2018年05月30日

「ビューティフル・デイ」闇から少女を救う仕事人 ホアキン・フェニックス、驚異の役作り

1.jpg

 元軍人のジョー(ホアキン・フェニックス)は行方不明者探しのスペシャリストだ。ある時、議員の娘・ニーナ(エカテリーナ・サムソノフ)を売春組織から救い出すが、彼女はあらゆる感情が欠落したかのように無反応だった。そして2人はニュースで依頼したニーナの父が飛び降り自殺したと知る──。

 ジョナサン・エイムスの犯罪小説を、「少年は残酷な弓を射る」(11)のリン・ラムジーが監督、脚本、製作を担当して映画化した。カンヌ国際映画祭で主演男優賞(フェニックス)、脚本賞を受賞した。

2.jpg

 ジョーの仕事道具はハンマーだけ。「闇の仕事人」の雰囲気だが、過去は一切説明されない。しかし、今も苦しめられるトラウマ、フラッシュバックから、つらい記憶が読み取れる。幼い頃に父に受けた虐待。海兵隊時代の砂漠の風景。FBI(米連邦捜査局)捜査官として見た少女の死体の山。ジョーの心はむしばまれ、常に自殺願望にとわわれていた。

 フェニックスの役作りは尋常ではない。体重をかなり増やして巨漢になり、白髪交じりのぼさぼさした髪を後ろでたばね、ひげづらで最初は本人と分からない変貌ぶりだ。上半身裸のシーンでは、無数の傷と刺青がさらされる。過酷な闇仕事をしてきた証だろう。仕事の時は感情を殺すが、同居する母の前では少年のようにふざける。母は息子の仕事を知らないのかもしれない。

3.jpg


 売春組織からニーナを救い出したが、ジョーは逆に殺し屋に狙われる。ニーナは再びさらわれてしまい、ジョーの母も狙われるが、ジョーの心にはニーナがおり、再び救い出すために動き出す。監督の演出は計算されており、幕引きは観客にゆだねられている。暴力と死が支配する物語の中で、ジョーとニーナのつながりが救いになる。

 売春組織から少女を救う設定に、ポール・シュレイダーが脚本を書いた「タクシードライバー」(76)、ポルノ業界に娘をとられた父を描くシュレイダー監督作品「ハードコアの夜」(79)を思い出した。少女を食い物にする米国社会の闇の深さを、改めて感じさせる衝撃作だ。

(文・藤枝正稔)

「ビューティフル・デイ」(2017年、英国)

監督:リン・ラムジー
出演:ホアキン・フェニックス、ジュディス・ロバーツ、エカテリーナ・サムソノフ、ジョン・ドーマン、アレックス・マネット

2018年6月1日(金)、新宿バルト9ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://beautifulday-movie.com/

作品写真:Copyright (C) Why Not Productions, Channel Four Television Corporation, and The British Film Institute 2017. All Rights Reserved. (C) Alison Cohen Rosa / Why Not Productions

タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 19:27 | Comment(0) | 英国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月01日

「スリー・ビルボード」娘が殺された 孤軍奮闘する母、田舎町を揺るがす

1.jpg

 最愛の娘が殺されて数カ月。犯人逮捕の気配がなく憤る母親のミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は、捜査の遅れに抗議するため、町はずれに巨大な広告看板を設置し、警察と激しく対立する──。

 昨年のベネチア国際映画祭で脚本賞、トロント国際映画祭観客賞、先日の第75回ゴールデン・グローブ賞でも作品賞など主要4部門を獲得。3月の第90回米アカデミー賞も作品賞ほか7部門で候補となっている話題作「スリー・ビルボード」。監督・脚本・製作は「セブン・サイコパス」(12)のマーティン・マクドナー。

2.jpg

 米ミズーリ州の田舎町エビング。さびれた道路脇に立つ朽ちかけた広告看板を、車の運転席から中年女性が見つめている。女性はミルドレッド。7カ月前、娘がレイプされて殺されたのだ。その足で看板を管理するエビング広告社に出向き、前金で1年間の広告契約を結ぶ。

 ミルドレッドは警察に不満をぶつけるように、赤地に黒文字で掲げる。「レイプされて死亡」、「なぜ? ウィロビー署長」、「犯人逮捕はまだ?」。すべて警察署長のウィロビー(ウディ・ハレルソン)に向けていた。パトロール中のディクソン巡査(サム・ロックウェル)が看板に気づき、ウィロビー署長に報告する。

3.jpg

 看板をめぐる出来事をシリアスに描きつつ、黒い笑いを塗したクライム・サスペンスだ。静かだった田舎町に波紋が広がり、町全体を揺るがす一大事へ発展する。信念だけ警察と戦う母親を演じたマクドーマンド。筋が通ったぶれない姿勢がポイントだ。

 対照的にぶれまくるのが、暴力巡査を演じたロックウェル。母親と2人暮らしの単細胞で、ことごとくミルドレッドの挑発に乗り、事を大きくする。ハレルソン演じる署長は、ミルドレッドとディクソン巡査、事件の板挟みとなる。穏健派で町の人々の信頼も厚く、父性を持った存在で、揺れる町の均衡をかろうじて保つ。

 後を絶たないレイプ事件を、当事者ではなく、遺族と警察の視点で描く。きっかけとなる事件そのものは描かない。被害者が死亡したため、犯人は闇へと消えた。

 ミルドレッドと警察の対立から始まる物語は、犯人探しの推理劇に発展する。孤軍奮闘するミルドレッドは、西部劇の主人公のごとく、自力で決着を付けようとする。先の見えない運命を暗示する極上の幕引きが、力強く、深い余韻をもたらした。

(文・藤枝正稔)

「スリー・ビルボード」(2017年、英)
監督:マーティン・マクドナー
出演:フランシス・マクドーマンド、ウッディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、アビー・コーニッシュ、ジョン・ホークス

2018年2月1日(木)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.foxmovies-jp.com/threebillboards/

作品写真:(C)2017 Twentieth Century Fox

タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 22:10 | Comment(0) | 英国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月22日

「セブン・シスターズ」7つ子VS一人っ子政策 ノオミ・ラパス1人7役

1.jpg


 爆発的な人口増と深刻な食糧難に直面する近未来社会。当局は、一家族につき出産は1人のみとする“一人っ子政策”を強行する。違反すると、2人目以降の子供は冷凍保存。地球環境の回復を待ち、解凍・蘇生させる約束だが、保証はない。そんな中、ある病院で7つ子の姉妹が生まれる。発覚すれば6人が冷凍されてしまう。

 死亡した母親に代わって孫娘たちを引き取った祖父は、7人全員を守るため、秘策を思いつく。それは、7つ子を1人の子に見せかけること。マンデー(月曜)からサンデー(日曜)まで、曜日の名を付けられた7つ子は、それぞれの曜日に交代で外出し、カレン・セットマンという共通人格を演じるのだ。

2.jpg

 幸運にもトリックは見破られることなく、成人した姉妹は銀行員としてエリート街道を歩んでいる。ところが、ある日、マンデーが出勤したきり行方不明に。2人同時に目撃されるリスクはあったが、姿を見せなければ怪しまれる。翌日、チューズデー(火曜)は勇を鼓して出勤。残りの姉妹たちと連絡を取り合いながらマンデーの行方を追うのだが――。

 中盤から始まるバトルが見ものだ。“児童分配局”から差し向けられた武装軍団と姉妹たちとの熾烈な闘い。中でも、身体能力に秀でたウェンズデー(水曜)が男たち相手に繰り広げる激闘は迫力満点だ。1人また1人と姉妹たちを失いながらも、終盤のクライマックスに至り、サーズデー(木曜)はついにマンデー失踪の真相を探り当てる。そこで彼女が目にした恐るべき秘密とは?

3.jpg

 一卵性ゆえ見た目はそっくりだが、性格や能力は七人七色。微妙に異なる7人を、「ミレニアム ドラゴンタトゥーの女」(09)、「プロメテウス」(12)のノオミ・ラパスが精妙に演じ分けている。7人のラパスが一堂に会する映像は圧巻だ。

 献身的な祖父役はウィレム・デフォー、児童分配局の悪玉役はグレン・クローズ。どっしりと脇を固め、ノオミ・ラパスの独壇場を盛り上げる両名優の見事な役作りにも注目したい。

 地球規模の人口爆発、そして産児制限。実際に起きている現象だ。解凍技術は未開発ながら、人体の冷凍保存も現実に行われている。近未来SFだが、設定はリアル。人類の明日を予言したような怖さが漂う映画だ。

(文・沢宮亘理)

「セブン・シスターズ」(2016年、英・米・仏・ベルギー)

監督:トミー・ウィルコラ
出演:ノオミ・ラパス、グレン・クローズ、ウィレム・デフォー

2017年10月21日(土)、新宿シネマカリテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.7-sisters.com/

作品写真:(C)SEVEN SIBLINGS LIMITED AND SND 2016
posted by 映画の森 at 17:30 | Comment(0) | 英国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

「セブン・シスターズ」ノオミ・ラパス、一人「7役」 変幻自在の役作り

1.jpg

 人口過多と食糧不足から、厳格な一人っ子政策が敷かれた近未来。2人目以降の子供は政府の児童分配局が親から引き離し、地球資源が回復する日まで冷凍保存する。セットマン家の7つ子姉妹は、唯一の身寄りである祖父に各曜日の名前が付けられた。それぞれ週1日ずつ外出し、共通の人格を演じて30歳まで生き延びた。しかし、ある日“月曜”が帰らず、姉妹の日常は狂い始める──。

 一度は「映像化は不可能」と判断されたものの、脚本が書き直され、ノルウェー出身のトミー・ウィルコラ監督が映像化した「セブン・シスターズ」。当初は男兄弟の話だったが、監督が「ラパスに演じさせたい」と希望。姉妹に設定を変えて実現したアクション・スリラーだ。

2.jpg

 近未来を描いたSF映画は、大きく二つに分けられる。当局による管理社会を描いたものと、核戦争などで荒廃した世界を描く「ディストピアもの」だ。今回は管理社会ものに分けられるだろう。

 遺伝子組み換え作物の影響で多胎児が増えたため、政府は一人っ子政策を徹底する。1人以外の子どもはすべて冷凍保存され、資源が回復した時に「解凍」される約束だ。人々の行動は厳しく管理され、いたるところに検問所がある。そんな中で生まれたのが、主人公の七つ子姉妹だった。

 母親が死んだため、七つ子は祖父テレンス・セットマン(ウィレム・デフォー)に引き取られ、アパートの隠し部屋で育てられる。曜日の名前を持つ7人は、共通の人格「カレン・セットマン」を演じ続ける。

 エリート銀行員となったカレンだったが、“月曜”が出勤したまま行方不明にに。足跡をたどった“火曜”もケイマン博士(グレン・クローズ)率いる児童分配局に連行され、残った5人にも当局の魔の手が迫っていた。

3.jpg

 「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」(09)でブレイクしたスウェーデン出身のラパス。ハリウッド進出して活躍中だが、「プロメテウス」(12)、「ラプチャー 破裂」(16)と災難に見舞われる役が続く。性格の違う七姉妹を一人で演じた分けた変幻自在な役作りが際立ち、裏に人口増加に警鐘を鳴らす深刻なテーマが見え隠れする。不可能を可能にした斬新な映像技術と、ひねりが効いた切り口の近未来映画の佳作である。

(文・藤枝正稔)

「セブン・シスターズ」(2017年、英・米・仏・ベルギー)

監督:トミー・ウィルコラ
出演:ノオミ・ラパス、グレン・クローズ、ウィレム・デフォー、マーワン・ケンザリ、クリスティアン・ルーベク

2017年10月21日(土)、新宿シネマカリテほかで公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.7-sisters.com/

作品写真:(C)SEVEN SIBLINGS LIMITED AND SND 2016

タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 15:26 | Comment(0) | 英国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月08日

「マイ ビューティフル ガーデン」“植物恐怖症”のヒロイン、庭作りで得た出会い

mbg_main.jpg

 ガーデニングの伝統ある英国を舞台に、“植物恐怖症”の変わり者ヒロインが、庭作りを通して成長するドラマ「マイ ビューティフル ガーデン」。
 
 ベラ(ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ)は生活スタイルにこだわりを持っている。家に付いている庭は荒れ放題。植物恐怖症の彼女にとって、庭はありがた迷惑な存在だった。美しい庭を愛する偏屈な隣人アルフィー(トム・ウィルキンソン)は、ベラが目障りで仕方がない。庭の手入れをしないベラに、ある日突然退去命令が届く。

mbg_sub1.jpg

 生後間もなく公園に捨てられたベラ。冒頭で不幸な生い立ちが冗舌に語られる。フランスのヒット作「アメリ」(01)のジャン・ピエール・ジュネを思わせる演出だ。ベラのトラウマになった公園の植物。食事、服装、時間と秩序にこだわる子ども時代。変わり者のベラができる過程がテンポよく描かれる。

 大人になったベラはアパートに暮らし、絵本作家を夢見ながら図書館勤め。極端に秩序にこだわるが、庭の手入れはしない。そんなベラにかかわる男性3人。まずは頑固老人のアルフィー。庭を放ったらかしのベラに口うるさく絡む。

 さらにアルフィーのお抱え料理人バーノン(アンドリュー・スコット)。料理の腕は抜群で、法律に詳しい双子の女子を育てるシングル・ファーザー。ベラに朝食を作ってアルフィーの逆鱗に触れ、首になったところをベラに雇われる。最後は図書館に来る風変わりな発明家のビリー(ジェレミー・アーバイン)。自分と正反対に自由で型破りなビリーに、ベラは恋心を抱く。

mbg_sub2.jpg

 変わり者のベラは3人の男たちにかかわり、偏屈な心を徐々に解き放っていく。荒れ放題の庭も手入れされ、色とりどりの花が咲き誇るようになり、頑なな老人の心も癒やされていく。個性豊かな登場人物が織りなす物語は、心を通わせハーモニーを奏で、美しい庭へと結びつく。

 ややできすぎな印象はあるが、魅力的な俳優たちのアンサンブルは心地よい。ユーモラスな語り口で、ちょっと風変わりな英国流シンデレラ・ストーリーに仕上がった。

(文・藤枝正稔)

「マイ ビューティフル ガーデン」(2016年、英)

監督:サイモン・アバウド
出演:ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ、トム・ウィルキンソンアルフィー・スティーヴンソン、
ジェレミー・アーバイン、アンナ・チャンセラー

2017年4月8日(土)、シネスイッチ銀座ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.my-beautiful-garden.com/

作品写真:(C)This Beautiful Fantastic UK Ltd 2016

タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 10:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 英国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。