
台湾南部の漁村を舞台に、海や山とともに暮らす人々を追ったドキュメンタリー映画「台湾萬歳」。台湾の「日本語世代」を追った「台湾人生」(09)、「台湾アイデンティティー」(13)に続き、酒井充子監督が3部作の最終章として送り出した作品だ。
前2作では歴史の波に翻弄され、激動の人生を歩んできた日本語世代の過去と現在を描いた酒井監督。今回は舞台を南部の台東県成功鎮に移し、台湾の自然と文化を愛し、汗を流し根を張って生きる人々に焦点をあてた。監督は一人、南部最大の都市・高雄から車を走らせた。

「台湾の南の方で撮りたくて、台東になったのは偶然です。今回はゼロからやろうと思い、取材の予約もしませんでした。(米どころで知られる南部の)池上へ行けば、米を作っているおばあちゃん、おじいちゃんがいるだろうと思い、池上の農協で聴き込みました。ところが、(日本語世代の高齢化が進み)存命の人が少なかった。どうしようかな……海へ行けば漁師さんがいるかもしれない、と海岸線を北上。途中で『成功漁港』の看板を見たんです」
行き当たりばったりの取材をスタートさせたのは、前2作とはまったく違うものにしたかったからからだ。日本統治時代を含め、より長いスパンで台湾の時の流れをとらえたかったという。「特別なもの」ではなく、「そもそもの」台湾を知りたくなった。

「これまでずっと、台湾の人たちが持っている明るさ、強さはどこから来るんだろうと思ってきました。風土や社会環境、台湾人を育んだものを見たかった。激動の歴史の一方で、コツコツと額に汗して生きてきた人たちを撮りたかったんです」
台東県はアミ族、ブヌン族、タオ族など原住民の人々が人口の3割強を占める。成功鎮も漢民族と原住民が半々だ。今回登場するのは、日本統治時代に持ち込まれたカジキの「突きん棒漁」をする夫婦、ブヌン族の伝統的な狩猟を受け継ぐ若い世代も登場する。台湾の多様性、歴史が浮かび上がる。

15年を超える取材を通し「台湾とは何か、日本とは何か」を探ってきた酒井監督。日本で台湾は「親日」の国とくくられがちだが、はっきりと異議を提示する。
「東日本大震災後、台湾から多額の義援金が来て初めて、多くの日本人が台湾を意識するようになった。ただ、興味の示し方が露骨で、日本にとって都合のいいイメージでしか台湾を見ない。親日の2文字では語れない歴史があり、今もその時代を生きた人がいる」
では、前作のタイトルにもなった「アイデンティティー」とは何か。何がそれを決めるのか。
「自分の人生が決めるものだと思います。国や民族、言語や文化では規定できないもの。その人が歩んできた人生こそ、アイデンティティーではないでしょうか」
“最終章”と銘打たれてはいるが、酒井監督の台湾への旅は続いている。次回作は「場所」を撮るそうだ。「まだどこかは言えませんが」と笑顔を見せた。
「台湾萬歳」(2017年、日本)
監督:酒井充子
2017年7月22日、ポレポレ東中野ほか全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://taiwan-banzai.com/
作品写真:(C)「台湾萬歳」マクザム/太秦
タグ:インタビュー