2010年10月20日

「モンガに散る」 台北の夜、5人は走る 振り返れぬ極道を

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 台北の街は、眠らない。日が暮れると、夜市の屋台に明かりがともる。蒸し暑さと人いきれで、街は体温を上げる。

 台北一の歓楽街、艋舺(モンガ)。台湾を代表する寺院・龍山寺を中心に、屋台や飲食店がひしめき合う。街には二つの顔があった。買い物客や参拝者が行きかい、にぎやかで活気あふれる昼。ヤクザが衝突を繰り返し、売春宿が赤くゆらめき、きなくさい空気が漂う夜。モンガは人間の欲とエネルギーを飲み込み、濃密な熱気を発していた。

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 1986年。高校生のモスキート(趙又廷=マーク・チャオ)が、モンガに転校してきた。幼いころからいじめられっ子で、学校を転々とする日々。案の定、登校初日に不良グループに目を付けられ、暴力を振るわれる。窮地を救ったのは、ヤクザの父がモンガを仕切るドラゴン(鳳小岳=リディアン・ヴォーン)、仲間のモンク(阮經天=イーサン・ルアン)、白ザル(蔡昌憲=ツァイ・チャンシェン)、アペイ(黄鐙輝=フアン・タンフイ)の4人だった。「どうして助けた」と聞くと、モンクは答える。「指が5本あれば、拳(こぶし)を一つ作れるだろ」。生意気盛りの5人は、義兄弟の契りを交わす。「生まれた日は違っても、死ぬ日は一緒だ」。モンガに生き、モンガに死ぬ。彼らにとって、街がすべてだった。絆を強めた5人は、極道へ踏み込む。

 一方で“大人の世界”は、急激な変化に見舞われていた。街の利権を狙い、外部の新組織が介入。ドラゴンの父は窮地に追い込まれ、5人も抗争に巻き込まれる。モンガはどこへ向かうのか──。

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 鈕承澤(ニウ・チェンザー)監督は、記憶に残るモンガを語る。「小さいころ、よく夜市に行った。14歳の夕暮れ、同級生と“探検”したことは、今も鮮明に覚えている。路地に入ると、両脇に売春宿が並んでいた。店先には肌もあらわな女たちが並んでいて、僕らに向かって一斉に手を伸ばしてきた。びっくりして飛び上がり、一目散に走って逃げた」

 モンガの雑多で混沌とした空気は、若い5人を成長させる、あるいは“道を狂わせる”に十分な引力を持っていた。監督は言う。「観客が劇場に入り、映画の中の風景がリアルで、人物も(演じた)俳優自身だと信じられる……そういう作品にしたい」。思いを受けてか主演の5人は、監督の記憶の中のモンガを生き生きと動く。5人は走る。ひたすら走る。汗をかき、泣き、笑い、悩み、怒り、叫ぶ。

 リーダー格・モンクを演じたイーサン・ルアンが素晴らしい。頭を坊主に刈り上げ、背中一面に刺青を入れ、白い開襟シャツに細身のパンツ、黒い鼻緒の雪駄(せった)を履き、街を闊歩する。つるりと卵をむいたような和風顔に、やや猫背のしなやかな長身。殴られても殴られても立ち上がり、自分なりの筋を通す気の強さ。ドラマで見せてきた甘いイメージを覆し、演技に緊張感がみなぎる。俳優が運命の役にめぐり合った、幸せな瞬間だろう。

 舞台と演技だけではない。よく練られた人物造形、脚本が、物語への共感を呼ぶ。娯楽性を前面に打ち出し、商業映画に徹したことが、台湾映画として地元で今年一番ヒットした理由かもしれない。ニウ・チェンザー作品には、従来の台湾映画になかった、したたかさと泥臭さがある。敏腕女性プロデューサーの李烈(リー・リエ)が製作し、映画「九月に降る風」の林書宇(トム・リン)監督が、助監督として作品を支えた。ヤクザのボスを演じた馬如龍(マー・ルーロン)ほか、王識賢(ジェイソン・ワン)、陳漢典(チェン・ハンディエン)ら脇の演技も見ごたえ十分だ。中国大陸の巨大資本が幅を利かせ、大味な歴史大作が目立つ最近の中華圏。演じるのは生身の人間であり、身近な街が舞台となりえることを、台湾発の「モンガに散る」は訴える。

 「拳銃なんて、外道が持つ武器だ」「俺たち極道者は、道端でのたれ死ぬものさ」。短刀を振り回し、柄シャツを着て肩で風切るなんて、古くさいかもしれない。暑苦しいかもしれない。それでもここは、付き合おうではないか。道を踏み外した、5人の全力疾走に。

(文・遠海安)

「モンガに散る」(2010年、台湾)

監督:鈕承澤(ニウ・チェンザー)
出演:阮經天(イーサン・ルアン)、趙又廷(マーク・チャオ)、馬如龍(マー・ルーロン)、鳳小岳(リディアン・ヴォーン)、柯佳嬿(クー・ジャーヤン)

12月18日、シネマスクエアとうきゅうほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.monga-chiru.com/

第23回東京国際映画祭アジアの風部門「台湾電影ルネッサンス2010」オープニング作品

http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=101

作品写真:(c)2010 Green Days Film Co. Ltd. Honto Production All Rights Reserved.
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2010年08月26日

台湾期待の若手俳優 阮經天(イーサン・ルァン)に聞く 「モンガに散る」で新境地

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ドラマ「墾丁(ケンティン)は今日も晴れ!」 10月から日本で初放送

 台湾の若手俳優、阮經天(イーサン・ルァン)がこのほど来日した。今年2月に台湾で公開された主演映画「モンガに散る」の大ヒットで、一躍若手の成長株として注目されたイーサン・ルァン。10月にはドラマ「墾丁(ケンティン)は今日も晴れ!」の日本での初放送がスタートする。俳優としての目標、演技への思いを率直に語った。

 インタビューの主なやり取りは次の通り。

 ──役作りのコツは。

 普段から役になり切ることで、自然に、無意識に演じられると思う。(撮影開始の)1〜2カ月前から脚本を読み始め、共演者と演技を合わせたりする。普段も役の人物になったつもりで行動しています。

 ──普段の姿と急に変わって、周りが驚くのでは。

 はい、驚かれます(笑)。(普段の自分と演じる役が)一番違ったのは、(ドラマ)「ハートに命中!100%」と「敗犬女王」、映画「モンガに散る」に出た時。「ハートに命中!100%」では怒りっぽい役で、いきなり大声を出したりして周りを驚かせた。「敗犬女王」の役はお茶目。(やくざを演じた)「MONGA」では「お前の笑いは不気味だ」と怖がられた。周りの人たちには迷惑をかけっぱなし。いつも申し訳ないと思っている。

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 ──大ヒットした「モンガに散る」に出演し、俳優として一番学んだ大きなことは。

 自分なりの演技スタイルがやっと確立でき、どうすれば役に入れるかが分かってきた。勉強になったというか、「やってよかった」と思う。撮影中、鈕承澤(ニウ・チェンザー)監督に「この作品で映画作りの一つのモデル、基盤を作っておきたい」と言われた。監督は僕に言った。「台湾映画全体のレベルを引き上げたい。一歩一歩進んでいけば、ここまで行ける、と示したい。観客が劇場に入り、映画の中の風景がリアルで、人物も(演じている)俳優自身だと信じられる……そういう映画にしたい」と。

 普段の演技では、泣く時は本当に悲しくて泣く。逆に笑うシーンでは楽しいわけではなく、(笑顔を作って)演じていることが多かった。「モンガに散る」では俳優同士の仲がよく、楽しい時、うれしい時、喜ぶ時も、自然に表現できたのがよかった。

 ──「墾丁(ケンティン)は今日も晴れ!」は、台湾の地名をタイトルに取ったオリジナルのドラマだ。

 (台湾の有名リゾート地)ケンティンは、疲れた都会人を癒してくれる天国のような場所。撮影当時、俳優としては低迷期だった。ケンティンに行って初めて「こんなシンプルで楽しい生活があるんだ」と気付いた。半年の撮影中、演じたドラマの主人公だけでなく、僕自身もケンティンに癒された。

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 ──「墾丁(ケンティン)は今日も晴れ!」「モンガに散る」は、どちらもニウ・チェンザー作品。あなたから見て監督はどんな人か。

 怒りっぽい人(笑)。とてもダイレクトに気持ちを表現する人。感情の起伏が激しいといえる。仕事の鬼でもある。長い付き合いなので今は仲がいいが、仕事の時は冗談など言えない。真剣に仕事をする監督なので、僕もコンディションを合わせ、役になり切る。最近は「兄貴」と呼ばせてもらっているが、仕事の時は仕事。プライベートでは本当に仲良し。(「モンガに散る」のシーンと)同じように義兄弟の契りを交わしたけれど、年齢的にはおじさんのような存在(笑)。言っていいかどうか分かりませんが……寂しがり屋でもあります。

 ──俳優として克服したい自分の弱点は。

 僕は演技の学校を出ているわけではなく、生活のため俳優になってしまったところがある。今まで自分の感覚で、自己流で演じていた面もある。ベテランの俳優たちは、人生経験や、俳優として受けたトレーニングをうまく役に反映させている。そのトレーニングの部分が自分に足りない。できれば2年以内に正式な演技の訓練を受け、俳優として足りない部分を補えたらいいな、と思っている。

 ──日本でも“華流”の映画やドラマを楽しむ人が増えている。

 ファンが増えたのは、とても喜ばしいと思う。僕たちが一生懸命演じた作品を、たくさんの人が見て、気に入ってくれてうれしい。僕が演じた役について、思うことがあれば、ぜひ僕に聞いてもらいたい。ディスカッションがとても好き。僕が答えることによって、納得してもらえれば満足できる。今後もっといい作品がでてきて、“華流”という垣根を越え、国境がなくなり、いい作品であれば日本に限らず、いろいろな国に紹介されれば最高だと思う。

 小さいころ、英語で話されているにもかかわらず、ハリウッド映画を楽しむことができた。たとえば日本と台湾は、家族のあり方に違いがある。そうであっても、僕は家族を描いた日本映画「いま、会いにゆきます」(04、土井裕泰監督)や「明日の記憶」(06、堤幸彦監督)を見て、作品の中の家族愛に深く感銘を受け、泣いた。言葉に関係なく、いい作品ができたらいいな、と思う。

六本木で舞台あいさつ 「いつか時代劇も」
 一方、主演ドラマ「墾丁(ケンティン)は今日も晴れ!」の日本での放送スタートを記念し、東京・シネマート六本木で8月11日、プレミアム試写会が開かれた。客席からの中国語の愛称で「小天(シャオティエン)!」の呼びかけられると、イーサン・ルァンは笑顔で登場。同じ会場で2年前、「墾丁(ケンティン)は今日も晴れ!」のニウ・チェンザー監督、共演の彭于晏(エディ・ポン)も舞台あいさつしたと聞かされ、「同じ場所に立てて光栄」とイーサン。続けて茶目っ気たっぷりに「今回の来日インタビューでは、監督のことばかり聞かれた。監督の宣伝に来たみたい」と話した。

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 今まで演じた一番好きな役は「墾丁(ケンティン)は今日も晴れ!」のアナンと、「モンガに散る」の和尚。「どちらも坊主頭だからではありません」と笑いを誘い、「アナンはリアルな役。心に傷を負いつつ、夢を実現させようとしている。演じていて気持ちよかった。和尚は演じたことのなかった役。自分の力を精一杯出して、役に成りきって演じられた。楽しかった」と振り返った。また、作品選びについて「(本来の自分と)落差が大きい、まったく違う役を演じてみたい。僕のような若い俳優は、演じることで役が自分の一部になっていく。時代劇にもチャレンジしたい」と意欲を示した。

 主演作がたて続けにヒットし、台湾で映画、ドラマ、CMに引っ張りだこのイーサン。忙しいスケジュールをぬっての来日にもかかわらず、ジョークを交えながら、丁寧に演技に対する思いを話したイーサン。日本滞在中には「ドラマや映画でよく見る、渋谷のスクランブル交差点に行ってみたい」と話すなど、飾らない素顔ものぞかせた。

(文・写真 岩渕弘美)

ドラマ「墾丁(ケンティン)は今日も晴れ!」(2007〜08年、台湾)

監督:鈕承澤(ニウ・チェンザー)
主演:阮經天(イーサン・ルァン)、彭于晏(エディ・ポン)、張鈞ィ(チャン・チュンニン)

10月7日、CS「ホームドラマチャンネル」で放送開始(毎週木曜)。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.homedrama-ch.com/

写真:笑顔で舞台あいさつするイーサン・ルァン=東京・六本木で2010年8月10日
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2010年07月17日

第12回台北映画祭 新作・話題作を集め “台湾の今”切り取る

カメラマン・李屏賓追った記録映画に最優秀作品賞 ティーチインも盛況

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 第12回台北映画祭(台北電影節)が6月25日から7月15日まで、台北で開催された。新作の台湾映画を中心に、長短編合わせて約170作品を上映。最優秀作品賞には台湾出身の映画カメラマン・李屏賓(リー・ピンビン)を追ったドキュメンタリー「乘著光影旅行」(姜秀瓊=チャン・シウチュン、關本良=クアン・プンリョン=監督)が選ばれた。

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 「乘著光影旅行」は、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の「童年往事」「恋恋風塵」、王家衛(ウォン・カーウァイ)監督の「花様年華」、是枝裕和監督の「空気人形」などを撮ったカメラマン・李屏賓に密着。映画界に入った経緯、撮影の秘密に迫った。また最優秀長編作品賞は、鍾孟宏(チョン・モンホン)監督の「第四張畫」が獲得した。

 侯孝賢監督が主席を務める同映画祭は、台湾の若手監督の登竜門として注目が集まっている。巨大な中国資本の影響力が強まる中、台湾映画の独自性を探る貴重な場でもある。メーン会場となった市内の映画館3カ所には、若い世代を中心に多くのファンが集まり、監督や出演者とのティーチイン(質疑応答)に熱心に耳を傾けていた。

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 このほかコンペ部門には、今年大ヒットした青春映画「MONGA(邦題:モンガに散る)」(鈕承澤=ニウ・チェンザー=監督)、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督の新作「臉」、3月の大阪アジアン映画祭で観客賞を受賞した「聴説」(鄭芬芬=チェン・フェンフェン=監督)、桂綸[金美](グイ・ルンメイ)主演の「第36個故事」(蕭雅全=シャオ・ヤーチュアン=監督)など、見ごたえある作品がそろった。

 また、特別企画として台湾映画の名作をデジタル修復。侯孝賢監督の「恋恋風塵」(86)、楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の「恐怖分子」(86)、蔡明亮監督の「愛情萬歳」(94)の3本を上映した。さらに、新旧ブラジル映画の特集、女優・田中絹代の回顧上映なども行われた。

グイ・ルンメイの魅力さわやか──「第36個故事」
 同映画祭では地元・台北を舞台にした作品が多く上映され、平日昼でも満席の回が目立った。張震(チャン・チェン)の兄・張翰(チャン・ハン)とグイ・ルンメイが顔を合わせた「第36個故事」。グイ・ルンメイが営むカフェを舞台に、さまざまな人たちが行き交う。グイ・ルンメイの魅力がさわやかだ。カフェの洗練された空気、色とりどりのオブジェ、しゃれた小道具──台北の若者の“今”をさらりと切り取る。ティーチインで蕭雅全監督は「カフェに来る人と出会い、主人公が成長していく。彼女が変わる過程を見せたかった」と話していた。

“異邦人”が見た台北──「台北星期天」
 出稼ぎフィリピン男性二人が、ひょんなことから路上で豪華なソファーを手に入れ、家までの珍道中を繰り広げる「台北星期天」。外国人から見た台北をコメディー・タッチで描いた作品で、上映中は客席から何度も笑い声が上がった。マレーシア出身の華人で、台湾で活動する何蔚庭(ホー・ウィディン)監督は「台湾に来たばかりのころ、僕自身が異邦人だった。過去の自分の経験が反映されている」と話した。

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80年代台北 極道行く5人の熱気──「モンガに散る」
 1980年代、台北の下町を舞台に、極道を行く若者5人の愛憎を熱く描いた「モンガに散る」。台北の町と人への愛ある人間ドラマだ。生き生きとした台湾語のセリフが飛び交い、阮經天(イーサン・ルアン)ら若手の演技も光る。製作の李烈(リー・リエ)は「80年代の町の空気や時代背景を、演じた若い俳優たちに理解させるのが大変だった。台湾語のセリフは、ヤクザのボスを演じた俳優たちに教わりながら作っていった。彼らの言葉こそ“本物の台湾語”と思ってもらっていい」と語った。

ヤン・クイメイ「蔡監督は説明しない」──「愛情萬歳」
 蔡明亮監督初期の代表作で、ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「愛情萬歳」。ティーチインには蔡監督、主演の楊貴媚(ヤン・クイメイ)、李康生(リー・カンション)が顔をそろえた。蔡監督は「デジタル修正されているうえ、映画館で見るのは久しぶり。以前の作ったものとは別の、新しい作品として見る」と笑顔で語った。蔡監督作品の“顔”としておなじみの李康生は、上映前に「昔の自分を見る勇気がない」とぼそり。上映後は「当時の自分は大胆だった。年を取るほど保守的になっている。昔の自分に敬意を表したい」と話した。

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 終盤、楊貴媚の泣く姿をワンカットで延々と映す印象的なシーン。楊貴媚は「蔡監督は俳優にほとんど状況説明をしない。電話がかかってくるシーンも、本当に誰がかけてきているか分からないまま演じている。最後の泣くシーンも、とにかく泣けと言われ、一生懸命泣き続けた」と振り返った。また、もう一人の主演・陳昭榮(チェン・チャオロン)について、蔡監督は「彼は本当に真面目な男。どのシーンでも常に緊張していて、真剣に考えている。どう演じるべきか、いつも熱心に聞いてくる俳優なんだ」と話していた。

(文・写真 遠海安)

台北電影節 公式サイト
http://www.taipeiff.org.tw/

写真1・2:台湾の今を紹介する「第12回台北映画祭」=いずれも台北市内で7月初め
写真3:映画カメラマン・李屏賓を紹介するパネル
写真4:「第36個故事」の蕭雅全監督にサインを求める人たち
写真5・6:台北映画祭の会場で
写真7:「台北星期天」の何蔚庭監督(左)
写真8:「愛情萬歳」の(左から)楊貴媚、蔡明亮監督、李康生
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2010年03月15日

観客賞に台湾映画「聴説」 大阪アジアン映画祭2010閉幕

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 アジアの新作、注目作を紹介する「大阪アジアン映画祭2010」は14日、観客の投票で選ぶ「観客賞」に台湾映画「聴説」=写真=を選んで閉幕した。

 今回が日本初上映となった「聴説」は、昨年台湾で最大のヒットとなった青春恋愛映画。彭于晏(エディ・ポン)演じる弁当屋の青年と、陳意涵(アイビー・チェン)演じる聴覚障害の水泳選手の“静かな”恋を描く。受賞を受け、鄭芬芬(チェン・フェンフェン)監督は「思いもかけなかったこと。日本の皆さん、気に入ってくれてありがとうございます」と感謝を述べ、プロデューサーのペギー・チャオは「台湾でも人気があったので、日本でも受け入れられてうれしい」と語った。
 
大阪アジアン映画祭2010公式サイト
http://www.oaff.jp/

関連記事:「台湾シネマコレクション2008」 彭于晏(エディ・ポン)に聞く(2008.08.29)
http://eiganomori.net/article/143730187.html
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2009年12月24日

「海角七号 君想う、国境の南」 魏徳聖(ウェイ・ダーション)監督に聞く

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 今は存在しない住所“海角七号”あてに差し出された小包。中には、敗戦で引き揚げた日本人教師が、台湾人女性を想ってつづった7通のラブレターが入っていた――。60年の時を経て掘り起こされた未完の恋の物語と、新たに生まれるラブストーリー。台湾映画として台湾で歴代一位の大ヒットを記録した話題作「海角七号 君想う、国境の南」。魏徳聖(ウェイ・ダーション)監督=写真下、筆者撮影=は、「挫折を乗り越え、もう一度夢に向かって歩み出す主人公の姿を、自分自身に重ね合わせて見た観客は多かったと思う」と語った。

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 ――ヒットの要因は何だと思うか。

 まず公開のタイミングがよかった。公開時期を8月末に選んだのは計算の上だ。7〜8月はハリウッド映画を筆頭にその年の大作が集中する。同じ時期にぶつけても勝ち目はないだろう。しかし、8月末になると大作はほとんど上映が終了しているので、小粒な作品でも勝負できると考えた。

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