2014年07月30日

「イーダ」 ポーランドの戦中・戦後史、女性二人の人生に重ね

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 1962年、ポーランド。見習い尼僧のアンナは、修道院で黙々と修行の日々を過ごしていた。戦争孤児として育てられ、身寄りはいないはずだった。ところがある日、ヴァンダという名の叔母が生存していることを知らされる。「修道女の誓いを立てる前に、会って来なさい」。院長の勧めに従い、アンナはヴァンダを訪ねる。

 修道院育ちのアンナは、恐らく世俗のことは何も知らない。その無垢な少女が、人生の酸いも甘いもかみ分けた叔母と出会い、世間の空気に触れる。大人の女性へと脱皮していくプロセスが、簡潔なモノクロ映像の中に描かれる。

 ヴァンダは酒と男に溺れる“やさぐれ女”だ。彼女はアンナが“イーダ”という名のユダヤ人だと告げる。アンナが初めて知る事実だ。もちろんヴァンダ自身もユダヤ人であり、現在の荒れた生活は、戦時中の悲惨な体験からきていることは間違いない。

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 アンナはヴァンダとともに、両親がどんな最期を遂げたかを確かめる旅に出る。道中ピックアップしたサックス奏者の青年は、アンナにとって初めての男となる。演奏会で青年が奏でるモダンジャズも、ヴァンダの部屋で聴いたクラシック音楽も、アンナにとっては初体験である。そして両親の最期に関する衝撃的な真相も、彼女が初めて知る事実だった。

 修道院という聖域で純粋培養されてきた少女が、自分の出自も含め、一挙に大量の情報を与えられ、世俗の快楽も苦悩も一気に味わわされる。見習い尼僧が一人前の修道女へと成長するための、苛烈な通過儀礼を描いたといえるかもしれない。

 では、もう一人のヴァンダはどうか。戦時中に息子を惨殺され、戦後は検察官として恐怖政治に加担したヴァンダ。彼女は被害者であると同時に加害者でもある。その矛盾に耐え切れず酒色に走り、破滅に向かうのである。

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 二人の邂逅は、一方に未来をもたらし、他方から未来を奪う。「イーダ」は、2世代の対照的な女性の生き方に、ポーランドの戦中・戦後史を重ねてみせる。60年代初頭のポーランドを再現した白黒スタンダードサイズの映像、アンナ=イーダに扮したアガタ・チュシェブホフスカの美しさが強い印象を残す。

(文・沢宮亘理)

「イーダ」(2013年、ポーランド・デンマーク)

監督:パヴェウ・パヴリコフスキ

出演:アガタ・チュシェブホフスカ、アガタ・クレシャ、ダヴィド・オグロドニク

2014年8月2日(土)、渋谷シアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://mermaidfilms.co.jp/ida/

作品写真:(c)Phoenix Film Investments and Opus Film
タグ:レビュー
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2012年11月21日

「ポーランド映画祭2012」 11月24日開幕 ワイダやムンクら名作一挙に スコリモフスキ監督来日へ

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 1950年代後半といえば、フランスでゴダール、トリュフォーらヌーベル・バーグの監督たちが続々とデビューを果たした時期である。そのころ鉄のカーテンの向こうでも、同じように野心と才能にあふれた若者たちが、次々と斬新な作品を発表し、世界の映画界に衝撃を与えていた。

 アンジェイ・ワイダ、アンジェイ・ムンク、イエジー・カバレロビッチ――。“ポーランド派”と呼ばれた彼らの活躍により、ポーランド映画は世界に確固たる地歩を築き、ロマン・ポランスキーやイエジー・スコリモフスキら俊英が後に続いた。

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 今回の映画祭は、“ポーランド派”の古典をはじめ、ポランスキーやスコリモフスキの初期作品、これまで紹介される機会の少なかった知られざる名作など、50年代から60年代にかけて製作された珠玉の20作品以上を上映する。

 ワイダの名を一躍高めた「灰とダイヤモンド」(58)、ムンクの挑戦的なデビュー作「鉄路の男」(57)、カジミェシュ・クッツの幻の傑作「沈黙の声」(60)など、いずれもポーランド映画を語るうえで欠かせない選り抜きの作品が並ぶ。

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 ラインナップを組んだのは、「アンナと過ごした4日間」(08)、「エッセンシャル・キリング」(10)で健在ぶりを見せつけたイエジー・スコリモフスキ監督。25日には同監督が来場して舞台あいさつするほか、ムンク、ポランスキー両監督作品の解説トークショーも予定されている。

(文・沢宮亘理)

11月24日〜12月7日、渋谷シアター・イメージフォーラムで開催。上映スケジュールなど詳細は公式サイトまで。

http://www.polandfilmfes2012.com/
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2012年10月17日

「菖蒲」 生の輝きと死の陰り 巨匠ワイダ、衰えぬ創造力

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 大河を望む小さな町に暮らす中年女性のマルタ。体調を崩しており、医師の夫が診察すると末期のがんだった。しかし、マルタはその事実を知ることなく、船着場のカフェで見かけた青年に恋をする――。

 1950〜60年頃のポーランドを舞台に、人生の黄昏時を迎えた女性の心のゆらめきを、河辺の美しい情景の中に描いた「菖蒲」。ポーランドの作家ヤロスワフ・イヴァシュケヴィチの同名小説を、「カティンの森」(07)のアンジェイ・ワイダ監督が映画化した。

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 マルタは、第二次世界大戦中のワルシャワ蜂起で二人の息子を失くしている。マルタの目に飛び込んできた青年は、息子たちと同じ年頃である。心にぽっかりと開いた空洞を、青年に埋めてほしい。そんな思いだったかもしれない。

 ただ、楽しく語り合うだけのつもり。ふざけて、ちょっとじゃれついてみた。すると青年はマルタを抱きしめ、唇を奪ってきた。思いがけない展開に、マルタは動揺する。親子ほど年の離れた二人が、一瞬にして男と女になる。ワイダ監督の腕が冴える、素晴らしいシーンだ。

 青年と泳ぐ約束をし、マルタが水着姿で河辺に向かうシーンもいい。橋の上で恋人とキスをする青年を目撃し、狼狽するマルタ。慌てて引き返そうとするが、追ってきた青年につかまってしまう。羞恥と安堵の表情が浮かべるマルタが、なんとも言えず美しい。

 青年はマルタのために菖蒲を採取しようと、向こう岸まで泳いでいく。ところがその時、予想もしなかった事が起きる――。

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 突然、夢を覚まされるような衝撃の展開。しかも驚くことに、次の刹那、マルタは演技を中断し、ロケ現場から逃げ出してしまうのだ。マルタという作中人物が、女優クリスティナ・ヤンダへと戻る瞬間だ。同時にワイダ監督ら撮影クルーの姿が映し出される。

 そう、本作は原作「菖蒲」のドラマ部分に、女優のヤンダが本人として出演するドキュメンタリー部分を加え、さらにはワイダ監督の演出シーンも付け加えた、三重構造の映画なのだ。

 ヤンダの夫は、ワイダ作品にも多数かかわった撮影監督のエドヴァルト・クウォシンスキ。ヤンダが出演した「大理石の男」(77)や「鉄の男」(81)も担当し、「菖蒲」も彼が手がける予定だった。しかし、2008年に病気で亡くなった。冒頭に配置されたドキュメンタリー部分で、ヤンダはそんな夫への思いを独白する。

 その直後に始まるドラマは、彼女の演じるマルタが余命わずかの設定。マルタのロマンスは長続きしないことが運命付けられている。また、青年には死んだ息子のイメージがだぶっている。そこにヤンダの夫、クウォシンスキの死も重なる。生の輝きに満ちあふれているが、同時に、死の陰りも漂う作品なのだ。生と死を一体のものとして鮮やかに表現してみせた、86歳の巨匠の衰えを知らぬ創造力に圧倒される。

(文・沢宮亘理)

「菖蒲」(2009年、ポーランド)

監督:アンジェイ・ワイダ
出演:クリスティナ・ヤンダ、パヴェウ・シャイダ、ヤドヴィガ・ヤンコフスカ=チェシラク、ユリア・ピェトルハ、ヤン・エングレルト

10月20日、岩波ホールほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://shoubu-movie.com/

作品写真:(c)Akson studio, Telewizja Polska S.A, Agencja Media Plus
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2011年07月27日

「エッセンシャル・キリング」 生きるために殺す 命がけの逃走劇

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 米軍に追われるアラブ人兵士の、命がけの逃走劇を描いた「エッセンシャル・キリング」。ポーランドの巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督の新作だ。

 冒頭、索敵中の米軍ヘリがアラブ人兵士を発見する。指令を受けた地上の米兵3人が追跡するが、アラブ兵は駆け込んだ洞窟の中から、バズーカ砲で一撃。彼らを全滅させる。

 しかし、ほどなくして、アラブ兵は米軍に捕えられる。待っていたのは、電気ショックと水責めの拷問。必死に耐え抜いたアラブ兵は、ほかの捕虜とともにトラックで別の場所へ移送される。ところが、トラックは途中でイノシシに衝突し、転覆。アラブ兵は再び逃走を開始する。

 アリを食い、樹皮をかじって、飢えをしのぎながら、逃げ続けるアラブ兵。雪原では猟犬の猛追にあい、狩猟用の罠にかかってしまう。絶体絶命の窮地だったが、死力を尽くし、脱け出すことに成功する。だが、ほっとしたのも束の間、さらなるピンチがアラブ兵を襲う――。

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 全編にわたり、アラブ兵の生存をかけた戦いが繰り広げられる。自分を追いつめる米兵との戦い、猟犬との戦い、飢えとの戦い。敵対者を殺し、虫や植物を食べることで、彼は死を逃れ続ける。

 自分の生命を守ること。これが彼の全行動の動機となっている。その意味で、殺すことも、食べることも、彼の中では等価なのだ。生きるためにこそ、彼は殺す。生存するためにはやむを得ぬ行為としての殺人。タイトルの「エッセンシャル・キリング」とはそういう意味だろう。

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 血なまぐさいシーンがある一方、釣り人の背後から近づいて魚を奪い去るシーン、授乳中の女性をピストルで脅し、空いたほうの乳房をむさぼり吸うシーンなど、前作「アンナと過ごした4日間」(08)でも見られたスコリモフスキ監督ならではの喜劇的演出は健在。重い場面に喜劇的要素を入れ、緊張を和らげる“コメディー・リリーフ”の役割だけでなく、主人公の極限状況を表現するうえでも高い効果を上げている。また、雪原の広大な風景や、森の中の動物や植物の映像は、ほとんどメルヘンのような美しさで、殺人行為の暴力性を際立たせている。

 主人公のアラブ兵に扮するのは、「バッファロー’66」(98)のビンセント・ギャロ。一言のセリフも発せず、絶望的な逃走を続ける孤独な戦士を、全身全霊で演じ切り、ベネチア国際映画祭で主演男優賞を獲得している。

(文・沢宮亘理)

「エッセンシャル・キリング」(2010年、ポーランド、ノルウェー、アイルランド、ハンガリー)

監督:イエジー・スコリモフスキ
出演:ビンセント・ギャロ、エマニュエル・セニエ

7月30日、渋谷シアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.eiganokuni.com/EK/
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2011年02月27日

「ショパン 愛と哀しみの旋律」 “ピアノの詩人”熱き39年の生涯

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 帝政ロシアの支配下にあった19世紀のポーランド。若き作曲家、フレデリック・ショパン(ピョートル・アダムチク)は、ロシアに蹂躙(じゅうりん)される母国に心を痛めながら、自由な芸術活動を求めて出国を決意する。赴いたパリでは認められず、失意の底にいたが、ピアニストで作曲家のフランツ・リストのはからいでデビューし、たちまち貴族が集まるサロンの寵児となった。さらに男装の麗人の人気作家、ジョルジュ・サンド(ダヌタ・ステンカ)と出会う。彼女の愛のもと、ショパンはさらに音楽にのめりこむが、二人の関係は平穏なままではなかった。サンドの長男のモーリス(アダム・ヴォロノーヴィチ)と長女のソランジュ(ボジェナ・スタフーラ)が引き金となる悲劇。9年におよぶサンドとの日々は、ショパンの音楽そのものにも、変化をもたらしていく。監督はポーランド出身のイェジ・アントチャクだ。

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 昨年生誕200年を迎えた“ピアノの詩人”ショパン。39年の短い生涯のうち、サンドとの運命的な愛にスポットがあてられ、ショパンの名曲とともに物語は展開していく。ポーランドを逃れ、ウィーンを経て、パリに着いたショパン。認められずに渡米を考え始めた矢先、チャンスが訪れる。驚異の技術を持つリストが、ショパンのエチュードを見事に披露したのだ。ショパン自身も請われてピアノを弾くことになり、情感豊かな演奏で観客を魅了する。ショパンの才能は一夜でパリじゅうに知れ渡った。

 ショパンとサンドの恋を描いた小説や映画は多いが、必ずしも実像をとらえているとはいえない。“究極のショパン映画”を目指したアントチャク監督。若き日を過ごしたワルシャワ、成功を収めたパリ、サンド一家と静養したスペイン・マヨルカ島、サンドと暮らしたフランスのノアン──ショパンが生活した場所で大規模なロケ撮影を行った。もう一人の主役ともいえるのは、ショパンが残した名曲だ。ピアノ協奏曲、協奏曲、室内楽曲など、ほぼすべてのジャンルから2年かけて曲を選んだという。

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 さらに、超一流の演奏家も集められた。世界を代表するチェリスト、ヨーヨー・マ。「ショパンの解釈では随一」といわれるピアニストの横山幸雄。映画「戦場のピアニスト」のサウンドトラック演奏で知られるポーランドのピアニスト、ヤーヌシュ・オレイニチャク。“21世紀で最も偉大”と称されるポーランド出身のピアニスト、エマニュエル・アックス。音の競演も見どころの一つだ。

 病弱で芸術家肌のショパンと、男まさりで積極的なサンド。二人の関係はサンドの一方的な片思いに始まり、肺炎のショパンを看護したことで深まる。二人はショパンの療養のため、マヨルカ島にモーリスとソランジュを連れて旅立つ。しかし、温暖なはずの島は雨が続き病状は悪化してしまう。それからは冬はパリ、夏はサンドの別荘があるノアンで過ごすことに。母の愛を奪われたモーリスはライバル心を燃やし、ソランジュはショパンを愛するようになる。

 繊細なショパンの旋律は、サンドとの愛で情熱的に育つ。芸術家の愛、憎しみ、別れ。ショパン入門者からベテランまで、納得の仕上がりであろう。

(文・藤枝正稔)

「ショパン 愛と哀しみの旋律」(2002年、ポーランド)

監督:イェジ・アントチャク
出演:ピョートル・アダムチク、ダヌタ・ステンカ、ボジェナ・スタフーラ、アダム・ヴォロノーヴィチ
音楽:チェロ=ヨーヨー・マ、ピアノ=ヤーヌシュ・オレイニチャク、横山幸雄

3月5日、シネスイッチ銀座ほかで公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.chopin-movie.com/

作品写真:(c) 2002, A Jerzy Antczak Production, All Rights Reserved.
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