3年前の女子高生いじめ自殺を追うドキュメンタリー・ディレクター、木下由宇子(瀧内公美)は、テレビ局と対立しながらも、事件の真相に迫りつつあった。そんな時、学習塾を経営する父・政史(光石研)から思いもよらぬ事実を聞かされる。大切なものを守りたい気持ちが、由宇子の「正義」を揺るがすことになる──。
「火口のふたり」(19)の瀧内と名脇役の光石研が共演。「かぞくへ」(19)で監督デビューした春本雄二郎が監督、脚本、編集、プロデューサーを兼任。「この世の片隅に」(16)の片渕須直監督が製作に参加している。
由宇子の姿を通して「正義とは何か」を観客に問う作品。由宇子は女子高生の遺族に寄り添い、その悲惨な生活を見ながら取材を続ける。一方、父の営む塾の講師として教壇に立ち、高校生たちから姉のように慕われている。曲がったことが大嫌いな由宇子だったが、父の告白を受けて「心の天秤」が激しく揺らぐ。
瀧内と光石は「彼女の人生は間違いじゃない」(17)に続く親子役。鼻っ柱の強い娘と、弱さを抱えた父を好演している。物語の鍵を握るのは、塾の生徒・萌(河合優実)。さらに、由宇子と政史親子に絶大な信頼を寄せる萌の父・哲也(梅田誠弘)の登場で、話は大きく動いていく。
いじめ自殺を取材していた由宇子が、父の告白を機に一転、マスコミから追われかねない立場になる。過熱する報道合戦、ネットによる情報化社会が生み出す負の影響を描きながら、人々の不安を浮かび上がらせる。由宇子は片時もスマホを離さず、取材動画を撮り続けている。彼女にとって心の平穏を保つ道具なのだろう。
閉塞感が漂う現代の空気をうまく取り込み、善悪の狭間で揺れる人間の心理を掘り下げた。良質な社会派作品だ。
(文・藤枝正稔)
「由宇子の天秤」(2020年、日本)
監督:春本雄二郎
出演:瀧内公美、河合優実、梅田誠弘、丘みつ子、光石研
2021年9月17日(金)、ユーロスペースほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
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作品写真:(C)2020 映画工房春組合同会社