2019年10月22日

「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」ロシア映画のイメージ一変 対ナチス戦を描く戦争アクション

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 第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの捕虜となったソ連の新米士官イヴシュキン(アレクサンドル・ペトロフ)。ナチスの鬼将校イェーガー(ビンツェンツ・キーファー)に、演習でソ連の最強戦車「T-34」を操縦するよう命じられる。同じく捕虜になった仲間と組み、「T-34」の整備と準備期間が与えられた。命令に背いても、演習に出ても死が待っている。イヴシュキンは仲間のため、収容所で出会った愛するアーニャ(イリーナ・ストラシェンバウム)のため、無謀な脱出計画を実行に移す──。

 本物の「T-34」と最先端のVFXを使い、捕虜となったロシア兵4人がナチス相手に奮闘する。ロシア発の戦車アクション作品だ。製作は「太陽に灼かれて」(94)で米アカデミー賞外国語映画賞を受賞したニキータ・ミハルコフ。監督、脚本はアレクセイ・シドロフ。

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 ナチスを題材にした映画は最近、世界各国で作られている。強制収容所の悲劇を描いた「サウルの息子」(15)、ナチス幹部の暗殺計画「エンスラポイド作戦」を描いた「ハイドリヒを撃て!『ナチの野獣』暗殺作戦」(16)と「ナチス第三の男」(17)。ナチスに成りすまして権力を握った男の実話を描いた「ちいさな独裁者」(17)、ナチスの人体実験を拡大解釈したホラー「オーヴァーロード」(18)。史実をさまざまな角度から切り取り、ナチスとの戦いが映画化されてきた。

 「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」は、そんなナチスとの戦いをソ連側から痛快に描いている。時代設定は1941年の第二次世界大戦中。装備を持たずにトラックで、ナチス戦車の攻撃をかわし逃げ切ったイヴシュキンは、腕を将校に買われて「T-34」の車長に任命される。劣勢に立たされたソ連軍は「T-34」を使い、奇襲攻撃を仕掛ける。しかし、イエーガー大佐率いるナチス戦車隊との戦闘に負けたイヴシュキンと小隊は、捕虜として収容所に送られる。

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 1944年、テューリンゲン州の強制収用所。ナチスは戦車兵の訓練のため、戦場から回収した「T-34」に捕虜となったソ連兵を乗せて訓練を行う。武器も何もない「T-34」を的にするため、イェーガーはかつて自分と対等に戦ったイヴシュキンに白羽の矢を立てる。しかし、戦場から回収された「T-34」の中には、死体と6発の砲弾が残されていた。

 捕虜4人は「T-34」と砲弾6発だけの装備で、ナチス収容所からの脱出に踏み切る。いたってシンプルな物語と本物の「T-34」、ナチス戦車「パンター」の圧倒的存在感と迫力の戦闘シーン。「バーフバリ 王の凱旋」(17)のVFXチームが作り出した、本物の戦車とけれん味あふれるVFXの融合。新次元の戦闘シーンが素晴らしい。

 砲弾が発射される瞬間、着弾して爆発する過程を、スローモーションと立体的なカメラアングルで描くVFX。こういう立体的なVFX描写は「マトリックス」(99)から始まり、影響を受けたロシア映画「ナイト・ウォッチ」(04)に受け継がれ、本作につながった。

 迫力の戦車バトル、ハラハラドキドキの収容所脱出劇、イヴシュキンと宿敵イェーガーの因縁の対決、女性捕虜アーニャとのロマンス。ロシア映画に対する堅苦しい固定観念を打ち砕くエンターテインメント性。バランス感覚に優れた痛快な作品だ。

(文・藤枝正稔)

「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」(2018年、ロシア)

監督:アレクセイ・シドロフ
出演:アレクサンドル・ペトロフ、イリーナ・ストラシェンバウム、ビツェンツ・キーファー、ビクトル・ドブロヌラボフ

2019年10月25日(金)、新宿バルト9ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://t-34.jp/

作品写真:(C)Mars Media Entertainment, Amedia, Russia One, Trite Studio 2018

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2015年10月31日

「裁かれるは善人のみ」ロシアの過酷な大地、理不尽と戦う弱者

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 寒風吹きすさぶ砂浜に、巨大な鯨の骨が横たわる。ロシア北西部、北極海に面した町。ロシア映画「裁かれるは善人のみ」は、開発と土地買収をめぐる理不尽、弱者の苦闘を描いた作品だ。

 自動車修理工場を営むコーリャ(アレクセイ・セレブリャコフ)は、息子のロマ、後妻のリリア(エレナ・リャドワ)とつつましく暮らしていた。一家の生活はつつましく質素だ。仕事場も兼ねるガレージ付きの家には、祖父の代から住んできた。しかし強欲な市長ヴァディム(ロマン・マディアノフ)は、開発に向け土地を買い上げようとする。買収の手法に不満を抱いたコーリャは、市を相手取り訴訟を起こしていた。

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 モスクワから友人の弁護士ディーマ(ウラジーミル・ウドビチェン)を呼び、土地を手放さぬため戦うコーリャ。しかし市長はあらゆる人脈、権限、果ては暴力まで使い、コーリャを黙らせようとする。市長は攻撃をエスカレートさせ、ディーマをだまして襲う。八方塞がりのコーリャは、涙を流して嘆く。「主よ、なぜですか」。疲れ切り、神すら信じられなくなっていた──。

 カンヌ国際映画祭脚本賞、米ゴールデングローブ賞外国語映画賞など、世界各地の映画祭で注目を集めた作品。デビュー作「父、帰る」でベネチア国際映画祭金獅子賞(最高賞)をさらい、カンヌで「ヴェラの祈り」、「エレナの惑い」と2作連続受賞したアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の新作だ。

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 鈍い灰色に覆われた北の大地、人間を芯から凍らせる冷たい風、出口の見えない理不尽な現実。小さな町の小さな善人が、権力を振りかざす安っぽい悪に踏みつけられていく。監督は容赦がなく、甘い理想など見せてはくれない。

 しかしそれ以上に、ロシアの厳しく気高い自然が観る者を圧倒する。時折映される鯨の骨は、人間の小ささを際立たせる。コーリャ個人の戦いを描きながら、普遍的で抗いがたい世の現実を突き付ける。その果てに観客が見るのは、絶望なのか、いちるの望みなのか。

「裁かれるは善人のみ」(2014年、ロシア)

監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演:アレクセイ・セレブリャコフ、エレナ・リャドワ、ウラジーミル・ウドビチェンコフ、ロマン・マディアノフ、セルゲイ・ポホダーエフ

2015年10月31日(土)、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.bitters.co.jp/zennin/

作品写真:(C)2014 Pyramide / LM
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2015年09月24日

「草原の実験」一瞬で壊される夢と幸せ カザフスタンの実話をもとに

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 広大な草原に囲まれた粗末な一軒家に、若い娘と父親が暮らしている。父親は毎朝トラックを運転し、どこかに出かけていく。軍関連施設に勤務しているようだ。娘は父親を見送ると、家でひとり父親の帰りを待つ。壁に貼られた世界地図に遠い外国への憧れをかきたてられつつも、平穏な毎日に不満はなさそうだ。

 近隣に住む幼なじみの青年は、娘に好意を抱いている。そしてよそからやってきた金髪の青年もまた、娘に一目ぼれしてしまう。二人の青年に愛され、娘の心は大きく揺れる。

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 ある日、父親が突如として病に倒れる。その夜、軍用トラックでやってきた男たちは、雷雨の中で父親を裸にし、ガイガーカウンターを当てる。激しい警告音とともに、カウンターの針が大きく振れる。

 映画の序盤に、プロペラ機で軍人が降り立ち、父親が操縦のまねごとをする場面がある。軍人という記号のせいだろう。一見ユーモラスなこの場面に、微かな不安が宿っている。その不安は、雷雨の場面に至って不吉な予感へと変わる。すでに平穏な暮らしは崩壊しかかっている。娘は金髪の青年との恋愛で危機を切り抜けようとするが、運命の歯車を止めることはできない。

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 男と女として結ばれた二人は、未来へ向かって歩き出そうとする。しかし次の瞬間、恐ろしい衝撃が襲う。喜びも夢も幸福も、すべてを一瞬にして消滅させる、まるでこの世の終りのような、すさまじい映像と音。心の底から震撼させられる。

 旧ソ連時代のカザフスタンで起きた実話をもとにした物語。セリフを一切排し、俳優に表情と動作だけで演技させたことが画面に緊迫感を与え、異様な迫力を生み出している。アップ、ロング、俯瞰など、多様なサイズ、アングルのショットを、テンポよく組み立てた構成も巧みで緊張が途切れない。映像の力を思い知らされる作品だ。

(文・沢宮亘理)

「草原の実験」(2014年、ロシア)

監督:アレクサンドル・コット
出演:エレーナ・アン、ダニーラ・ラッソマーヒン、カリーム・パカチャコーフ、ナリンマン・ベクブラートフーアレシェフ

2015年9月26日(土)、シアター・イメージフォーラムほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://sogennojikken.com/


作品写真:(C)Igor Tolstunov’s Film Production Company


タグ:レビュー
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2014年12月19日

「エレナの惑い」家族の絆、戸惑いと葛藤 女性心理掘り下げ

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 ベネチア国際映画祭金獅子賞(最高賞)を獲得した「父、帰る」(03)のロシア人監督、アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の「エレナの惑い」(11)。同監督の「ヴェラの祈り」(07)とともに同時公開される。

 モスクワ。初老の実業家ウラジミル(アンドレイ・スミルノフ)は高級マンションに住んでいる。夜明けとともに妻エレナ(ナジェジダ・マルキナ)が目を覚ます。身支度すると夫を起こし、手際よく朝食の準備をする。10年前、ウラジミルは入院先の病院で看護師のエレナと知り合い、2年前に結婚した。

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 二人は再婚同士だった。エレナは前夫との間に無職の息子のセルゲイ(アルクセイ・ロズィン)がいる。妻や高校生の息子がいるにもかかわらず、エレナの年金を頼りに暮らしていた。ウラジミルの一人娘カテリナ(エレナ・リャドワ)は仕事をせず、気ままな遊興生活を送り、父と疎遠になっていた。

 セルゲイは母エレナに、息子の大学裏口入学資金の援助まで求める。相談されたウラジミルは断るが、心臓発作を起こし車いす生活に。その後、娘カテリナとの関係は改善し「全財産を譲る」と言い始める。夫の一方的な態度に釈然としないエレナは、ある計画を思いつく──。

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 再婚で裕福になったエレナと、極貧をさまよう息子家族。現在の生活と息子の幸せ。エレナは狭間で迷う。監督は両極にある家族を対比させながら、女性の心理を丁寧に掘り下げ、その行動の是非を観客に問いかける。

 シーンの半分以上はエレナと夫が住む高級マンション、息子セルゲイが住む古びた狭いアパートで展開する。暗いイメージとして枯れ木にとまるカラス、鳴き声が挿入される。観客は不吉な予感を抱く。現代音楽の一種、ミニマル・ミュージックの第一人者、フィリップ・グラスの交響曲が緊張感と切迫感を生み出す。

 家族の絆に戸惑い葛藤し、その先に見える皮肉な光景。エレナのしたたかさ、いびつな幸せ。緻密に計算された作品だ。

(文・藤枝正稔)

「エレナの惑い」(2011年、ロシア)

監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演:ナジェジダ・マルキナ、アンドレイ・スミルノフ

2014年12月20日(土)、ユーロスペースほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.ivc-tokyo.co.jp/elenavera/
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2013年08月04日

「オーガストウォーズ」 グルジア紛争とロボット激突 息子救出に走る母 ロシア発CG戦争大作

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 ロシア・グルジア紛争の現場である南オセチアを舞台に、巨大ロボットの激突を描く「オーガストウォーズ」。ロシアのジャニック・ファイジエフ監督による戦争大作だ。

 2008年夏。シングルマザーのクセーニア(スベトラーナ・イバーノブナ)は、息子チョーマと2人暮らし。チョーマは両親の離婚から逃げるように、空想世界で善悪のロボットを戦わせていた。一方、クセーニアは恋人との再婚を望むが、息子の存在が障害になる。そこへ軍人の元夫ザウール(エゴール・ベロエフ)から「子供に会いたい」と連絡が入る。

 ザウールの居場所はグルジア国境・南オセチア。危険な紛争地域のため不安を抱くクセーニアだったが、「大統領は休暇中。衝突は起こらない」と判断。恋人とのバカンスを選び、息子を元夫のもとに送り出してしまう。しかし予想に反し、南オセチアにグルジア軍が侵攻する──。

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 ロボット戦争映画のように宣伝されているが、ふたを開ければ実際の紛争を背景に、息子を救うため孤軍奮闘する母を中心にした作品だ。ロボットはあくまでスパイス的な存在。恋愛に浮かれていたクセーニアは、息子の危機を知り一心不乱に動き出す。南オセチアに潜入後、乗り合いバスで村に向かうものの、グルジア軍のミサイルで車体は大破。救出に来たロシア軍指揮官リョーハ(マクシム・マトヴェーエフ)はクセーニアを引き止めるが、意思の強さに負けて途中の街まで送り届ける。

 チョーマの空想世界を描いたオープニングは、CG(コンピューター・グラフィックス)アニメーションに実写をはめたように稚拙な仕上がり。逆にロボットは「トランスフォーマー」シリーズさながらの高品質CG映像。冒頭からのファンタジーとコメディーが混在した作風にも戸惑うが、クセーニアの潜入後は勢いが止まらない。バスの大破、逃げ込んだ建物の崩壊、車を襲う空爆の嵐。クセーニアは危険の連続を乗り越えていく。周りの人々が次々命を落とす中、リョーハに助けられ、強運を武器に走り続ける。

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 戦車、戦闘機、ヘリコプターなどの兵器は、ロシア軍の全面協力を受けて撮影。CG依存のハリウッド映画と一味違い生の迫力がある。さらに特殊映像はロシアのファンタジー大作「ナイト・ウォッチ」(04)のスタッフが作成した。CGロボットが大暴れする荒唐無稽の世界観。戦争アクションとSFがごった煮となった力強さ。その根底に流れる母の愛は普遍的で心動かされた。先入観をいい意味で裏切る快作だ。

(文・藤枝正稔)

「オーガストウォーズ」(2012年、ロシア)

監督:ジャニック・ファイジエフ
出演:スベトラーナ・イバーノブナ、エゴール・ベロエフ、マクシム・マトベーエフ

2013年8月10日、渋谷TOEIほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.augustwars.com/

作品写真:(C)2011 Glavkino. All Rights Reserved
タグ:レビュー
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