)。
ヨンジョンジャ:仏教徒として輪廻を信じています。死は新たな生の始まりだと考えます。

──「巡礼の約束」を見て、チベットの人たちの間にはさまざまな言語、文化があると知りました。ギャロンの特徴はどんなところでしょうか。
ヨンジョンジャ:宗教や信仰はほかの地域と一緒ですね。
監督:建築や服飾が独特です。建物は石造りなんですよ。
ヨンジョンジャ:そう、私もちょうど家を建てている最中で、すべて石で作るギャロン式です。チベットでもラサとギャロンは農耕文化。定住するので石造りの家。アムドやカンバなどは移動する遊牧民の土地で、人々はテントに住んでいます。
監督:(チベット高原の)アムドやカンバの人たちは、モンゴル草原と同じようにゲルを住んでいます。
──映画を見てチベット文化に触れる外国人の観客に、どんな部分に注目してほしいですか。
監督:「巡礼の約束」はチベットの映画ですが、どこの国であろうと、生きている人間の関係、親子の情は変わらないことを感じてほしいです。
ヨンジョンジャ:政治的なレッテル、宗教の違いを取り払えば、残るのは人と人の心の通い合いです。「巡礼の約束」はギャロンの話ですが、民族や地域に関係なく、人間は愛が大事だと伝えています。包容力、豊かな広い心で、人を受け入れることや、約束を守ることが、とても大事だと感じてもらえればいいな、と思います。
(文・写真 遠海安)
「巡礼の約束」(2018年、中国)
監督:ソンタルジャ
出演:ヨンジョンジャ、ニマソンソン、スィチョクジャ、ジンバ
2020年2月8日(土)、岩波ホールほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://moviola.jp/junrei_yakusoku/
作品写真:(C)GARUDA FILM