2021年12月21日

第34回東京国際映画祭を振り返って 

 2021年も残すところ10日を切った。年の瀬に日本を代表する映画祭として秋に開催された第34回東京国際映画祭(TIFF)を振り返りたい。今年はメーン会場を六本木から銀座周辺へ移し、審査員長に仏女優、イザベル・ユペールを迎えて開催された。

 2021年に完成した作品を対象に、世界15作品が競った「コンペティション」部門。アジアの新鋭監督の作品を世界に先駆けて上映する「アジアの未来」部門。世界の映画祭で注目された話題作、日本公開未定作を紹介する「ワールド・フォーカス」部門など、世界中から良作が集まった。

 例年各国から監督、出演者らを招いて開催されてきたが、今年は新型コロナウイルスの影響で来日が難しい状況。授賞式などイベントも海外からリモート出演してもらう形で開かれた。上映作の中から、私が鑑賞できた各賞受賞作と、印象に残った作品を紹介したい。

<コンペティション>
・東京グランプリ/東京都知事賞
「ヴェラは海の夢を見る」(コソボ、北マケドニア、アルバニア)
監督:カルトリナ・クラスニチ
ヴェラは海の夢を見る.jpg

 夫が突然自殺した後、ヴェラは自宅が夫が賭博で作った借金の抵当に入っていたと知る。利権と汚職まみれの男社会に翻弄されるヴェラをシビアな視点で力強く描く。一方、厳しい現実から逃避するように、夢の中で海を生き生きと泳ぐヴェラが作品にコントラストを与えた。

・最優秀女優賞「もうひとりのトム」(メキシコ、アメリカ)
主演フリア・チャベス
もうひとりのトム.jpg

 ADHD(注意欠如・多動症)の息子を育てるシングルマザーを描いた作品。薬物治療を勧める医師と拒否する母の行動が波紋を呼ぶ。母を演じたチャベスの自然体の演技に共感した。

<アジアの未来>
・作品賞「世界、北半球」(イラン)
監督:ホセイン・テヘラニ
世界、北半球.jpg
 父を亡くし一家の働き手として鳩を売る14歳の少年。母の借りた農地から人骨が発見されたり、若い主人公の姉の結婚問題など、イランの文化や風習を知ることで理解が深まる。

 惜しくも受賞を逃した中で私のおすすめは、コンペティション部門に出品された中国映画「一人と四人」(ジグメ・ティンレー監督)だ。密猟が横行する雪山の管理人と、次々と現れる男たちのだまし合い。警官を名乗る男、同郷のチベット人……誰が密猟者なのか。管理人の疑心暗鬼が始まる。芥川龍之介原作、黒澤明監督作「羅生門」(50)のような多層構造。クエンティン・タランティーノ監督の影響も感じた。

一人と四人.jpg

 また、「TIFFシリーズ」で上映された日本映画「フォークロア2:あの風が吹いた日」は、松田聖子の監督デビュー作。女子高生と人気歌手の淡い恋をホラーテイストで描いた。少女漫画の実写化のような甘い展開だったが、最終的に観客を感動させた。エンターテインメントを知り尽くした松田だからこそなせる演出だった。

 会場が変わって各上映会場が離れ、移動が大変になったが、今年も良作を楽しめた。来年も世界の素晴らしい作品との出会いに期待したい。

(文・藤枝正稔)

作品写真:
「ヴェラは海の夢を見る」(C)Copyright 2020 PUNTORIA KREATIVE ISSTRA | ISSTRA CREATIVE FACTORY
「もうひとりのトム」(C)Buenaventura Producciones S.A. de C.V.
「一人と四人」(C)Mani Stone Pictures
posted by 映画の森 at 11:05 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月17日

「POP!」大人と子どもの間 着眼点が光るシュールな世界

1.jpg

 地方テレビ局のチャリティー番組に出演する19歳の柏倉リン(小野莉奈)。ハート型のかぶりものを着けて「世界平和」を訴え、募金を呼び掛けるものの、職場では疎外感を感じていた。周りの大人たちと打ち解けられず、一人暮らしの話し相手はAI(人工知能)スピーカー。社会に対する違和感に気づいたリンのモヤモヤは蓄積する──。

 インディーズ(独立系)映画のミューズ・小野莉奈主演、監督、脚本、編集に新鋭・小村昌士、音楽はAru-2が務めたシニカル・コメディー。第16回大阪アジアン映画祭に出品された。

2.jpg

 孤独な19歳が、大人と子どもの狭間で感じる複雑な思いを、極端な形で描いている。映画はリンが17歳で受けたオーディションで幕を開ける。拳銃で撃たれ、なかなか死なない粘った演技をするが、審査員はそのしつこさに激怒する。見た目は大人、中身は子どものリンの疎外感と孤独をうまく表現している。

 馬鹿正直でピュア、融通のきかないリンは、周りに溶け込めずにいる。野外駐車場で監視員のバイトをする時は、誰もいないのにルールに従い声を張り上げたり、ガラガラなのに客に停める場所を支持して困らせたり。はたから見るとかなり「痛い」のだが、本人は真面目に働いているだけなのだ。

3.jpg

 そんなある日、リンは地元を騒がせる連続爆弾魔を目撃する。しかし、なぜか爆弾魔の手書きマスク、付けひげにシンパシーを感じるリン。過去の爆破場所を確認すると、ある秘密が隠されていることに気づく。
 
 インディーズ映画らしい着眼点と、シュールな演出がうまく合わさり、Aru-2の軽快なビートに乗ってシニカルな世界が広がる。リン役の小野は計算された演技で、存在感が際立つ。大人になり切れない「大きな子どもたち」も納得する楽しい作品だ。

(文・藤枝正稔)

「POP!」(2021年、日本)

監督:小村昌士
出演:小野莉奈、三河悠冴、小林且弥、野村麻純、菊田倫行、木口健太、成瀬美希、中川晴樹

2021年12月17日(金)、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://idod.jp/

作品写真:(C)2G FILM

posted by 映画の森 at 09:46 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月30日

「彼女が好きなものは」ゲイと腐女子の出会い 偏見から共感へ

1.jpg

 高校生の安藤純(神尾楓珠)はゲイであることを隠している。ある日、書店で同級生の三浦紗枝(山田杏奈)が、男同士の恋愛をテーマとしたBL(ボーイズラブ)漫画を購入しているところに遭遇。紗枝からBL好きを「誰にも言わないで」と口止めされ、そこから2人は急接近。しばらくして純は紗枝から告白される──。

 2019年に「腐女子、うっかりゲイに告(こく)る。」のタイトルでテレビドラマ化された、浅原ナオトの小説「彼女か好きなものはホモであって僕ではない」を映画化した。監督・脚本は「からっぽ」(12)、「にがくてあまい」(16)の草野翔吾。

2.jpg

 世界は今、多様性を高める流れにある。最近のLGBTQ(性的マイノリティー)を描いた映画には、英ロックバンド「クイーン」のボーカリスト、フレディ・マーキュリーに焦点を当てた「ボヘミアン・ラプソディー」(18)、草g剛主演の「ミッドナイトスワン」(20)などがある。時代の流れに乗るような「彼女が好きなものは」は、ゲイの男子とBLを愛する女子の交際で生まれる波紋を描く。

 純は同性愛者であることを母親、幼なじみ、友人らに隠し、妻子ある年上の誠(今井翼)と付き合っている。一方、紗枝は「ゲイはファンタジー」と考える腐女子だ。交わるはずのない二人が出会い、起きたさざ波は大きくなり、学校全体を巻き込む大騒動に発展する。

3.jpg

 純と誠の男同士のなまめかしいラブシーンから始まり、面食らう観客も多いかもしれない。しかし、性的アイデンティティーをめぐり悩み苦しむ純に、一度は拒否反応を見せた紗枝が、ある出来事を通して理解しようと変わる姿を見るうち、偏見は共感へ変化していく。監督は微妙な部分を丁寧に掘り下げ、問題から真正面から取り組んだ。

 映画初主演の神尾は、難役を繊細に演じ切った。喜怒哀楽豊かな山田の演技もいい。アイドル出身の今井が、大人になった様子も感慨深かった。青春映画らしい軽いタッチで幕を開け、次第にデリケートなテーマに移行。問題を提起しつつ観客の理解を引き出した。純がSNSで知り合った友人のせつないサイドストーリーも秀逸。難しいテーマながら、バランス感覚に優れた秀作だ。

(文・藤枝正稔)

「彼女が好きなものは」(2021年、日本)

監督:草野翔吾
出演:神尾楓珠、山田杏奈、前田旺志郎、三浦りょう太、池田朱那、渡辺大知、三浦透子、磯村勇斗、山口紗弥加、今井翼

2021年12月3日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://kanosuki.jp/

作品写真:(C)2021「彼女が好きなものは」製作委員会

posted by 映画の森 at 10:28 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月19日

「SAYONARA AMERICA」細野晴臣の初の米国ソロ公演 活動50年、熱気に包まれて

1.jpg

 2019年に音楽活動50周年を迎えたミュージシャン・細野晴臣。同年行った初の米国ソロライブ映像と、コロナ禍の今年収録された最新トークを収めたドキュメンタリー映画だ。監督は過去にも細野の記録映画「NO SMOKING」(19)を手がけたNHKエンタープライズの佐藤岳利。

 タイトルの「SAYONARA AMERICA」は、細野が活動した「はっぴいえんど」の楽曲「さよならアメリカ さよならニッポン」に、初の米国公演を引っかけたもの。エンドロールでは同曲を細野が新たにカバーし直した「SAYONARA AMERICA SAYONARA NIPPON」が使われている。

2.jpg

 映画は米国公演が始まる前、会場に並んだ観客のインタビューで始まる。現地のファンが細野の楽曲、アルバムについて詳しく語る姿に驚かされる。セットリストは、細野が愛してきた米国音楽がずらり。さらに「薔薇と野獣」、「住所不定無職定収入」、「Choo Chooガタゴト」、「北京ダック」などの人気曲を、高田漣ら息子世代のミュージシャン4人と披露する。

 ドン・シーゲル監督の映画「ボディ・スナッチャー 恐怖の街」(58)に触発されて生まれた「BODY SNATCHERS」。映画の一場面をバックに、オリジナルの打ち込みサウンドから一転、カントリー・スタイルにアレンジした新バージョンを演奏する。

3.jpg

 日本人の細野が米国音楽のルーツを、本場で「逆輸入」的にたどっていく。細野はアコースティック・ギターと歌に専念。時々ぼそぼそと英語と日本語で話しながら、ライブを進行していく。細野の一ファンとしては、「キャラメル・ママ」時代に荒井由実のバックで見せていた卓越したベースプレーや、「YMO」の曲も聞きたかったところ。しかし、米国音楽は細野の原点ともいえる。過去の自作曲にはあまり執着がないのかもしれない。

 今年のトーク映像で、コロナ前の米国公演を振り返り「やっておいてよかった」と話す細野。現地のファンと一体になった熱気、高揚感に包まれたライブ・ドキュメンタリーだ。

(文・藤枝正稔)

「SAYONARA AMERICA」(2021年、日本)

監督:佐渡岳利
出演:細野晴臣、高田漣、伊藤大地、伊賀航、野村卓史、ショーン・レノン、バン・ダイク・パークス、マック・デマルコ

2021年11月12日(金)、シネスイッチ銀座ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで、

https://gaga.ne.jp/sayonara-america/

作品写真:(C)2021“HARUOMI HOSONO SAYONARA AMERICA”FILM PARTNERS ARTWORK TOWA TEI & TOMOO GOKITA
posted by 映画の森 at 13:46 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月24日

ゆうばり映画祭、オンライン開催2年目 グランプリに「PARALLEL」

@ファンタコンヘ_ク_ランフ_リ田中監督.png Aショートク_ランフ_リチョ監督.png

 「第31回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2021」は9月20日、東京・FS汐留ホールでクロージングセレモニーを行い、ファンタスティックゆうばりコンペティション部門のグランプリに田中大貴監督の「PARALLEL」を選出した。映画祭は新型コロナウイルス感染防止のため2年連続でオンライン開催となり、16日から動画配信サービスHuluと映画祭公式サイトで国内外の72作品が上映された。

■グランプリはスプラッター×純愛
 「PARALLEL」はアニメキャラクターのコスプレで殺人を繰り返す男と心身に深い傷をもつ女性の心のふれあいを描く長編。スプラッターとラブストーリーのバランスが絶妙な、ゆうばりらしい作品だ。矢崎仁司審査員長ら5人の審査員が全員一致で推した。

 田中監督は「たくさんの人に支えてもらってできた作品なのでうれしい」とコメント。日本映画の海外進出を支援する新設のフィルミネーション賞とのダブル受賞で、喜びも2倍となった。

BPARALLEL.png

■短編グランプリ女優は2年連続の受賞
 インターナショナル・ショートフィルム・コンペティションのグランプリは、韓国のチョ・チャングン監督の「おそとはキケン」。家から一歩も出ないで過ごしている女性ウェブ小説作家が、出前に来た男性の顔を偶然見たことから、平穏な日常に波風が立ち始めるラブコメディーだ。

 韓国からリモート参加したチョ監督は「感染者が増えた時期に撮影していたので苦労した」と回想。小中和哉審査員長は「ひきこもりだが、お金を稼いでネットで買物をして運動もするという、生活が充実しているキャラクター。とても現代的でユニークだ」と評した。

 主演のイ・テギョンは昨年のファンタスティックゆうばりコンペ部門のグランプリ「湖底の空」に主演しており、2年連続の「グランプリ女優」となった。

Cおそとはキケン.jpg

■多彩なプログラム
 スペシャル・プログラム部門ではジャンルを超えた多彩な作品が上映された。俳優・クリエイターとしてマルチに活躍する“ゆうばり常連”の斎藤工は、齊藤工名義で企画・脚本・監督を務めた「ATEOTD」「COMPLY+−ANCEコンプライアンス」を出品した。

 日本映画の中で異彩を放ったのは日本育ちのミャンマー人、モンティンダン監督の「エイン」と「めぐる」。監督は今年2月にミャンマーで起きた軍事クーデターに反対する活動をしていたところ、4月に同国で逮捕され、現在も収監中だという。上映は「めぐる」の宣伝プロデューサーでもあるジャーナリストの北角裕樹さんのメッセージから始まり、北角さんはミャンマー情勢に関心を持ってほしいと訴えた。

(文・芳賀恵)

<受賞一覧>
◇ファンタスティック・ゆうばり・コンペティション部門
グランプリ「PARALLEL」田中大貴監督
審査員特別賞「12ヶ月のカイ」亀山睦実監督
北海道知事賞「愛ちゃん物語♡」大野キャンディス真奈監督
シネガーアワード(批評家賞)「令和対俺」大久保健也監督
フィルミネーション賞「PARALLEL」田中大貴監督

◇インターナショナル・ショートフィルム・コンペティション部門
グランプリ「おそとはキケン」チョ・チャングン監督
優秀芸術賞「Ad Lib」ジョセフ・カテ監督
「くっつき村」長谷川千紗監督
「The Bell」恵水流生監督

写真1:ファンタスティック・ゆうばり・コンペティション部門グランプリ「PARALLEL」田中大貴監督(右)
同2:インターナショナル・ショートフィルム・コンペティション部門グランプリ「おそとはキケン」チョ・チャングン監督(右)
同3:作品写真「PARALLEL」=映画祭事務局提供
同4:「おそとはキケン」=同

posted by 映画の森 at 18:47 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。