クワン・プンリョン、チアン・シウチュン監督が質疑応答 “映像の魔術師”の素顔
侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督が「童年往事 時の流れ」「恋恋風塵」「百年恋歌」で描いた台湾。王家衛(ウォン・カーウァイ)監督が「花様年華」で描いた香港。トラン・アン・ユン監督が「夏至」で描いたベトナム。是枝裕和監督が「空気人形」で描いた東京──。彼の名は知らずとも、きっと映像は見たことがあるだろう。アジアを代表する台湾出身のカメラマン、李屏賓(リー・ピンビン)。第23回東京国際映画祭の特集「台湾電影ルネッサンス2010 美麗新世代」で、密着ドキュメンタリー「風に吹かれて キャメラマン李屏賓(リー・ピンビン)の肖像」が上映された。
みずみずしく美しい映像は、どこから生まれるのか。名だたる監督たちと、何を語り合うのか。見上げるような体躯、真っ黒に焼けた肌、無造作に伸ばされた髪とひげ。一見無骨な“映像の魔術師”が、人間と自然を敬い、光や風と対話する。世界を飛び回るリー・ピンビンを、3年に渡って追いかけた「風に吹かれて キャメラマン李屏賓(リー・ピンビン)の肖像」。東京・六本木での上映に合わせて10月25日、關本良(クワン・プンリョン)、姜秀瓊(チアン・シウチュン)監督が観客との質疑応答に参加した。
観客との主なやり取りは次の通り。
「きっかけはホウ・シャオシェン監督。最初は本にするつもりだった」 ──二人のどちらが企画したのか。一連の作業での役割分担は。
クワン:チアン監督は以前、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督と仕事をしたことがあり、リー・ピンビンとは長い付き合い。彼女が「リー・ピンビンの本を書きたい」と言うので、私が「いっそ映画に撮った方が反響が大きいのでは」と提案し、共同監督を務めることになった。
──カメラマンの一人として、尊敬する先輩を撮影する。緊張したり、本人に嫌がられたりしたことはあったか。被写体と撮る側の関係は。
チアン:私は彼と十数年の付き合いがあった。ホウ・シャオシェン監督の「フラワーズ・オブ・シャンハイ」(98)の編集を東京で行うことになり、一緒に初めて来日した。編集は時間がかかり、待ち時間も長かった。合間に彼と東京のあちこちを歩き、いろいろな話をした。(「風に吹かれて」では)彼が緊張することはまったくなかった。仕事中の彼は、とても集中して仕事に入り込んでいる。私たちがカメラを向けていても気にしない。台湾の観客にも「撮影中に気まずくなったことは」と聞かれたが、全然なかった。彼のカメラマンとしての美学と同じだと思う。
「木の葉とも対話するような人。人としてのあり方を学んだ」 クワン:私は「花様年華」(00)で第2撮影班にいた時、彼と知り合った。台湾のスタッフから「ほんとうに素晴らしいカメラマン。若い人に惜しみなく技術を分け与える人」と聞いていた。香港に彼がいる時、大胆にもこちらから呼び出し、雑談したりもした。彼から学んだことは撮影技術より、人としてのあり方だ。彼は人の感情を非常に大切にする。「風に吹かれて」を見れば分かると思うが、木の葉とも対話するような人。私は台湾映画の人間味ある作風にひかれていて、彼から表現方法を学びたかった。
これまで十数年、カメラマンとして働いてきたが、「風に吹かれて」が一つの総括になった気がする。彼ほどのカメラマンを撮るので最初は緊張したが、実際に本人は撮影中とても忙しくしていた。私たちを気にしなかったので、緊張は消えていった。印象的だったのは、完成した作品を見た時の彼の反応だ。スクリーンの中の自分を見て、「あれは俺の声かい?」「本当にあれは俺なのか?」と。反応がとても大きく、興味深かった。
──リー・ピンビンは作家性のあるカメラマンだ。現場でどう監督やり取りし、俳優とどうコミュニケーションを撮り、どんな技術を持っているのか。人となりだけでなく、技術的な面も見たかった。
クワン:1時間半の長さなので、撮影したすべては盛り込めない、彼のいろいろな側面を知りたい、と思う気持ちはよく分かる。撮影を通して、彼と仕事してきた監督たちに聞いた。彼らいわく、リー・ピンビンの魅力は「全体のスタッフの中でどっしり落ち着き、安心感と信頼感を与えること」。技術面で印象的だったのは、照明を含め、常に最小限の機材で撮ることだ。自分の目で見た現実を、そのままカメラで表現しようとしていた。
「水のように柔らかな感性。監督によって方法を変える」 チアン:私たちは「風に吹かれて」を3年かけて撮った。最初は技術面に焦点を絞るつもりだった。本を書こう、と思ったきっかけも、彼の技術を記録したかったからだ。だがこの3年、私たちもいろいろな人生経験をした。私も映画作りに携わる一人。技術より人間性や感性が、私たちと彼の間で大事と思うようになった。人生に対する態度が大事だ、と。彼はまるで水のような人。どうにも変わりうる、柔らかな感性と可能性を持っている。撮影方法も監督によって変えている。ホウ・シャオシェン監督なら「あうん」の呼吸。監督がストーリーを語れば、すぐにすべてを理解して撮る。逆に若い監督や新人監督には、カット割りからカメラワークまで細かく説明する。その時々で方法を変えていた。
──編集にはどれぐらいの時間をかけたのか。自分たちに課した倫理観、基準はあったか。
クワン:実は技術的な部分、米国にいる家族、彼が撮った映画の現場の様子も素材としてかなり撮った。だが、編集段階で一番心動かされたのは、彼の自然や人間に対する姿勢、映画、仕事、過去に対する思いだった。ホウ・シャオシェン監督と話す時、空や雨に対する独特の考え方を話したり、東洋的な哲学観を持っていたり。素晴らしい持ち味だと思った。
チアン:ドキュメンタリー映画には脚本がない。最初は方向性を持って撮影にとりかかったが、予想がつかないことも起きる。たとえばパリで「ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン」が撮られた時。ジュリエット・ビノシュとホウ・シャオシェン監督のやり取りを撮りたかったが、現場に着いた時にはすでに撮影が終わっていた。さらに屋外の撮影が続き、リー・ピンピンの照明手法も撮れなかった。だが、ホウ・シャオシェン監督とリー・ピンビンの対話が撮れたのはよかった。テーマは彼の人生、映画芸術だが、私たち二人の観点で撮った作品だ。二人が感動したものを描き出した。
「彼は言った。“自分を撮る価値があるのか。それでも撮るなら、一緒に努力しよう”」 ──作品の中でウォン・カーウァイ監督が「(「恋する惑星」(93)のカメラマン)クリストファー・ドイルは船乗り、リー・ピンビンは軍人だ」と話すシーンがある。映像で見るリー・ピンビンは雄弁で、寡黙には見えなかった。
チアン:クワン監督のおかげ。彼が話を引き出してくれた。撮影を始めるにあたり、私はリー・ピンビンにメールを書き、正直に、誠実に聞いた。「なぜ少ない機材で美しい画面が撮れるのか。若いカメラマンにとって、あなたの仕事ぶりを見るのは貴重な体験だ。2年かけてあなたを追いたい」と。結果的には3年になったけれど。彼は非常に驚き、喜んでいいか分からぬ様子で、ぼうぜんとしていた。彼は言ってくれた。「資金集めも大変だろう。撮っても一部のカメラマンや、興味のある人しか見ない作品になるのではないか。それだけ時間をかける価値があるのか。それでも撮ると言うなら、一緒に努力しよう。途中でなにか大変なことが起きたら、中断してくれて構わない」と。思いやりのある言葉を聞き、余計に私は「撮らなければ」と思った。
──2年の予定が3年に伸びた。どこで「もう十分だ。編集にとりかかろう」と思ったのか。
チアン:実は去年、(台湾最大の映画賞)「台湾金馬奨」事務局から「ワールド・プレミアとして上映しないか」と打診された。その時点では完成に程遠かったが、重要な登場人物であるリー・ピンビンのお母さんにも見せたくて、急いで仕上げた。金馬奨には感謝している。招待されなければ、今も撮り続けているだろう。
──リー・ピンビンと接して、自分自身が受けた影響は。
クワン:初めは私たち二人の夢で、資金もない状態で撮影を始めた。途中で私は別の仕事に忙殺されたり、彼女も子供ができたり、結局3年もかかってしまった。私たちがリー・ピンビンを撮っていると聞き、いろいろな人が手を差し伸べ、仲間に加わってくれた。作品で使った18本の映画の使用権を買う必要があったが、資金がなかった。するとある銀行が「出しましょう」と言ってくれた。そんな経験を通して、私はもっと大胆に、夢を追求しようと思うようになった(笑)。
チアン:リー・ピンビンのことは、撮影前からよく知っていたつもりだった。だが撮影を通して、誰にでも対等な態度、おごりもせず、卑屈にもならない姿勢に感心させられた。取るに足らない後輩の私にも、対等に接してくれた。ほんとうに優秀な監督たちに会うこともでき、リー・ピンビンと一緒にいろいろな国に行き、さまざまな文化に触れることができた。私は映画監督なので、撮影技術を知りたいとも思っていたが、人生や生活に対する姿勢の方が創作には大切だ、と彼は改めて気付かせてくれた。
李屏賓(リー・ピンビン) 1954年、台湾・基隆生まれ。77年、台湾・中央電影公司で映像制作の道に入る。主な撮影作品にホウ・シャオシェン監督の「童年往事 時の流れ」(85)、「戯夢人生」(93)、「憂鬱な楽園」(96)、「ミレニアム・マンボ」(01)、「珈琲時光」(03)、許鞍華(アン・ホイ)監督の「女人、四十」(95)、行定勲監督の「春の雪」(05)、譚家明(パトリック・タム)監督の「父子」(06)、周杰倫(ジェイ・チョウ)監督・主演の「言えない秘密」(07)、川口浩史監督の「トロッコ」(09)など。最新作は12月公開のトラン・アン・ユン監督、松山ケンイチ、菊地凛子主演の「ノルウェイの森」(10)。
(文・写真 遠海安)
「風に吹かれて キャメラマン李屏賓(リー・ピンビン)の肖像」(2009年、台湾)
監督・撮影・編集:關本良(クワン・プンリョン)、姜秀瓊(チアン・シウチュン)
第12回台北映画祭グランプリ。第23回東京国際映画祭「台湾電影ルネッサンス2010 美麗新時代」出品作。
http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=111写真:観客の質問に答えるクワン・プンリョン監督(左)とチアン・シウチュン監督=東京・六本木で10月25日
作品写真:(c)Yonder Pictures Limited Inc.