2013年02月11日

「奪命金」 愚かしくも抜け目ない ジョニー・トーが描く 金と欲望の香港狂騒曲

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 生き馬の目は、こうして抜かれる。

 アジア有数の金融都市・香港。主人公は3人。警官のチョン(リッチー・レン)は、妻にマンション購入をせがまれる。下っ端ヤクザのパンサー(ラウ・チンワン)は、兄貴分の保釈金集めに右往左往。銀行の営業担当・テレサ(デニス・ホー)は、売り上げノルマに四苦八苦する──。

 ジョニー・トー監督の「奪命金」は、複雑なパズルのように緻密に構成されている。登場人物に共通するのは、ずばり金(カネ)だ。テレサはクビの恐怖におびえ、投資にうとい中年女性に高リスクの金融商品を売りつける。パンサーは羽振りのいい投資会社社長に金の工面を頼む。不動産相場に振り回されるチョンの妻は、夫に内緒でマンション契約にサインする。

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 バラバラに動いていた物語が、ある一瞬にパッとつながる。ギリシャの債務危機ぼっ発。暴落する株式相場。パンサーの友人は口座の不正操作に走る。テレサのもとには高利貸しの常連客が現れ、大金を下ろしてさらに高利で知人に貸そうとする。チョンの妻はあわてて契約を取り消そうとする。暴風は人々を巻き込んだ末、パズルは収まるべきところへ収まっていく。

 しかし、「奪命金」の面白さは、エピソードと構成の妙だけではない。登場人物はいわば、香港という大きなパッチワークを作る色とりどりの布切れのよう。たとえばテレサの客の中年女性。純朴そうだが金にはなかなか粘っこい。パンサーが金を無心する古紙回収の男。よれた札でふくらんだウェストバッグを、当座必要な数枚だけ抜き取り、ぽんと投げてよこす。テレサの客の高利貸し。億単位の大金を貯め込みながら、銀行ではサービスのコーヒーに執着する。

 金に振り回される人たちを見ていると、腹の底からじわじわおかしさがこみ上げてくる。香港という街はむき出しの欲望を交差させながら、突き抜けた達観で人を魅了するのだ。

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 脇役として光るのが、香港で見かけるさまざまな「もの」たちだ。会話をかき消す道路の騒音。向かい合わせば額が触れるほど狭い食堂のテーブル。カンカンカンカン、耳につく横断歩道の信号音。路地で台車を転がすランニングに短パンの男たち。

 ジョニー・トーは生まれ育った香港を、愚かしくも抜け目ない人々を通し愛情をこめて描く。生き馬の目を抜かれても、金に足をとられて転んでも、ただでは起きない。バラバラに動いていた3人は、互いに気付かず雑踏ですれ違う。わき目など触れるひまはない──あの騒々しくエネルギッシュな、街の熱を肌に感じる瞬間だ。

(文・遠海安)

「奪命金」(2011年、中国・香港)

監督:ジョニー・トー
出演:ラウ・チンワン、リッチー・レン、デニス・ホー

2月9日、新宿シネマカリテほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://datsumeikin.net/

作品写真:(C)2011 Media Asia Films (BVI) Ltd. All Rights Reserved.
タグ:レビュー
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2013年01月10日

「ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝」 “飛び出す”初の3Dカンフー ツイ・ハーク&ジェット・リー、14年ぶりタッグ

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 砂漠にたたずむ辺境の宿「龍門」に、60年に一度の巨大砂嵐が迫っていた。言い伝えでは砂漠に眠る財宝と都市が地上に姿を現すという。龍門には絶対的権力を持つ悪の宦官ユー(チェン・クン)率いる武装集団、秘宝強奪をもくろむ盗賊団、謎めいた美しき女侠客リン(ジョウ・シュン)が集結。打倒ユーに執念を燃やす孤高の義士ジャオ(ジェット・リー)も駆けつけ、一触即発の殺気が張りつめる。ついに決戦の火ぶたが切られた時、想像を絶する竜巻が襲来。天が荒れ狂い、大地が揺れる激闘の果て、誰が伝説の秘宝を手にするのか──。

 大ヒット作「ワンス・アポン・タイム・イン・チャイナ」シリーズのツイ・ハーク監督とジェット・リーが、14年ぶりに組んだ3Dアクション映画だ。ツイ・ハークが製作・脚本を担当した「ドラゴン・イン」(92)の3年後の後日談となる。

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 “香港のスピルバーグ”と呼ばれるツイ・ハーク監督らしく、人間が飛ぶ姿を派手なワイヤーアクションで見せる。3D映像を効果的に見せるためデジタルCG(コンピューター・グラフィックス)で作られた剣、矢、樽、丸太が、画面から飛び出してくる。「見る」ことに「体感」を加えたアトラクションだ。初の3D武侠映画とあって、ハリウッドから「アバター」のスタッフを招いたという。

 権力者による弾圧や不正が横行する明代の中国。皇帝の子を身ごもり、都を脱出した官女スーを女侠客リンが救い、砂漠に建つ「龍門」にたどり着く。宿には300年前に砂に埋まった財宝を狙い、王女チャン、女剣客グー、情報屋フォンと盗賊団が集まっていた。そこへリンと恋仲だったジャオ、ジャオの宿敵ユーも集結。居合わせた人々が敵と味方に分かれ、全面戦争が繰り広げられる。

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 奥行き方向にポイントを置くハリウッド作品と異なり、物体が前に飛び出すシーンが多い。勧善懲悪の世界観をもとに、カンフー&ワイヤーを駆使。飛翔アクションを派手に見せ、中盤は宿を舞台に集団抗争劇が展開。後半は秘宝探しのアドベンチャーへ変貌する。クライマックスはCGで作られた竜巻の中のバトル。前代未聞の特撮アクションとなる。

 しかし、多くの要素を詰め込んで大風呂敷を広げたのはいいが、収拾がつかなくなり、幕引きは強引で投げやりになってしまった。とはいえ3Dエンターテインメント武侠映画として、大いに楽しめる作品だ。

(文・藤枝正稔)

「ドラゴンゲート 空飛ぶ剣と幻の秘宝」(2011年、中国)

監督・製作・脚本:ツイ・ハーク
出演:ジェット・リー、ジョウ・シュン、チェン・クン、リー・ユーチュン、グイ・ルンメイ、メイビス・ファン、リュー・チャーフィー

1月11日、TOHOシネマズ六本木ヒルズほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://dragongate-movie.jp/

作品写真:(C)2011 Bona Entertainment Company Limited, All Rights Reserved
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2012年11月13日

「2012-13 冬の香港傑作映画まつり」12月15日からトニー・レオン、チャン・ツィイー、ニック・チョンら最新作3本

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 香港映画の最新作3本を連続上映する「2012-13 冬の香港傑作映画まつり」が12月15日、東京・シネマート六本木でスタートする。

 上映されるのは「最愛」(11、顧長衛=クー・チャンウェイ監督)、「大魔術師“X”のダブル・トリック」(11、爾冬陞=イー・トンシン監督)、「狼たちのノクターン 夜想曲」(12、周顯揚=ロイ・チョウ監督)の3作品。

 「最愛」は郭富城(アーロン・クオック)、チャン・ツィイーが共演。1990年代の中国山間部を舞台に、売血でHIV感染した男女の悲恋を描く。

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 「大魔術師“X”のダブル・トリック」は梁朝偉トニー・レオン、劉青雲(ラウ・チンワン)、周迅(ジョウ・シュン)の顔合わせ。20年代中国で、軍閥から元恋人の奪還を狙うマジシャンの活躍を描く娯楽アクション。

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 「狼たちのノクターン 夜想曲」は、張家輝ニック・チョン、任達華(サイモン・ヤム)主演の犯罪映画。殺人罪で服役した男が、出所後ある少女を監視する。ベテラン刑事は男を追ううち、20年前の殺人事件との関連性に気付き、やがて衝撃の事実が浮かび上がる。

 いずれも中華圏を代表する俳優、実力派監督による力作だ。上映スケジュールなど詳細は公式サイトまで。

http://www.cinemart.co.jp/theater/roppongi/lineup/20121027_10220.html

(文・遠海安)

「最愛(原題:最愛)」 12月15日から公開

監督:顧長衛(クー・チャンウェイ)
出演:郭富城(アーロン・クォック)、章子怡=チャン・ツィイー

「大魔術師“X”のダブル・トリック(原題:大魔術師)」 2013年1月5日から公開
監督:爾冬陞(イー・トンシン)
出演:梁朝偉(トニー・レオン)、劉青雲(ラウ・チンワン)、周迅(ジョウ・シュン)

「狼たちのノクターン 夜想曲(原題:大追捕)」 同1月26日から公開
監督:周顯揚(ロイ・チョウ)
出演:張家輝(ニック・チョン)、任達華(サイモン・ヤム)

12月15日よりシネマート六本木、12月29日よりシネマート心斎橋で公開。

作品写真:
「最愛」(c)2012, Irresistible Delta Limited, Edko Films Limited, Sil-Metropole Organisation Limited. All Rights Reserved.
「大魔術師“X”のダブル・トリック」(c)Emperor Motion Picture Limited Bona Entertainment Company All Rights Researved.
「狼たちのノクターン 夜想曲」(c)2012, Irresistible Delta Limited, Edko Films Limited, Sil-Metropole Organisation Limited. All Rights Reserved.
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2012年08月10日

「ニュー香港ノワール・フェス」 2000年代傑作犯罪映画、3本一挙紹介

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 2000年代香港犯罪映画の傑作3本を集めた特集上映「ニュー香港ノワール・フェス」が8月11日、新宿武蔵野館でスタートする。

ツイ・ハーク、リンゴ・ラム、ジョニー・トー合作
 上映されるのは、ツイ・ハーク、リンゴ・ラム、ジョニー・トー監督がリレー形式で仕上げた「強奪のトライアングル(原題:鐵三角)」、人気歌手でもあるレオン・ライがイメージをがらりと変えた「コンシェンス 裏切りの炎(原題:火龍 FIRE OF CONSCIENCE)」、アンソニー・ウォンとリッチー・レンが顔を合わせた「やがて哀しき復讐者(原題:報應 PUNISHED)」。

 中でも「強奪のトライアングル」は、1980〜90年代香港映画黄金期を支えた3監督が、それぞれの持ち味を生かしつつ一つの物語をつないでいく。主演のルイス・クー、サイモン・ヤム、中国を代表する演技派のスン・ホンレイのアンサンブルにも注目だ。

レオン・ライ、イメージ一新
 「コンシェンス 裏切りの炎」は、妻を亡くした失意の刑事をレオン・ライが好演。無精ひげにもっさりした風貌で、従来のスマートなイメージを返上。激しいアクションにも挑戦している。監督は「ビーストストーカー 証人」、「密告・者」のダンテ・ラム。スピーディーで骨太な演出が光る。

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 「やがて哀しき復讐者」は、香港映画界きっての個性派、アンソニー・ウォンと、ジョニー・トー作品などで独特の存在感を見せるリッチー・レンが共演。親子愛と因果応報が焦点の犯罪映画となっている。

(文・遠海安)

「強奪のトライアングル(原題:鐵三角)」(2007年、中国・香港)

監督:ツイ・ハーク、リンゴ・ラム、ジョニー・トー
出演:ルイス・クー、サイモン・ヤム、スン・ホンレイ

「コンシェンス 裏切りの炎(原題:火龍 FIRE OF CONSCIENCE)」(2010年、中国・香港)

監督:ダンテ・ラム
出演:レオン・ライ、リッチー・レン、ビビアン・スー、リウ・カイチー、ミシェル・イエ

「やがて哀しき復讐者(原題:報應 PUNISHED)」(2011年、中国・香港)

監督:ロー・ウィンチョン
出演:アンソニー・ウォン、リッチー・レン、キャンディ・ロー、ジャニス・マン

8月11日、新宿武蔵野館で一挙公開。作品の詳細、上映スケジュールは公式サイトまで。

http://3hknoirfes.net/

作品写真:
「強奪のトライアングル」(C) 2007Milkyway Image(HK)Ltd
「コンシェンス 裏切りの炎」(C) 2010 Media Asia Films(BVI)Ltd.All Rights Reserved.
「やがて哀しき復讐者」(C) 2011 Media Asia Films(BVI)Ltd.All Rights Reserved.
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2012年05月02日

「王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件」 ツイ・ハーク、本領発揮! これぞ香港アクションの精髄

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 紀元689年、唐の時代。中国史上初の女帝誕生を前に、奇怪な殺人事件が続発する。いずれも突如として人体が炎上し、全身が焼き尽くされ、残るは灰と骸骨のみ。すさまじい死に方だった。犠牲者は政権の中枢を担う要人ばかり。則天武后(カリーナ・ラウ)の即位を阻もうとする反逆者の仕業であることに、疑いの余地はなかった。犯人は誰なのか? 殺害のトリックは? 武后は、かつて自分に逆らった罪で入獄した判事ディー(アンディ・ラウ)を解放し、事件の解明に当たらせる――。

 ツイ・ハーク監督が久々に手がけた武侠映画「王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件」。目を射るスペクタクル、洗練をきわめたワイヤーアクション、俊敏かつ的確なカット割り、縦横無尽のカメラワーク。これぞツイ・ハークというべき、映画の面白さにあふれた、極上のエンターテインメントに仕上がっている。

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 まず目を奪うのが、武后の権力の象徴として建設中の仏塔“通天仏”だ。途方もない巨大建築物を、実物大のセットで組まれた内側から見せる映像は圧巻の一語。堂々たる造形と絢爛たる色彩にため息が出る。

 もちろん最大の見どころは、アクション・シーンだ。並外れた頭脳の持ち主である判事ディーは、武術の達人でもある。ディーの監視を命じられる美女チンアル(リー・ビンビン)、補佐役の司法官ペイ(ダン・チャオ)も、卓越した武芸者。凄腕の3人が、捜査を妨害する刺客たち相手に繰り広げるバトルの激しさ、美しさは、ツイ・ハークならではと言える。特に通天仏内で演じられる決闘シーンのクライマックスは素晴らしい。

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 キャストも豪華だ。主役のアンディ・ラウ、事件の鍵を握るシャトーに扮したレオン・カーフェイ、則天武后役のカリーナ・ラウ、そしてリー・ビンビン、ダン・チャオ。それぞれがスターのオーラを放ち、スクリーンに色艶を与えている。

 また、繰り出される超人的な技と術、政府転覆の陰謀、建築物への細工といった要素からは、横山光輝の忍者漫画「伊賀の影丸」を想起させられた。しかし、残念ながら日本にはこのような映像作品を作れる映画人は見当たらない。アクション映画というジャンルにおける香港映画の優位を改めて思い知らされる1本。

(文・沢宮亘理)

「王朝の陰謀 判事ディーと人体発火怪奇事件」(2010年、中国・香港)

監督:ツイ・ハーク
出演:アンディ・ラウ、リー・ビンビン、ダン・チャオ、レオン・カーフェイ、カリーナ・ラウ

5月5日、シネマート新宿ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.dee-movie.com/

作品写真:(c)2010 Huayi Brothers Media Corporation Huayi Brothers International Ltd. All Rights Reserved.
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