
東京から田舎へ左遷された大手銀行員・香芝誠(尾上松也)は、金魚すくい店を営む吉乃(百田夏菜子)と運命的に出会う。ネガティブ思考の香芝は心を閉ざし、仕事に専念しようとするが、吉乃が気になって仕方がない。しかし吉乃は幼なじみの王寺昇(柿澤勇人)を想い、ある秘密を抱えていた。一方、女優の夢破れて地元のカフェで働く明日香(石田ニコル)は、香芝に一目ぼれする──。
大谷紀子原作の同名漫画を実写化で、監督は「ボクは坊さん。」(15)で劇場長編デビューした真壁幸紀。漫画の実写化映画には、原作の世界観を忠実に映像化した作品と、今回のように大胆に脚色した作品の二通りある。「すくってごらん」はミュージカルふうの歌とダンス、百田のピアノによる吉乃の感情表現など、実写ならではのアプローチがとられた。宣伝コピーに「新感覚ポップエンターテインメント」とある。

歌舞伎界のホープ・尾上演じる香芝が、不似合いなスーツに眼鏡で田舎道に登場するシーンで映画は幕を開ける。道に迷った香芝は通りかかった親切な金魚売りの車に乗せられ、観客は香芝とともに不思議な世界に迷い込む。突然、心境を吐露するように歌い出す香芝。一筋縄ではいかぬ作品と匂わせ、攻めた演出が際立つ。
目指す町に着いた香芝は、目に入った浴衣の美女の後を追う。着いた先は、浴衣の美女が踊る狭い通路。美女が走ったところに道ができ、金魚すくい店「紅燈屋」にたどり着く。「不思議な国のアリス」のような導入でドラマが始まり、演出は漫画の世界を越えていく。

金魚すくいの「すくい」を「救い」にかけたテーマが隠されている。エリートだった香芝が左遷で人生どん底となり、金魚すくいと町の人たちとの交流を通じ、ネガティブな自分を見つめ直し、前向きに歩き出す。凛々しい姿がテーマを象徴する。
個性的なキャストもポイントだ。映画初主演の尾上は演技と歌で存在感を示し、映画初ヒロインの百田は大人の演技とピアノで「ももクロ」と違う一面を見せる。劇団四季出身の柿澤は歌、ダンス、ピアノと芸達者ぶりを披露。石田はギターの弾き語りとミュージカル経験を生かしている。監督はキャストの新たな一面を引き出しながら、歌やダンス、テロップを多用して「新感覚ポップエンターテインメント」に仕立てた。
(文・藤枝正稔)
「すくってごらん」(2021年、日本)
監督:真壁幸紀
出演:尾上松也、百田夏菜子、柿澤勇人、石田ニコル
2021年3月12日(金)、TOHOシネマズ日比谷ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。
https://sukuttegoran.com/
作品写真:(C)2020映画「すくってごらん」製作委員会 (C)大谷紀子/講談社