2021年09月18日

「由宇子の天秤」正義とは何か 情報化社会の闇と閉塞感

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 3年前の女子高生いじめ自殺を追うドキュメンタリー・ディレクター、木下由宇子(瀧内公美)は、テレビ局と対立しながらも、事件の真相に迫りつつあった。そんな時、学習塾を経営する父・政史(光石研)から思いもよらぬ事実を聞かされる。大切なものを守りたい気持ちが、由宇子の「正義」を揺るがすことになる──。

 「火口のふたり」(19)の瀧内と名脇役の光石研が共演。「かぞくへ」(19)で監督デビューした春本雄二郎が監督、脚本、編集、プロデューサーを兼任。「この世の片隅に」(16)の片渕須直監督が製作に参加している。

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 由宇子の姿を通して「正義とは何か」を観客に問う作品。由宇子は女子高生の遺族に寄り添い、その悲惨な生活を見ながら取材を続ける。一方、父の営む塾の講師として教壇に立ち、高校生たちから姉のように慕われている。曲がったことが大嫌いな由宇子だったが、父の告白を受けて「心の天秤」が激しく揺らぐ。

 瀧内と光石は「彼女の人生は間違いじゃない」(17)に続く親子役。鼻っ柱の強い娘と、弱さを抱えた父を好演している。物語の鍵を握るのは、塾の生徒・萌(河合優実)。さらに、由宇子と政史親子に絶大な信頼を寄せる萌の父・哲也(梅田誠弘)の登場で、話は大きく動いていく。

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 いじめ自殺を取材していた由宇子が、父の告白を機に一転、マスコミから追われかねない立場になる。過熱する報道合戦、ネットによる情報化社会が生み出す負の影響を描きながら、人々の不安を浮かび上がらせる。由宇子は片時もスマホを離さず、取材動画を撮り続けている。彼女にとって心の平穏を保つ道具なのだろう。

 閉塞感が漂う現代の空気をうまく取り込み、善悪の狭間で揺れる人間の心理を掘り下げた。良質な社会派作品だ。

(文・藤枝正稔)

「由宇子の天秤」(2020年、日本)

監督:春本雄二郎
出演:瀧内公美、河合優実、梅田誠弘、丘みつ子、光石研

2021年9月17日(金)、ユーロスペースほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://bitters.co.jp/tenbin/

作品写真:(C)2020 映画工房春組合同会社

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2021年06月13日

「トゥルーノース」北朝鮮強制収容所の真実、3Dアニメで告発

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 金正日(キム・ジョンイル)体制下の北朝鮮で、両親と暮らす幼い兄妹ヨハンとミヒ。1950年代から1984年まで続いた在日朝鮮人の帰還事業で家族は北朝鮮に渡ったが、父親が政治犯の疑いで逮捕。母子も強制収容所に連行される──。

 北朝鮮の政治犯強制収容所で、過酷な毎日を生き抜く日系家族と仲間たちを3Dアニメーション描いた作品。ドキュメンタリー映画「happy しあわせを探すあなたへ」(12)を製作した清水ハン英治の初監督作品で、脚本とプロデュースも兼任している。

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 北朝鮮の内情を筆者はテレビのニュース番組で知るくらいだ。整然とビルが立ち並ぶ平壌の街並み、巨大兵器と軍人たちが機械のように歩く軍事パレード、一糸乱れぬマスゲーム。日本には対外向けの表面的な映像や情報が入ってくる一方、日本人拉致被害者と家族、強制収容所の存在も報道されてきた。

 「トゥルーノース」は、監督が収容所を体験した脱北者、元看守などにインタビュー。10年かけて作り上げた。実写やドキュメンタリーなどリアル過ぎる表現を避け、あえて3Dアニメーションを選んだ。

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 作品で描かれる収容所の内情は想像を超えていた。政治犯は大人も子供も関係なく強制労働が強いられ、ヨハンは洞穴のような場所で穴掘りをさせられている。すべて人力の非人道的な奴隷労働だ。少年ヨハンは9年後、自分を守るため密告者となり一時自分を見失うが、ある出来事をきっかけに我に返る。

 収容者への拷問、公開処刑、拉致被害者の存在など、北朝鮮が知られたくない真実を監督は真正面から描き告発する。3Dアニメは口当たりがいい映像表現だが、内容はかつてなくショッキングだ。

 絶望的な世界で、ヨハンとイヒ、孤児インスが希望を捨てずしたたかに生きる姿に感動する。ディズニー長編アニメ「ムーラン」(98)の音楽を担当したマシュー・ワイルダーの力強いスコアが作品を彩り、日本の童謡「赤とんぼ」が胸にしみ入る。3Dアニメは子供向け、ファンタジー、娯楽作品相性がいいが、今回は実話の映像表現として新たな可能性を開拓した。北朝鮮が隠す真実と人権問題を鋭く切り込んでいる。

(文・藤枝正稔)

「トゥルーノース」(2020年、日本・インドネシア)

監督:清水ハン栄治
声の出演:ジョエル・サットン、マイケル・ササキ、ブランディン・ステニス、エミリー・ヘレス

2021年6月4日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://true-north.jp/

作品写真:(C)2020 sumimasen
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2021年05月21日

「茜色に焼かれる」コロナ禍に苦しむ日本 尾野真千子、理不尽と戦う母熱演

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 「まあ、頑張りましょう」。夫を交通事故で亡くし、日々の感情を静めて過ごす母・田中良子(尾野真千子)。混沌とした時代、自らの正義を見出そうとする中学生の息子・純平(和田庵)。コロナ禍に襲ってくる理不尽な日常に、母子は張り裂けそうな思いを抱え生きていた──。 「舟を編む」(13)、「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」(17)の石井裕也監督の最新作。

 良子の夫・陽一(オダギリジョー)は7年前、横断歩道を自転車で渡っていたところ、高齢運転手の車にはねられ亡くなった。加害者は痴呆症の85歳元官僚。逮捕もされず、最近92歳で世を去った。葬儀会場を訪れた良子は、遺族に「嫌がらせだ!」と強制排除される。2019年の「東池袋自動車暴走死傷事故」を思わせる幕開けだ。石井監督はコロナ禍にあふれる矛盾、不満、怒り、閉塞感の中、したたかに生きる母子を通して愛と希望を語っていく。

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 夫への賠償金は拒んだ良子だが、経営していたカフェはコロナ禍で閉店。息子と家賃月2万7000円の市営団地で暮らし、昼間はスーパーの花屋で時給930円のアルバイト。脳梗塞で倒れた義父の老人ホーム費月16万5000円を払っている。お金は足りるはずもなく、良子は息子に内緒で夜は時給3200円の風俗店で働き、夫と別の女性の間に生まれた娘の養育費・7万円まで払っている。生活費が細かくテロップで表示される。

 さらにスーパーの店長に理不尽なルールを押し付けられ、風俗店で客に性処理の道具のようにあしらわれる。それでも客を「まあ、頑張りましょう」と抱擁し、心を落ち着かせるしかない。一方で、良子は中学の同級生・熊木と偶然再会し淡い恋心を抱く。息子の純平は「事故の遺族」と上級生に目をつけられ、執拗にいじめられる。

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 良子と純平親子の視点で話は進み、出てくる男はほぼ敵だ。マスクやソーシャル・ディスタンス(人と人の距離を開けること)、アルコール消毒が登場。コロナ禍の日本を舞台にした映画は初めてではないだろうか。感染拡大でがんじがらめな中、さまざまな困難が母子を襲う。心が折れた瞬間、体全体を震わせて怒りや悲しみをこらえる良子。平静を装いつつ、悔しさを押し殺す尾野の演技に、見る側も震えるに違いない。

 石井監督は「生きちゃった」(20)に続き、矛盾だらけで疲弊する日本の社会問題に切り込んだ。監督と尾野にとって新たな代表作になるだろう。

(文・藤枝正稔)

「茜色に焼かれる」(2021年、日本)

監督:石井裕也
出演:尾野真千子、和田庵、片山友希、オダギリジョー

2021年5月21日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://akaneiro-movie.com/

作品写真:(C)2021「茜色に焼かれる」フィルムパートナーズ
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2021年04月25日

「愛のコリーダ」大島渚監督が描く究極の愛 「芸術か、わいせつか」で大論争に 

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 日本を代表する映画監督の一人、大島渚監督。「戦場のメリークリスマス」(83)に続き、「愛のコリーダ」(76)もデジタル修復され、30日から再公開される。

 「愛のコリーダ」(76)は、昭和11年(1936年)に起きたいわゆる「阿部定事件」をモチーフに、男女の究極の愛を描いた作品。東京・中野の料亭の仲居・定(松田英子)は、店の主人の吉蔵(藤竜也)に一目ぼれする。妻のある吉蔵も定にほれ、二人は駆け落ち。待合(貸座敷)を転々としながら昼夜を問わず求め合う。やがて行為はどんどん過激になり、ついに定は吉蔵を独占しようと包丁を手にする──。

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 阿部定による情夫の殺害事件。つまり定が男性器を切り取る性愛を描き、「芸術」か「わいせつ」で大論争を招いた。当時の日本はヘアも解禁されておらず、ぼかしを入れて公開されたものの、場面写真を掲載した書籍をめぐり裁判が起きたほどだ。

 話題が先行する形で映画は大ヒットし、米作曲家クインシー・ジョーンズがカバーした楽曲「愛のコリーダ」も注目された。作品は見たことがないが、題名は知っている人も多いだろう。

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 「阿部定事件」は「愛のコリーダ」以前にも映像化されている。東映のオムニバス映画「明治大正昭和 猟奇女犯罪史」(69)の1編は、存命だった阿部定本人が街頭でインタビューを受けるシーンがある。さらに日活ロマンポルノ「実録 阿部定」(75)、大林宜彦監督「SADA」(89)など、たびたび映像化されてきた。

 「愛のコリーダ」は、定と吉蔵の出会い、不倫、旅館に引きこもっての愛欲生活が大胆な性描写とともに描かれる。作中何度も登場する性交場面に目が行きがちだが、松田と藤の存在感が光る。性にどん欲で行為をエスカレートさせる松田の体当たり演技。色気を漂わせ、余裕を見せながら受ける藤がうまい。大胆な性描写の合間に、時おり見せる情緒豊かな演出。一歩間違えばきわものになった作品を、大島監督は芸術の域に引き上げた。

 今回のデジタル2K修復では、ぼかしを新たに入れ直し、映像は色乗りがいい。「赤」が際立ち「黒」が引き締まり、シャープになって蘇った。2023年に大島渚監督作は国立機関に収蔵される予定で、今回が最後の大規模上映になる。

(文・藤枝正稔)

「愛のコリーダ」(1976年、日・仏)

監督:大島渚
出演:藤竜也、松田英子、松廼家喜久平、小山明子

2021年4月30日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://oshima2021.com/

作品写真:(C)大島渚プロダクション

posted by 映画の森 at 16:29 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月18日

「戦場のメリークリスマス」4K修復版 大島渚監督の代表作 ボウイ・たけし・坂本が異色のアンサンブル

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 日本を代表する映画監督の一人、大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」(83)、「愛のコリーダ」(76)がこのほどデジタル修復され、再公開が始まった。
 
 「戦場のメリークリスマス」は1942年、インドネシア・ジャワ島の日本軍俘虜収容所が舞台。軍属が俘虜(捕虜)を犯した事件の処理にあたった粗暴なハラ軍曹(ビートたけし)と、英国人俘虜ロレンス大佐(トム・コンティ)は、東洋と西洋の価値観を語り合ううちに、奇妙な友情で結ばれるようになる。一方、武士道精神を重んじる所長のヨノイ大尉(坂本龍一)は、英国人俘虜のセリアズ少佐(デビッド・ボウイ)の魔性というべき美しさに心を奪われ葛藤する。収容所に波乱を巻き起こすセリアズは禍(わざわい)の神なのか──。

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 原作はローレンス・バン・デル・ポストの俘虜体験記「影の獄にて」。オール海外ロケで国際的なキャストを迎え、戦闘シーンのない戦争映画となっている。大島にとって異色作だ。カンヌ国際映画祭では最高賞・パルムドールを逃したが、日本国内で大ヒットした。魅力はなんといってもキャスティングだ。

 1980年代に漫才ブームをけん引したビートたけし。音楽グループ「YMO」で人気を博したミュージシャンの坂本龍一。英ロックスターのデビッド・ボウイ。3人の1人でも欠けたら作品は成功しなかった。今は大御所になった坂本は、映画音楽に初挑戦している。テーマ曲はあまりにも有名になり、シンセサイザーを駆使してオリエンタルな香りのする音楽を作り上げた。ミニマルな音を積み重ねて大きなうねりを作り出し、製作された83年当時の映画音楽とは全く違うアプローチ。素晴らしいスコアだ。

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 戦争映画の形をとりながら、同性愛を大胆に取り入れ、軍属と俘虜の心の揺れと友情を描いた。自分たちの行動が「正しい」と突き進む日本兵の誤った姿、「腹切り」を美学と考えていた日本人の思想。戦争の矛盾を示しているが、時代背景の説明を排除したことで、戦争を知らない世代には分かりづらいかもしれない。

 たけし、坂本、ボウイのアンサンブルは、プロの俳優とは一味違う魅力を放つ。坂本の楽曲も心に残る。内田裕也、ジョニー大倉、室田日出男、戸浦六宏に加え、若き日の内藤剛志も出演。2023年に大島渚監督作は国立機関に収蔵される予定で、今回が最後の大規模上映になるという。4Kデジタル修復で美しく蘇った「戦場のメリークリスマス」。必見だ。

(文・藤枝正稔)

「戦場のメリークリスマス」(1983年、日・英・ニュージーランド)

監督:大島渚
出演:デビッド・ボウイ、トム・コンティ、坂本龍一、ビートたけし、ジャック・トンプソン、ジョニー大倉、内田裕也、三上寛、室田日出男、戸浦六宏、金田龍之介、内藤剛志

2021年4月16日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://oshima2021.com/

作品写真:(C)大島渚プロダクション
posted by 映画の森 at 10:41 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする