2014年01月03日

「ピクニック(仮題)」ツァイ・ミンリャン監督に聞く アジア映画の今(2) 引退宣言の真意 「作品を美術館で展示する。映画を観る概念変えたい」

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 ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)は、本当に映画製作をやめるのか。今後どこへ向かうのか。昨秋、ベネチア国際映画祭での突然の引退発表。新年連続インタビュー「アジア映画の今」第2回は、台湾のツァイ監督に話を聞いた。

 1957年、マレーシア生まれ。77年に台湾へ移住し、台北の中国文化大学で映画・演劇を専攻。92年、「青春神話」で映画監督デビュー。続く第2作「愛情萬歳」(94)がベネチア国際映画祭最高賞の金獅子賞、第3作「河」(96)がベルリン国際映画祭で銀熊賞を受賞するなど、世界で高く評価されてきた。

 最新作でベネチア審査員大賞を獲得した「ピクニック(仮題)」は、ツァイ監督の集大成といえる作品。“盟友”の俳優リー・カンション(李康生)を中心に、監督独自の手法を極限まで進めている。引退宣言について「神に命令されたらどうなるか分からない」と含みを残しつつ、「今後は作品を美術館で展示したい。映画を観る概念を変えたい」と意欲を示した。

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 一問一答は次の通り。

「変わらない映画産業のシステム。疲れと嫌気を感じた」

 ──まずは引退表明について聞きたい。

 「映画を撮ることは、神に定められた運命だ」と思ってきた。それが私に1本1本撮らせてきた。10本撮った。もういいのではないか。自分が十分納得のいくものが撮れている。ピクニックを撮り終え、「これで十分だ」と感じた。

 私はほかの監督と異なる創作をしてきた。まずお金にならない。娯楽要素がまったくない。そんな作品を撮り続けてきたにもかかわらず、毎回撮り終えるたびに、次の資金がなんとなく湧いてきた。神の采配としか考えられなかった。

 私の映画は世界中で公開されているが、配給する人たちの気が知れない(笑)。(日本で配給が決まった)「ピクニック」も含めて不思議だ。神が各国の人たちに啓示を与えているのではないか。

 実は体を壊して、撮影に疲れを感じていた。固定観念にしばられた映画産業のシステムに、体調が悪くても応じていかなければならない。それに嫌気が差してきた。10本撮っても何の変革もないシステム。それに疲れてきたことが、大きな理由でもある。

 ただ、神様がもし私に命令を下されたら、どうなるか分からない(笑)。今は少し休みたい。今後は映画ではなく、映像表現をしたい。たとえば美術館と組む方法だ。発表するのは映画ではないかもしれない。もっと自由にできるから。

 ──美術館では作品が届く対象が限定されるのでは。

 いや、逆に多くなる。考えてみてほしい。ヒットしない映画なら、数日の上映で終わってしまう。美術館の企画は最低2カ月。映像を「展示」することで、観客の概念をひっくり返せる。たとえばストーリーを売らない。形式を拒否する。スターを起用しない。

 過去にスターの起用も考えたこともあるが、(ツァイ作品の常連俳優)リー・カンション(李康生)とは絶対に離れられない(笑)。スターを見たいなら別の映画でどうぞ。私の作品を見なくてもいいでしょう。

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「美術館で作品を“展示”したい。映画を観る概念を変えられる」

 ──引退についてリーと何を話したか。

 別に何も。意思表示をしなかった。ははは。彼も最初は俳優として、ほかの映画でいろいろな役を演じたいと思ったようだ。たとえば殺人犯とか。でも徐々に「あまりふさわしくない気がする」と言い始めた。年齢を重ねて、私の映画で演じることが重要だと思ってくれるようになった。

 (ツァイ作品の常連)女優3人(ヤン・クイメイ、ルー・イーチン、チェン・シャンチー)も、私の作品ではほかの作品と違う態度で臨んでくれる。私の映画世界を理解しているんだ。

 ──デジタル化が進み誰でも撮れて、誰でもインターネットで見られる時代。美術館で上映する理由は、現場で体験することが重要と考えるからか。

 美術館の文化的な雰囲気に包まれ、じっくり作品を見てほしい。装置としての美術作品だ。どう言おうか……映画を観る概念を変えられる。ネットで見る角度、位置より、美術館では可能性が大きいと思う。

 映画産業の変革が可能になるだろう。「ピクニック」は来年8月、台湾の美術館で展示上映される。映画産業のシステムにとらわれない、新しい配給の方法だ。チケットを売るため、賞レースに絡めて作ることも必要ない。簡単に言えば、映画を作品として観ることになる。映画館ではあくまで映画は商品。大きく異なる。

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「私はいつもあせっていた。短編を撮りながら、あせりを捨てる学習をしている」

 ──映画監督と芸術家。心の中で自分をどう位置付けているのか。

 私が決めたことではないが、他人は私を芸術家という(笑)。台湾に限って言えば、私は映画界より美術界で認められている。映画界には私の作品を認めようとしない風潮がある。

 (前作の)「ヴィサージュ」(09)のDVDは発売していない。テレビに版権も売っていない。DVDを私が売るなら、10枚限定、1枚100万台湾ドル(約350万円)にしたい(笑)。コレクターに限定で。ある画廊が代理で交渉しているが、今までに4人から申し込みがあった。これならコレクターが版権を持ち、美術館などで上映できる。観客は増えていく。従来のDVD販売では、道端で1枚30台湾ドル(約105円)で売られるのが落ちだ。

 ──映画に対する決別ではなく、継続的に考えてきたことなのか。

 過去2、3本は「もう撮らない。もういやだ」と言い続け、プロデューサーがとても困っていた。ずっと考えていたことなんだ。短編を取るのはとても好き。今はシャオカン(リーの愛称)が、ただ歩くだけの映像を撮っている。シリーズとして6本目に入った。

 短編を撮ることで、私は学習している。映画を撮る時、私はいつもあせっていた。うまくとれないのではないか。誰も見てくれないのではないか。配給が難しいのではないか。そんなつらい思いをしてきたが、短編を撮ることで、それらを捨て去る学習をしている。

 仮にピカソのような画家が、ある場所で絵を描こうとする。イーゼルを立てた時、彼はあせるだろうか? あせらないだろう。落ち着いて、描きたいものを描くだろう。映画撮影はなぜあせりを招いてしまうのか。私はあせりを捨てたいんだ。

 ──映画以外に文章、絵画など別の表現方法をとるつもりはあるか。

 寝た後で目が覚めた時、何もしなくていいような、頭が空っぽの状態でありたい。すべての創作は自分から生まれる。ふとした瞬間に湧き上がり、作品として戻ってくるものだ。「何かしなければならない」と考えると、創作はできなくなる。

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「シャオカンは速度についての概念を変えた。演技を捨て去った演技だ」

 ──映画の中で建築、社会学的な考察を取り入れていると感じる。そんな自分を客観視した時、どう見えるのだろうか。

 映画には映画の美学が常にある。私の作品でストーリーは重要ではない。画面の中にすべてがある。時間があり、空間がある。すなわち私の映画の美学だ。だから単一のアングルで対象に向き合い、そこに力を置いてきた。光、空間、長さに気を使ってきた。

 ──リー・カンションは監督にとってどんな存在か。

 ははははは。すべては「ピクニック」を撮るためにあった。シャオカンは、映画に対する観念を一新してくれた。彼は気付いていないけれど、僕の速度についての観念を変えてくれたんだ。

 「ピクニック」を撮るに至り、映画の固定観念など、いろいろなものを捨てられるようになった。物語、台詞、音楽。映画の持つさまざまな固定された形式を捨てた。すべての焦点を、リー・カンションの顔のアップにあてた。

 彼の顔は、時間の観念だ。ある物体が被写体になり、それを撮る。彼の顔に浮かび上がる時間。私は20年かけて撮ることができた。彼の演技は、演技を捨て去った演技だ。彼は20年間キャベツを食べ続けた。それが「ピクニック」の、(キャベツを食べる)あのシーンに凝縮されている。

(文・写真 遠海安)

作品写真:東京フィルメックス事務局提供

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2013年12月22日

第9回大阪アジアン映画祭、開幕作品は「KANO」 台湾から甲子園へ、嘉義農林の躍進描く 実話ベースの熱血野球ドラマ

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 第9回大阪アジアン映画祭(3月7〜16日)の開幕作品が台湾映画「KANO」に決まった。

 「KANO」は台湾中部・嘉義農林高校の略称(嘉農)。日本統治下の台湾で、無名の弱小野球部が甲子園大会決勝まで快進撃した実話をもとに描く。日本から来た熱血コーチ・近藤役で永瀬正敏が出演するほか、大沢たかお、坂井真紀、伊川東吾らも脇を固める。

 監督は「セデック・バレ」出演の俳優マー・ジーシアン(馬志翔)。製作は同作のウェイ・ダーション(魏徳聖)監督。ウェイ監督が長年温めてきた企画を、若手俳優、監督としても活躍するマー監督に託して完成した。台湾での公開は2月27日。同映画祭での上映が海外初上映(インターナショナル・プレミア)となる。

 第9回大阪アジアン映画祭は3月7〜16日、梅田ブルク7、ABCホール、シネ・ヌーヴォなどで開催。上映スケジュールなど詳細は公式サイトまで。

http://www.oaff.jp

写真提供:大阪アジアン映画祭

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2013年10月01日

「ブッダ・マウンテン 希望と祈りの旅」 チェン・ボーリンに聞く 「方向を絞らず、いろいろなジャンルに挑戦したい」

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 中国映画「ブッダ・マウンテン 希望と祈りの旅」主演の台湾人俳優チェン・ボーリン(陳柏霖)が公開に合わせてこのほど来日し、インタビューに応えた。デビュー作「藍色夏恋」から11年。台湾、中国、香港と中華圏で幅広く活動を続け「今後も方向を絞らず、いろいろなジャンルに挑戦したい」と意欲を見せた。

 舞台は中国四川省。息子を亡くした京劇女優(シルビア・チャン=張艾嘉)と、共同生活する若者3人の交流を描く。中国の女性監督、リー・ユー(李玉)がメガホンを取り、第23回東京国際映画祭(10年)で最優秀芸術貢献賞を獲得。共演のファン・ビンビン(范冰冰)は最優秀女優賞を受賞した。

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 主なやり取りは次の通り。

 ──撮影から3年。やっと日本で公開された。

 今(日本版の)予告編を見たら、3年前と少し違う印象を受けた。それまで演じたことがないキャラクターで、撮影時は役に入り込んでいた。自分ももう30歳を過ぎたけれど、どれだけ時間がたっても素晴らしい作品だ。

 ──四川省が舞台で、役の生い立ちも背景も自分と大きく異なる。どう理解し、表現したのか。

 脚本をしっかり読み込み、キャラクターを把握し、共演者との関係性をつかんだ。服や言葉使いなどを変え、私生活も役に近付くよう心がけた。他の俳優との化学反応も楽しんだ。

 僕が演じたのは、いつも悩んでいて鬱屈した青年。自分と性格がまったく違う。明るい部分を押さえるのは大変だった。台湾のイントネーションは中国と違うので、台詞回しも難しかった。

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 ──ファン・ビンビンとシルビア・チャン。中国、台湾を代表する女優たちと共演した印象は。

 チャンさんは11年前に知り合い、今まで義理の息子のようにかわいがってもらっている。俳優で監督、先生のような存在。ファンさんは中国でとても人気があり、共演はいい経験になった。

 ──文芸作品からコメディーまで、幅広く出演している。作品選びの基準は。

 特に基準はない。すべては縁。面白そうだな、と思ったら出演する。縁がどこにあるかによって決まる。

 リー監督はフィルム撮影が好きで、今回もかなり長く回した。俳優には「脚本に自分で何か加える」ことを求める人。台詞以外に「場面の意識の流れ」でどう役を作るかが重要で、難しかったけれど面白い撮影だった。

 また、監督の撮り方はワンシーンが長い。5つしか台詞がなくてもカットをかけず、十数分間続けて撮る。演じながら「次はどうするのかな」と思うこともあり、挑戦的な作業だった。

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 ──30代はどんな役を演じたいか。

 方向を絞らず挑戦したい。「ブッダ・マウンテン」のように文芸路線もいいし、(台湾で今年公開されたコメディー)「変身(原題)」のような商業映画もいい。伝えられるメッセージはさまざまなので、いろいろなジャンルに出たい。30歳になったから父親役も。友人たちはもうみんな父親になっているからね(笑)。

 ──次回作はラブコメディー「愛情無全順(原題)」。今度は女性にもてないオタク青年役だ。

 すごく変わった役。僕の周りにもオタクは多い。彼らが何を考えているか、映画を通して知ってほしい。役作りについて監督とよく話し合い、にきびだらけで一重まぶたにする特殊メークには毎日3時間かかった。毎年ちょっと変わった映画に出るのもいいと思う。

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 ──あなたから見た台湾、台湾映画の魅力、日本人にアピールしたい点は。

 (しばらく考えて)いい作品を撮れば、誰にでも好まれる。日本と台湾はとても近い感覚があり、文化的に共通する面もある。僕ら台湾人は日本のアニメ、漫画が大好きで親近感を持っている。日本の皆さんも台湾映画の世界にすんなり入り込めるのでは。

 ──撮影前に必ず準備すること、俳優としての弱点、ストレス解消法は。

 いつも1カ月前から少しずつ役に近づいていく。演じる役がどんな本を読み、どんなものを見て、どんな言葉を使い、どんな生活習慣があるのか。撮影が始まってから迷わないよう、前もって準備していく。

 弱点は自分自身の小さなクセが演技に出てしまうこと。(俳優として)パパラッチに追われるのは楽しくないけれど(笑)、仕事はとても好き。素晴らしい職業だと思う。ストレス解消法は演技。演じることで発散している。

(文・遠海安 写真・岩渕弘美、遠海安)

「ブッダ・マウンテン 希望と祈りの旅」(2010年、中国)

監督:リー・ユー(李玉)
出演:チェン・ボーリン(陳柏霖)、ファン・ビンビン(范冰冰)、シルビア・チャン(張艾嘉)、フェイ・ロン(肥龍)、チン・ジン(金晶)、ファン・リー(方励)

2013年9月28日、ユーロスペース、K's cinemaほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.buddha-mountain.com/

作品写真:(c)LAUREL FILMS

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2013年09月12日

「台湾電影ルネッサンス2013」、第26回東京国際映画祭で開催 「失魂」「総舗師 メインシェフへの道」など最新6作品

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 第26回東京国際映画祭(10月17〜25日)ワールド・フォーカス部門で、台湾映画特集上映「台湾電影ルネッサンス2013」の開催が決まった。チョン・モンホン(鍾孟宏)監督の「失魂」(13)、陳玉勳(チェン・ユーシュン)監督の「総舗師 メインシェフへの道」(13)など、今年公開の新作を中心に6作品を紹介する。

 「台湾電影ルネッサンス」の開催は、ヒット作「モンガに散る」(10)などが上映された10年以来3年ぶり。上記2作品のほか、「27℃ 世界一のパン(原題:世界第一麥方)」(リン・チェンシェン=林正盛監督)、「高雄ダンサー(原題:打狗舞)」(ホー・ウェンシュン=何文栫Aファン・ウチョル監督)、「Together(英題、原題:甜・秘密)」(シュイ・チャオレン=許肇任監督)、1983年の名作オムニバス「坊やの人形」(ホウ・シャオシェン=侯孝賢、ワン・レン=萬仁、ツォン・チュアンシアン=曾壯祥監督)のデジタルリストア版が上映される。

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 中でも注目は「総舗師 メインシェフへの道」。「熱帯魚」(95)、「ラブゴーゴー」(97)のチェン監督16年ぶりの長編だ。伝説の料理人の娘が、家業立て直しに奔走するコメディー。カラフルでポップな画面、台湾語が満載の台詞に地元台湾の観客は熱狂。8月中旬の公開後、現地で大ヒットしている。

 「停車」(08)、「4枚目の似顔絵」(10)など独自の世界観が持ち味のチョン監督。「失魂」は往年のカンフースター、ジミー・ウォング(王羽)と、「花蓮の夏」(06)の若手俳優、ジョセフ・チャン(張孝全)が顔を合わせたホラー風味の作品だ。

(文・遠海安)

 上映スケジュールなど詳細は公式サイトまで。

http://tiff.yahoo.co.jp/2013/jp/

作品写真:「失魂」(c)3NG FILM 「総舗師 メインシェフへの道」(c)2013 1 Production Film Company Central Motion Picture Corporation Lucky Royal Co., Ltd. Encore Film Co., Ltd. Warner Bros. (F.E.) Inc. Ocean Deep Films Yi Tiao Long Hu Bao International Entertain
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2013年09月10日

「あの頃、君を追いかけた」 台湾・香港で爆発的ヒット 懐かしくほろ苦く 心温まる青春時代

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 台湾、香港で爆発的にヒットした台湾の青春映画「あの頃、君を追いかけた」。監督・脚本は台湾の人気作家、ギデンズ・コー(九把刀)。原作は監督自身の体験をもとにした同名小説で、1994年から2005年の約10年間、恋に進路に悩む男女の青春を描いている。

 主演のクー・チェンドン(柯震東)はデビューとなった同作で一気に注目を集め、映画にCM引っ張りだこの“シンデレラ・ボーイ”になった。ヒロインをやはり同作で人気となったミシェル・チェン(陳妍希)が演じている。

 舞台は台湾中西部の地方都市・彰化。同じ高校に通う男女7人が主人公だ。柯震東演じるコートンは、平々凡々で気楽な男子。「下ネタに始まり、下ネタに終わる」毎日で、仲間とつるんで馬鹿ばかりしている。逆に陳妍希演じるチアイーは才色兼備の優等生。コートンたち男子の憧れの的でもある。顔を合わせればけんかばかり、水と油だったはずのコートンとチアイーが、ひょんなことから近付いて交際に発展。それぞれ大学へ進み、離れ離れに暮らす中で、さまざまな出来事に遭遇する──。

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 ごく普通の青春映画にもかかわらず、大ヒットした要因は「観た人それぞれの“あの頃”を思い出させたため」と言われている。教室での馬鹿騒ぎ、遠距離恋愛でのささいな口論、好きなのにうまく伝わらない思い。制服や教科書、試験にけんか、仲間7人で遊んだ海辺。次から次へと“甘酸っぱい青春アイテム”が登場し、これでもかと観客のノスタルジーを突いてくる。

 中でも印象的なのは、コートンの人物造形だ。コートンはなぜか家で全裸で暮らしている。机に向かう時も裸、ご飯を食べる時も裸。父親も全裸でうろうろする不思議な家庭で、夕飯の食卓に座った裸の父と息子に、母が平然とご飯をよそう。「全裸で過ごす」設定は、クー自身が思いついたというが、絶妙なアイデア。

 そう、クーの魅力はほどのよい「二枚目半」ぶりなのである。ハンサムといえなくもないけれど、絶世の美男子ではない。どこにでもいそうな男の子。背はそこそこ高くて、要領もそれなりにいい。好きな子に励まされたら、頑張ってまずまずの成績が取れる。くだらないことばかりやっているが、本当のダメ男ではない。だから憧れの彼女にも振り向いてもらえる。

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 ヒロインのチェンがまたぴったり。台湾での彼女の通称は“オタクの女神”。何でも許し受け入れてくれる、男にとっては夢の存在なのだ。優等生なのに教科書をうっかり忘れるなど、隙のある描写も外さない。オタクにも手が届きそうな、憧れの女神として描かれる。

 山あり谷ありの交際を経た二人が、10年後に久しぶりの再会。そこであっとびっくりの展開を経て、美しいエンディングが用意される。青春映画のお手本のような締めくくりだ。

 監督は言う。「一番のポイントはヒロイン。とにかく僕が気に入った女性でないと、この映画に『命が宿らない』と思った」。誰もが懐かしく、少しほろ苦く思い出す「あの頃」。監督自身の憧憬が、絶妙な主演俳優2人を得て、青春映画の佳作に生まれ変わった。国や場所を問わず、「あの頃」の記憶は少しだけ美化されて、それぞれの心を温めるのかもしれない。

(文・遠海安)

「あの頃、君を追いかけた」(2011年、台湾)

監督:ギデンズ・コー(九把刀)
主演:クー・チェンドン(柯震東)、ミシェル・チェン(陳妍希)

2013年9月14日、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://u-picc.com/anokoro/

作品写真:(c)Sony Music Entertainment Taiwan Ltd.


タグ:レビュー
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