2021年03月15日

「すくってごらん」左遷でどん底のエリート 金魚すくいで救われる人生

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 東京から田舎へ左遷された大手銀行員・香芝誠(尾上松也)は、金魚すくい店を営む吉乃(百田夏菜子)と運命的に出会う。ネガティブ思考の香芝は心を閉ざし、仕事に専念しようとするが、吉乃が気になって仕方がない。しかし吉乃は幼なじみの王寺昇(柿澤勇人)を想い、ある秘密を抱えていた。一方、女優の夢破れて地元のカフェで働く明日香(石田ニコル)は、香芝に一目ぼれする──。

 大谷紀子原作の同名漫画を実写化で、監督は「ボクは坊さん。」(15)で劇場長編デビューした真壁幸紀。漫画の実写化映画には、原作の世界観を忠実に映像化した作品と、今回のように大胆に脚色した作品の二通りある。「すくってごらん」はミュージカルふうの歌とダンス、百田のピアノによる吉乃の感情表現など、実写ならではのアプローチがとられた。宣伝コピーに「新感覚ポップエンターテインメント」とある。

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 歌舞伎界のホープ・尾上演じる香芝が、不似合いなスーツに眼鏡で田舎道に登場するシーンで映画は幕を開ける。道に迷った香芝は通りかかった親切な金魚売りの車に乗せられ、観客は香芝とともに不思議な世界に迷い込む。突然、心境を吐露するように歌い出す香芝。一筋縄ではいかぬ作品と匂わせ、攻めた演出が際立つ。

 目指す町に着いた香芝は、目に入った浴衣の美女の後を追う。着いた先は、浴衣の美女が踊る狭い通路。美女が走ったところに道ができ、金魚すくい店「紅燈屋」にたどり着く。「不思議な国のアリス」のような導入でドラマが始まり、演出は漫画の世界を越えていく。 

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 金魚すくいの「すくい」を「救い」にかけたテーマが隠されている。エリートだった香芝が左遷で人生どん底となり、金魚すくいと町の人たちとの交流を通じ、ネガティブな自分を見つめ直し、前向きに歩き出す。凛々しい姿がテーマを象徴する。

 個性的なキャストもポイントだ。映画初主演の尾上は演技と歌で存在感を示し、映画初ヒロインの百田は大人の演技とピアノで「ももクロ」と違う一面を見せる。劇団四季出身の柿澤は歌、ダンス、ピアノと芸達者ぶりを披露。石田はギターの弾き語りとミュージカル経験を生かしている。監督はキャストの新たな一面を引き出しながら、歌やダンス、テロップを多用して「新感覚ポップエンターテインメント」に仕立てた。

(文・藤枝正稔)

「すくってごらん」(2021年、日本)

監督:真壁幸紀
出演:尾上松也、百田夏菜子、柿澤勇人、石田ニコル

2021年3月12日(金)、TOHOシネマズ日比谷ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://sukuttegoran.com/

作品写真:(C)2020映画「すくってごらん」製作委員会 (C)大谷紀子/講談社

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2021年03月02日

「あのこは貴族」格差を生きる女性二人 新たな出発を清々しく

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 東京の上流家庭で成長し、「結婚=幸せ」と信じる華子(門脇麦)。20代後半で恋人にふられ、初めて人生の危機に立たされる。あらゆる手で相手を探した結果、良家出身のハンサム弁護士・幸一郎(高良健吾)との結婚が決まり、順風満帆と思えたが──。

 「アズミ・ハルコは行方不明」(16)、「ここは退屈迎えに来て」(18)の原作者・山内マリコの同名小説を、「グッド・ストライプス」(15)で新藤兼人賞金賞の岨手由貴子監督が映画化した。東京の箱入り娘と、大学中退の上京組が、一瞬交差して新たな人生を切り開く。

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 お嬢様と庶民の落差を端的に描きながら物語は始まる。高級レストランから華子を乗せた個人タクシーの高齢運転手は、「私も行ってみたい」とうらやむが、華子は困って言葉を返せない。かみ合わない会話で変な空気が漂うタクシーが向かった場所は、家族がそろう正月恒例の食事会。華子は恋人を紹介するはずだったが、直前に恋人に振られていた。華子の新たな恋人を探す婚活が始まる。

 父から紹介された縁談、友達がセッティングした合コン。なかなかいい相手に巡り合えない中、義兄の紹介で弁護士の幸一郎と出会う。二人は愛をはぐくみ結婚が決定。しかし、眠る幸一郎のスマホに「美紀」という女から「私の充電器持って帰らなかった?」とメッセージが入り、華子の胸はざわつき始める。

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 一方、富山出身の美紀(水原希子)は、苦労して名門大学に入学。付属学校から進学した内部生と地方出身の外部生の格差に苦しんでいる。ある日、講義ノートを強引に借りた内部生の幸一郎と知り合う。しかし、父の失業で学費が払えなくなり、キャバクラでアルバイト。気力が持たずに大学は中退したが、店に客で来た幸一郎と再会する。華子が見たスマホの名前は、幸一郎が都合のいい女としてつながり続けた美紀だった。

 生まれも育ちも違う二人の女性を通し、日本の格差が描かれる。地方出身者は東京育ちに憧れ、箱入り娘は上京組に憧れる。二人はないものねだりのように互いに憧れ、新しい生き方を見いだす。格差を飛び越え次のステージへ向かう姿は、清々しく凛々しい。

(文・藤枝正稔)

「あのこは貴族」(2021年、日本)

監督:岨手由貴子
出演:門脇麦、水原希子、高良健吾、石橋静河、山下リオ、高橋ひとみ、津嘉山正種、銀粉蝶

2021年2月26日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://anokohakizoku-movie.com/

作品写真:(C)山内マリコ/集英社・「あのこは貴族」製作委員会

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2021年02月13日

ゆうばり映画祭作品の上映会 グランプリ作品「湖底の空」も

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 昨年9月にオンラインで開催された第30回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020の舞台あいさつ付き上映会が2月11日、北海道夕張市で行われ、グランプリ作品「湖底の空」の佐藤智也監督らが駆けつけた。

 冬の風物詩だったゆうばり映画祭は2020年から夏開催になることが決まっていたが、その初回は新型コロナウイルス感染防止のため、オンライン開催に転換せざるをえなかった。

 今回の上映会は、スクリーンでも映画を楽しんでもらいたいと企画されたもので、1月末から東京、神戸、佐賀、名古屋のミニシアターで順次開催。夕張市が最終回となった。

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 複合施設「りすた」で行われた上映会は、2019年3月に廃線となったJR北海道石勝線夕張支線のラストランを描く「夕張支線ノスタルジア」(西田知司監督)でスタート。続いてファンタスティック・ゆうばり・コンペティション部門グランプリとシネガーアワード(批評家賞)を受賞した「湖底の空」が上映された。

 「湖底の空」は日中韓の合作。韓国インディペンデント映画界で活躍する女優イ・テギョンが主演し、日中で活動する阿部力、韓国で活動する武田裕光らが共演している。

 登壇した佐藤監督は韓国映画界との縁について「2000年にゆうばりで『L’Ilya』が審査員特別賞を受賞し、姉妹映画祭の富川国際ファンタスティック映画祭に招かれたことがきっかけ」と明かし、「ゆうばりで生まれた縁を今後も広げていきたい」と語った。

 中国語や日本語のせりふをこなしながら双子の一人二役を高い演技力で表現したイ・テギョンは、ビデオメッセージを寄せ「3カ国のみんなが一丸となって力を注いだ映画。心が温かくなってくれたらうれしい」とあいさつした。

 「湖底の空」は新宿K‘s cinemaで今夏に一般公開される予定。

今年は9月に開催

 2021年の映画祭は9月16〜20日に開催することが決まり、作品の募集も始まった。現時点では、夕張市内の上映とオンライン上映のハイブリッド方式が予定されている。

 ただ、ゆうばり映画祭には逆風が吹く。最近、参加者の宿泊と上映に使われていた市内のホテルの運営会社が経営破綻したのだ。コロナ禍による観光客の激減が背景だった。市内には他に大規模ホテルがなく、代わりの宿泊場所や上映会場は未定だ。

 2007年の市の財政破綻に続く最大のピンチに直面し、キャッチフレーズの「世界で一番、楽しい映画祭」を実現できるか、これからが正念場となる。

(文・写真 芳賀恵)

「湖底の空」公式サイト
https://www.sora-movie.com/movie

ゆうばり国際ファンタスティック映画祭映画祭
https://yubarifanta.jp

作品エントリーページ
https://yubarifanta.jp/entry2021en/

写真1:舞台挨拶する佐藤智也監督(左)
写真2:「湖底の空」(映画祭事務局提供)
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2021年02月07日

「哀愁しんでれら」幸せに始まったおとぎ話 事態へ思わぬ方向へ

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 海辺の町の児童相談所で働く福浦小春(土屋太鳳)は、自転車店を営む父、大学受験を控えた妹、祖父と4人で暮らしている。母親は小春が10歳の時、「あなたのお母さんをやめました」と吐き捨てるように言ったまま消息不明になった。4人は平和に暮らしていたが、ある夜突然の不幸に見舞われる──。

 自主製作映画「かしこい狗は、吠えずに笑う」(12)のほか、ドラマや映画脚本を書いてきた渡部亮平による初監督劇場作品。自らの「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM 2016」グランプリ企画で監督・脚本を担当した。

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 継母にいじめられていた娘が、王子に見初められ幸せになる童話「シンデレラ」。題名の通り童話をなぞるように始まるが、話が進むにつれ、観客の予想の斜め上方向に展開していく。「裏」おとぎ話サスペンスの趣がある。明るく前向きなイメージがある土屋と田中が、後ろ向きで暗い世界へ踏み込む。

 福浦家の夕食時、突然不幸が襲う。祖父が倒れて残りの家族が病院に向かう途中、自損事故を起こす。酒を飲んだまま運転していた父は警察に連れて行かれ、留守宅は火の不始末で火事になり、自転車店は廃業に追い込まれる。小春が恋人の家に行くと、恋人は浮気の真っ最中。茫然自失で夜道を歩いていた小春は、踏切に倒れていた男性を助ける。泥酔していた男性は、タクシーで去り際に「お礼をしたい」と小春に名刺を渡す。男性はクリニック経営者の泉澤大吾(田中圭)だった。窮地の小春は大吾に連絡する。

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 小春と大吾の出会いから、話は「シンデレラ」のように軽妙に進んでいく。しかし、幸せすぎる展開が妙に心に引っかかり、ざわついた悪い予感が現実になる。きっかけは大吾の8歳の一人娘、ヒカリ(COCO)だ。一見人なつこい少女だが、明るい笑顔に隠された素顔が見え隠れする。同時に娘を偏愛する大吾の裏の顔も明らかに。小春は大吾親子に迎合するように変貌していく。

 ポイントは小春の過去だ。10歳で母に捨てられたトラウマから、自分も母と同じようにヒカリに接してしまう。スイッチが入った小春はモンスター・ペアレントとなり、凶悪事件を起こす。娘への思いが誤った方向に向かい、善悪の判断ができなくなり、行動はエスカレート。玉の輿のシンデレラストーリーは、予想を超えた場所に着地する。後味の悪さが作品の肝だ。

 土屋は「3度出演を断った」というネガティブな役で新境地。田中も王子様から一転、暗い本性を見せる怪演だ。今回が映画初出演の子役、COCOも大人顔負けの演技。おとぎ話をうまく利用しつつ、現代社会の闇を描いている。 

(文・藤枝正稔)

「哀愁しんでれら」(2021年、日本)

監督:渡部亮平
出演:土屋太鳳、田中圭、COCO、山田杏奈、正名僕蔵、銀粉蝶、石橋凌

2021年2月5日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://aishu-cinderella.com/

作品写真:(C)2021「哀愁しんでれら」製作委員会

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2021年01月29日

「ヤクザと家族 The Family」綾野剛と舘ひろし初共演 変わりゆく極道と男たちの絆

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 荒れた少年期に地元の親分・柴咲(舘ひろし)に手を差し伸べられ、父子の契りを結んだ男・山本(綾野剛)。ヤクザの世界でのし上がり、愛する自分の“家族”と出会う。しかし、暴対法の施行でヤクザの世界は一変。山本は因縁の敵と戦う一方、大切なものを失うことになる──。日本アカデミー賞を6部門受賞した「新聞記者」(19)の藤井道人監督新作。

 題名が意味深だ。血縁関係のない親分子分は疑似家族のよう。子分は「親父」と呼び、親分も息子のようにかわいがる。家庭崩壊が問題になる昨今、ヤクザは本当の親子より強い絆で結ばれている。

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 1999年の地方都市。両親を亡くした山本は自暴自棄になり、糸が切れた凧のように荒れ狂っていた。売人から覚せい剤を横取りし、ヤクザの逆鱗に触れて半殺しの目にあうが、以前助けた親分・柴咲の名刺を持っていて命拾い。山本は柴咲と父子の契りを結び、極道に足を踏み入れる。

 時は下って2005年。一本気で名を挙げた山本は、敵対する侠葉会の川山(駿河太郎)と格闘して負傷。手当てをしてくれたホステスの由香(尾野真千子)を気に入り、一方的に愛を求める。柴咲組と侠葉組の争いは激化し、川山刺殺事件に発展。山本は罪を引き受け、刑務所に14年間服役する。2019年。出所した山本が見たのは、社会で居場所を失い衰退したヤクザたちだった。

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 三つの時代を通してヤクザの生き様が描かれる。暴力団対策法施行(1992年)の数年後から話は始まる。ヤクザ映画の金字塔「仁義なき戦い」(73)のようなヒロイックな高揚感はない。細々と裏稼業を営む男。足を洗い新たな人生を歩もうとする者。幼少期に山本にかわいがられ半グレとなった少年。血縁を超えた絆の強さ、逆に血のつながった家族の苦悩。

 綾野の役作りはアグレッシブだ。自暴自棄で弾けまくる19歳。男の色気が匂い立つ25歳。刑務所生活を経て枯れ果てた39歳。これに対し、受けの芝居に徹した舘ひろしがいい。舘のデビュー作「暴力教室」(76)や「男組 少年刑務所」(76)など東映作品で暴れまくった姿を見た身には、43年ぶりのヤクザ役、しかも親分とは感慨深い。

 北村有起哉、市原隼人、駿河太郎、磯村優斗らもインパクトある好演。藤井監督は「デイアンドナイト」(19)で描いた善悪の境界にさらに踏み込んでいる。一歩引いた冷めた視線で現代社会を映したネオノワール作品といえる。

(文・藤枝正稔)

「ヤクザと家族 The Family」(2021年、日本)

監督:藤井道人
出演:綾野剛、舘ひろし、尾野真千子、北村有起哉、市原隼人、岩松了、豊原功補、寺島しのぶ

2021年1月29日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://www.yakuzatokazoku.com/

作品写真:(C)2021「ヤクザと家族 The Family」製作委員会

posted by 映画の森 at 18:03 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする