2018年08月07日

「2重螺旋の恋人」視覚で翻弄、謎の迷宮へいざなう フランソワ・オゾン監督、大胆不敵な野心作

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 原因不明の腹痛に悩まされる25歳の独身女性、クロエ(マリーヌ・バクト)は、精神分析医ポール(ジェレミー・レニエ)の元を訪ねる。穏やかなカウンセリングで痛みから解放され、ポールと恋に落ち、同居を始めた。そんなある日、クロエは街でポールそっくりな男と出会う。ルイ(ジェレミー・レニエ、二役)と名乗った男は、ポールと双子で、しかも同じ精神分析医だという──。

 米の女性作家、ジョイス・キャロル・オーツの短編小説を、仏のフランソワ・オゾンが脚本化し、監督した。1人の女性と双子の精神分析医のエロチックな関係に、幾重にも謎を仕掛けた心理サスペンスだ。

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 クロエは容姿は同じで性格の違う双子の間で揺れ動き、精神と肉体は迷宮をさまよう。ブライアン・デ・パルマ監督の「殺しのドレス」(80)、ポール・バーホーベン監督の「氷の微笑」(92)に同様、サスペンスにエロチックな要素を取り入れている。

 螺旋階段、鏡、ガラス、左右対称の構図、2分割の画面など、監督はさまざまな仕掛けで観客に迷宮を追体験させる。画面に映る背景、小道具まで計算し、視覚を翻弄する。緊張感あるドラマの息抜きに、クロエの隣人の伯母さんが登場。ヒッチコック監督の「サイコ」(60)を思わせるパロディーを取り入れる。後半ではSF映画「エイリアン」(79)的なビジュアル・ショック。ホラー映画的な解釈で締めくくるところに、監督の趣味を感じた。

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 双子の兄弟に身をゆだねるクロエに扮したバクトの大胆で妖艶な演技。正反対な双子を一人二役を演じたレニエの好演。クロエの母役で名優ジャクリーン・ビセットが作品に華を添える。オゾン監督ならではの大胆不敵、センセーショナルな野心作だ。

(文・藤枝正稔)

「2重螺旋の恋人」(2017年、仏)

監督:フランソワ・オゾン
出演:マリーヌ・バクト、ジェレミー・レニエ、ジャクリーン・ビセット、ファニー・セイジ、ミリアム・ボワイエ

2018年8月4日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://nijurasen-koibito.com/

作品写真:(C)2017 - MANDARIN PRODUCTION - FOZ - MARS FILMS - FILMS DISTRIBUTION - FRANCE 2 CINEMA - SCOPE PICTURES / JEAN-CLAUDE MOIREAU
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2017年11月15日

「マリリンヌ」第30回東京国際映画祭 最優秀女優賞 罵倒と称賛、挫折と再起 新進女優が味わう地獄と天国

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 冒頭、オーディションのシーンに目を見張る。体を激しく揺らしながら、大きなテーブルを両手でつかみ、何が何でも離さぬと、必死のパフォーマンス。主人公マリリンヌの非凡な演技センスと、エキセントリックな性格を強烈に印象づける、鮮やかなオープニングだ。観客は、この時点で早くもヒロインの一挙一動から目が離せなくなるだろう。

 片田舎の出身。母親以外に心を許す人間はなく、父親の葬儀でもほとんど無感情。都会に出て女優になることだけを夢見て生きてきたのだろうか。卓越した才能はすぐに見出される。ただし、あまりに繊細すぎるがゆえに、プレッシャーに弱い。何度もダメ出しされ、罵倒され、放り出される。

 酒浸りの荒れた生活。女優の夢はとうに捨ててしまったか。と思って見ていると、有力な映画監督からオファーが入る。再起のチャンスだ。しかし、ここでも精神的弱さを露呈。NGを連発し、窮地に追い込まれる。だが、諦めかけたそのとき、共演者であるベテラン女優から救いの手が伸びる。彼女の的を射たアドバイスは功を奏し、マリリンヌは才能を開花させる。

 これで吹っ切れた。女優としての運命は決定づけられた。確信をいだく。ところが、続くシーンで描かれる私生活の不調に、漠然とした悪い予感を抱かされる――。

 はたしてマリリンヌはこのまま成功への道を進むのか、再び挫折してしまうのか。場面転換するたびに、境遇が変わっており、先がまったく読めない。綿密に設計された脚本が見事。ヒロインの不安定な人物造形と相まって、予断を許さない展開が続いていく。

 マリリンヌ役は、これが映画初主演のアデリーヌ・デルミー。意表をつくラストで観客をまんまと欺く演技は圧巻だ。第30回東京国際映画祭の最優秀女優賞を獲得した。

(文・沢宮亘理)

「マリリンヌ」(2017年、仏)

監督:ギヨーム・ガリエンヌ
出演:アデリーヌ・デルミー、ヴァネッサ・パラディ、エリック・リュフ、ラーズ・エディンガー

作品写真:(c)Photo Thierry
タグ:レビュー
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「ロダン カミーユと永遠のアトリエ」天才彫刻家、生誕100年記念の伝記映画

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 長い下積み時代を経て1880年、オーギュスト・ロダンは初めて国から大きな仕事を発注され、意気揚々と創作に臨んでいた。国から支給された大理石保管所をアトリエに、構想を練り上げてきたのはダンテの「神曲」をテーマにした「地獄の門」だ。完成すれば、パリに建設予定の国立装備美術館の庭に設置されるモニュメントになる──。

 「ロダン カミーユと永遠のアトリエ」は“近代彫刻の祖”ロダンの没後100年を記念して、パリのロダン美術館が全面協力を得て製作されたフランス映画だ。ロダン役に「ティエリー・トグルドーの憂鬱」(15)のヴァンサン・ランドン、ロダンの弟子で愛人のカミーユ・クローデルに「サンバ」(14)のイジア・イジュラン。監督、脚本は「ボネット」(96)のジャック・ドワイヨン。

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 「地獄の門」の製作に取り掛かる40歳の1880年から晩年に絞り、アトリエで制作する姿とともに、42歳で出会う弟子であり愛人のカミーユ、内縁の妻ローズ(セヴリーヌ・カネル)、モデルたちと濃密な愛憎関係が描かれる。

 ロダンの人物像にまず驚かされる。カミーユと愛人関係になるが、内縁の妻とも別れられない。優柔不断で煮え切らない態度を突き通す。その間にも彫刻のモデルと肉体関係を持つなど、無類の女好きには驚くばかりだ。カミーユとの関係はかつて、イザベル・アジャーニ主演「カミーユ・クローデル」(88)で描かれた。同作はカミーユの視点だが、今回はロダンから見た関係である。

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 女性たちとの愛憎劇と並行して、「地獄の門」、「カレーの市民」、「バルザック記念像」など傑作が生みだされる過程も詳細に描く。白衣を着てアトリエにこもり、彫刻に取り組む姿は天才そのもの。情熱と創作の源は、彼を取り巻く多くの女性たちだったのかもしれない。

 ロダンを演じたランドンは、弱さを抱えた偉人を魅力的に演じている。さらに、最後に過去と現在をつなぐ時空を超えたサプライズ。作品が大きく飛躍し、ロダンの彫刻が観客の興味をさらに刺激する仕掛けになっている。

(文・藤枝正稔)

「ロダン カミーユと永遠のアトリエ」(2017年、仏)

監督ジャック・ドワイヨン
出演:バンサン・ランドン、イジア・イジュラン、セブリーヌ・カネル

2017年11月11日(土)、新宿ピカデリーほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://rodin100.com/

作品写真:(c)(C)Les Films du Lendemain / Shanna Besson
タグ:レビュー
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2017年08月25日

「エル ELLE」 襲われた女、犯人を追う ユペール✕バーホーベン サスペンスに新風

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 始まりはレイプだった。主人公のミシェルが、自宅に侵入してきた覆面の男に襲われる。驚愕のオープニングだが、もっと驚くのは、その後のミシェルの行動だ。床に散乱したガラスや陶器のカケラを片付けると、バスタブに浸かり、体を清める。翌日には、ドアの鍵を交換し、病院で性感染症のチェックを受ける。

 完璧な対応。心の動揺がないわけではあるまい。しかし、外見は冷静そのものだ。女性にとって屈辱的な体験。なのに少しも落ち込むことなく、しっかり自身をケアし、一人で淡々と犯人探しを進めていくのだ。

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 ミシェルはゲーム開発会社の社長。スタッフたちの新作プレゼンテーションに、容赦のない意見をぶつける。相手の気持ちなどお構いなし。強い。怖い。横暴。恨んでいる社員は少なくないはず。その中の誰かが犯人である可能性は高い。ほかにも元夫や、母親の若い恋人、親友の夫、向かいの家のハンサムな主人など、疑い始めたらきりがない。何しろ、彼女は男の劣情をそそる色気にあふれているのだ。

 手がかりがつかめないまま、その後も繰り返されるレイプ。そして、ミシェルはついに犯人の化けの皮をはがすことに成功するのだが――。

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 前半はレイプ犯が顔を見せるまでのスリリングな展開が焦点。後半は犯人とミシェルとの常軌を逸した絡みが見どころだ。前半にも垣間見えていたミシェルの異常性が、いよいよ際立ってくる。大量殺人を犯し入獄中の父親。年下の男に入れあげる母親。出来の悪い息子。彼女の家族も普通とはほど遠い。

 犯人も含め、尋常ではない人々との関係の中で、ミシェルはいっそうエキセントリックになっていく。しかし、それは偽らず、正直に生きているからこそ、そう見えるともいえる。ノーマルに見える人々は、彼女がさらけ出している本性を押し隠しているだけかもしれないのだ。

 か弱く、傷つきやすく、受け身。いまだ世界的に共有されている保守的な女性像とはかけ離れた、タフで攻撃的な女性の姿を強烈に描き出した。「氷の微笑」(92)のポール・バーホーベン監督が、イザベル・ユペールという当代きっての演技者を得て、サスペンス映画に新風を吹き込んだ。

(文・沢宮亘理)

「エル ELLE」(2016年、フランス)

監督:ポール・バーホーベン

出演:イザベル・ユペール、ロラン・ラフィット、アンヌ・コンシニ、シャルル・ベルリング、ヴィルジニー・エフィラ、ジョナ・ブロケ

2017年8月25日(金)、TOHOシネマズシャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://gaga.ne.jp/elle/

作品写真:(c)2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP

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2017年08月02日

特集上映「ドゥミとヴァルダ、幸福についての5つの物語」ジャック・ドゥミ夫妻、再評価受け一挙に5作品

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 仏ミュージカル映画の傑作「シェルブールの雨傘」(64)、「ロシュフォールの恋人たち」(67)で知られるジャック・ドゥミと、同じく映画監督だった妻のアニエス・ヴァルダ。最近ドゥミの影響を受けた米ミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」が注目され、再評価の動きが高まっている。

 特集上映「ドゥミとヴァルダ、幸福について5つの物語」ではドゥミが監督した「ローラ」(60)、「天使の入江」(62、日本初上映)、ヴァルダが監督した「ジャック・ドゥミの少年期」(91)、「5時から7時までクレオ」(61)、「幸福(しあわせ)」(65)の計5本がデジタルリマスター版で上映される。「幸福(しあわせ)」と同時に、ヴァルダが15年に監督した新作短編「3つのボタン」も上映される。

「ローラ」

 ドゥミの長編デビュー作。トレードマークとなった黒味から丸く画面が広がるアイリスインで幕を開ける。その後の作風を思わせる表現が随所に散りばめられている。港町ナントを舞台に、キャバレーの踊り子ローラ(アヌーク・エーメ)をめぐり、登場人物たちが繰り返しすれ違う。

 ドゥミの作品で面白い点は、人物が別の作品でも同じ役で登場することだ。「ローラ」は「シェルブールの雨傘」の前日譚ともいえる。主人公のローラン(マルク・ミシェル)は、この作品で夢破れて「アフリカに旅立つ」とナントの町を去っていく。その後「シェルブールの雨傘」で宝石商として成功。主人公のジュヌビエーヴ(カトリーヌ・ドヌーブ)と結婚する。

 「ローラ」に流れるミシェル・ルグランのテーマ曲「ウォッチ・ホワット・ハブンズ」は、「シェルブールの雨傘」の中で再び使われる。ローランが出会う母娘は、「シェルブールの雨傘」のジュヌビエーヴと母の原型だろう。ローラもドゥミ初の米映画「モデル・ショップ」(69)でその後が描かれる。「ローラ」はドゥミにとって原石。つたない部分もあるが、みずみずしい輝きを放つ愛すべき作品だ。

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「天使の入江」

 南仏のリゾート地ニースの「天使の入江」。パリから逃げてきた銀行員ジャン(クロード・マン)は、カジノでジャッキー(ジャンヌ・モロー)と出会い、2人でギャンブルにのめり込む。「天使の入江」はドゥミ作品では異質な意欲作といえる。ギャンブル依存症のジャッキー、ビギナーズ・ラックで博打にはまったジャン。ルーレットで勝ち負けを繰り返し、関係を深めていく。

 ジャッキーには夫と子供がいる。病んだ心をジャンは愛の力で断ち切れるか。夢見る作品が多いドゥミにしては現実的なテーマだ。ピアノの高音がきらめくルグランのテーマ曲は、ルーレットで転がり続ける玉の音を再現したよう。「ローラ」から始まるドゥミとルグランの合作は、ドゥミの遺作「思い出のマルセイユ」(98)まで続いた。

(文・藤枝正稔)

「ローラ」(1961年、フランス)

監督:ジャック・ドゥミ
出演;アヌーク・エーメ、マルク・ミシェル、ジャック・アルダン、アラン・スコット

「天使の入江」(1963年、フランス)

監督:ジャック・ドゥミ
出演:ジャンヌ・モロー、クロード・マン、ポール・ゲール、アンリ・ナシエ

2017年7月22日(土)、シアター・イメージフォーラムほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.zaziefilms.com/demy-varda/

作品写真:
「ローラ」(c) mathieu demy 2000
「天使の入江」(c) ciné tamaris 1994
タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 10:32 | Comment(0) | フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする