
ヒマラヤ山脈ナンガ・パルバート。標高8125メートルを誇る世界9位の高峰である。南面に位置するルパール壁は、標高差4500メートル。アイガー北壁の標高差が1800メートルだから、2.5倍に相当する。多くの登山家の野心をくじき、命を奪ってきた、世界屈指の難壁だ。
ルパール壁からの登攀に初めて成功したのが、主人公であるラインホルト・メスナーと、その弟ギュンター・メスナーだった。しかし、生還できたのはラインホルトのみ。ギュンターは下山途中に雪崩にのまれ命を落としてしまう。一体、兄弟に何があったのか? 悲劇はなぜ起きたのか?

「ヒマラヤ 運命の山」は、世界初の偉業に挑んだ兄弟の苛酷な運命を、迫真の映像で描いた作品だ。原作はラインホルト・メスナー本人。メスナー自ら監督のヨゼフ・フィルスマイアーに企画を持ちかけ、映画化が実現した。メスナーはアドバイザーとして撮影に参加し、俳優たちの役作りや演技プランに貢献している。
メスナーご指名のフィルスマイアーは、ドイツとソ連の苛烈な戦闘をリアルに描いた「スターリングラード」(93)の監督として知られるが、本作でも徹底的にリアリズムを追求。急変する天候と闘いつつ、7100メートルの高さまで飛行機を飛ばし、実物の山岳風景を撮影したほか、テントの素材やアイゼンが氷に食い込む音に至るまで、本物志向を貫いている。
安易なCG(コンピューター・グラフィックス)に頼らないリアルな映像は、見る者を作品世界に引き込み、ヒマラヤの厳しさ、怖さを追体験させてくれる。主人公たちの体が凍え、動けなくなっていく感覚、死の恐怖などが、実感をもって迫ってくるはずだ。

物語は、兄弟の少年時代から、ルパール壁挑戦、そしてラインホルトのその後へと展開する。重要なのが少年時代のパートだ。登山に夢中だった二人の少年。しかし、注目されるのは常に兄のラインホルト。ギュンターの存在は兄の影に隠れがちだった。ギュンターはいら立ちを募らせる。この焦燥感がギュンターの運命を左右することになるのだが――。
昨年公開された「アイガー北壁」(08)とともに、ドイツ山岳映画の高いクオリティーを示す秀作だ。
(文・沢宮亘理)
「ヒマラヤ 運命の山」(2009年、ドイツ)
監督:ヨゼフ・フィルスマイアー
出演:フロリアン・シュテッター、アンドレアス・トビアス、カール・マルコヴィクス
8月6日、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか、全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://www.himalaya-unmei.com/
作品写真:(c) Nanga Parbat Filmproduktion GmbH & Co. KG 2009