
生き馬の目は、こうして抜かれる。
アジア有数の金融都市・香港。主人公は3人。警官のチョン(リッチー・レン)は、妻にマンション購入をせがまれる。下っ端ヤクザのパンサー(ラウ・チンワン)は、兄貴分の保釈金集めに右往左往。銀行の営業担当・テレサ(デニス・ホー)は、売り上げノルマに四苦八苦する──。
ジョニー・トー監督の「奪命金」は、複雑なパズルのように緻密に構成されている。登場人物に共通するのは、ずばり金(カネ)だ。テレサはクビの恐怖におびえ、投資にうとい中年女性に高リスクの金融商品を売りつける。パンサーは羽振りのいい投資会社社長に金の工面を頼む。不動産相場に振り回されるチョンの妻は、夫に内緒でマンション契約にサインする。

バラバラに動いていた物語が、ある一瞬にパッとつながる。ギリシャの債務危機ぼっ発。暴落する株式相場。パンサーの友人は口座の不正操作に走る。テレサのもとには高利貸しの常連客が現れ、大金を下ろしてさらに高利で知人に貸そうとする。チョンの妻はあわてて契約を取り消そうとする。暴風は人々を巻き込んだ末、パズルは収まるべきところへ収まっていく。
しかし、「奪命金」の面白さは、エピソードと構成の妙だけではない。登場人物はいわば、香港という大きなパッチワークを作る色とりどりの布切れのよう。たとえばテレサの客の中年女性。純朴そうだが金にはなかなか粘っこい。パンサーが金を無心する古紙回収の男。よれた札でふくらんだウェストバッグを、当座必要な数枚だけ抜き取り、ぽんと投げてよこす。テレサの客の高利貸し。億単位の大金を貯め込みながら、銀行ではサービスのコーヒーに執着する。
金に振り回される人たちを見ていると、腹の底からじわじわおかしさがこみ上げてくる。香港という街はむき出しの欲望を交差させながら、突き抜けた達観で人を魅了するのだ。


脇役として光るのが、香港で見かけるさまざまな「もの」たちだ。会話をかき消す道路の騒音。向かい合わせば額が触れるほど狭い食堂のテーブル。カンカンカンカン、耳につく横断歩道の信号音。路地で台車を転がすランニングに短パンの男たち。
ジョニー・トーは生まれ育った香港を、愚かしくも抜け目ない人々を通し愛情をこめて描く。生き馬の目を抜かれても、金に足をとられて転んでも、ただでは起きない。バラバラに動いていた3人は、互いに気付かず雑踏ですれ違う。わき目など触れるひまはない──あの騒々しくエネルギッシュな、街の熱を肌に感じる瞬間だ。
(文・遠海安)
「奪命金」(2011年、中国・香港)
監督:ジョニー・トー
出演:ラウ・チンワン、リッチー・レン、デニス・ホー
2月9日、新宿シネマカリテほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://datsumeikin.net/
作品写真:(C)2011 Media Asia Films (BVI) Ltd. All Rights Reserved.
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