2011年08月05日

「ヒマラヤ 運命の山」 “超人”メスナー ナンガ・パルバート初登攀に迫る

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 ヒマラヤ山脈ナンガ・パルバート。標高8125メートルを誇る世界9位の高峰である。南面に位置するルパール壁は、標高差4500メートル。アイガー北壁の標高差が1800メートルだから、2.5倍に相当する。多くの登山家の野心をくじき、命を奪ってきた、世界屈指の難壁だ。

 ルパール壁からの登攀に初めて成功したのが、主人公であるラインホルト・メスナーと、その弟ギュンター・メスナーだった。しかし、生還できたのはラインホルトのみ。ギュンターは下山途中に雪崩にのまれ命を落としてしまう。一体、兄弟に何があったのか? 悲劇はなぜ起きたのか?

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 「ヒマラヤ 運命の山」は、世界初の偉業に挑んだ兄弟の苛酷な運命を、迫真の映像で描いた作品だ。原作はラインホルト・メスナー本人。メスナー自ら監督のヨゼフ・フィルスマイアーに企画を持ちかけ、映画化が実現した。メスナーはアドバイザーとして撮影に参加し、俳優たちの役作りや演技プランに貢献している。

 メスナーご指名のフィルスマイアーは、ドイツとソ連の苛烈な戦闘をリアルに描いた「スターリングラード」(93)の監督として知られるが、本作でも徹底的にリアリズムを追求。急変する天候と闘いつつ、7100メートルの高さまで飛行機を飛ばし、実物の山岳風景を撮影したほか、テントの素材やアイゼンが氷に食い込む音に至るまで、本物志向を貫いている。

 安易なCG(コンピューター・グラフィックス)に頼らないリアルな映像は、見る者を作品世界に引き込み、ヒマラヤの厳しさ、怖さを追体験させてくれる。主人公たちの体が凍え、動けなくなっていく感覚、死の恐怖などが、実感をもって迫ってくるはずだ。

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 物語は、兄弟の少年時代から、ルパール壁挑戦、そしてラインホルトのその後へと展開する。重要なのが少年時代のパートだ。登山に夢中だった二人の少年。しかし、注目されるのは常に兄のラインホルト。ギュンターの存在は兄の影に隠れがちだった。ギュンターはいら立ちを募らせる。この焦燥感がギュンターの運命を左右することになるのだが――。

 昨年公開された「アイガー北壁」(08)とともに、ドイツ山岳映画の高いクオリティーを示す秀作だ。

(文・沢宮亘理)

「ヒマラヤ 運命の山」(2009年、ドイツ)

監督:ヨゼフ・フィルスマイアー
出演:フロリアン・シュテッター、アンドレアス・トビアス、カール・マルコヴィクス

8月6日、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか、全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.himalaya-unmei.com/

作品写真:(c) Nanga Parbat Filmproduktion GmbH & Co. KG 2009
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2010年12月02日

「白いリボン」 大戦前夜、村に満ちる疑心暗鬼 ハネケのパルムドール受賞作

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 従来の犯罪映画のパターンを打ち破り、観客に真の恐怖を突き付けた「ファニーゲーム」(97)、フランスを代表する女優に変態演技をさせ、何も知らずスクリーンに向き合った女性客を次々と途中退場させた「ピアニスト」(01)。妥協を知らぬ過激な作風が、常に“絶賛か拒絶”の両極端な反応を招いてきたミヒャエル・ハネケ監督。カンヌ国際映画祭の常連として数々の賞に輝きながらも、最高賞のパルムドールには手が届かずにいた。

 そのハネケがついに2009年、パルムドールを受賞。卓越した映画作家の評価を揺るがぬものとした。激戦を勝ち抜き、頂点を極めた作品は「白いリボン」。第一次世界大戦前夜、ドイツの小さな村で立て続けに発生する暴力的な事件を不穏なムードの中に描いた、ハネケ初のモノクロ作品である。

 最初の事件は、ある夏の日に起きた。村の医師が落馬して重症を負う。自宅前の木と木の間には針金が張られていた。犯人は不明。翌日、小作人の妻が腐った床を踏み外して転落死する。単なる事故か、それとも何者かによる作為か、真相は不明。謎は解かれぬまま、季節は秋へ。今度は男爵の長男がリンチを受け、製材所に逆さ吊りで発見される。これも犯人は不明のまま。冬になっても、男爵の屋敷への放火、障害児への暴力と事件が相次ぎ、村人たちの間に疑心暗鬼が広がっていく――。

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 男爵、執事、医師、牧師、小作人。それぞれを家長とする5家族が登場する中で、特に力点の置かれているのが、牧師の一家である。家長であると同時に、村人たちの指導者でもある父親は、家庭でのしつけも厳格を極め、子供たちの小さないたずらや無作法も見逃さず、むち打ちの罰を与えていた。罰を与える際には「純真で無垢な心を忘れぬよう」、子供たちの腕に“白いリボン”を巻き付けるのが決まりだった。

 牧師の長男と長女は、過度の緊張からか、いつも表情をこわばらせている。父親や教会に反感を抱いているようにも見える。一連の事件には彼らが関与しているのかもしれない。一方、牧師は子供たちの関与を疑いながらも、現実の直視を避けている気配がある。牧師は自分の厳しいしつけが、かえって子供たちの心をねじ曲げている可能性に気付いているようにも思える。

 映画の最終部でオーストリアとドイツが宣戦布告し、第一次世界大戦が始まる。19年後にはナチスが政権を握り、さらに6年後、第二次世界大戦が始まる。その時ナチスの兵士として戦っているのは、映画に登場する子供たちだと、観客は気付かざるを得ない。ドイツでナチズムがいかに育まれたか。「白いリボン」は、その一考察といえるかもしれない。

(文・沢宮亘理)

「白いリボン」(2009年、独・オーストリア・仏・伊)

監督:ミヒャエル・ハネケ
出演:クリスティアン・フリーデル、ブルクハルト・クラウスナー、マリア=ヴィクトリア・ドラグス、レオナルト・プロクサウフ、スザンヌ・ロタール

12月4日、銀座テアトルシネマほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.shiroi-ribon.com/

12月4〜17日、東京・ヒューマントラストシネマ有楽町で、特集上映「ミヒャエル・ハネケの軌跡」を開催。デビュー作「セブンス・コンチネント」(89)から「白いリボン」まで全10作品を一挙上映するほか、ハネケに2年半密着したドキュメンタリー「毎秒[24]の真実」を特別上映。
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2010年03月17日

「アイガー北壁」 “魔の山”に挑む 若き登山家の死闘

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 1936年7月18日未明。ドイツの若き登山家、トニー・クルツとアンディ・ヒンターシュトイサーは、ヨーロッパ最後の難所としてそびえ立つアイガー北壁の初制覇を目指し登攀(はん)を開始した。ドイツ人によるアイガー北壁の征服は、ナチス政権にとって国威発揚の絶好のチャンス。成功の暁にはベルリン五輪で金メダルを授与し、大々的に宣伝することが決まっていた。国家的な期待がかかる中、はたして2人は前人未踏の絶壁を征服できるのだろうか――。

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2009年07月27日

「クララ・シューマン 愛の協奏曲」 ヘルマ・サンダース=ブラームス監督に聞く

「クララがいなければ、シューマンもブラームスも存在しなかった」

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 ロベルト・シューマンとヨハネス・ブラームス。新旧二人の天才作曲家に愛されながら、自らも音楽家としての名声を手にしたクララ・シューマン。その愛と葛藤の日々を赤裸々に描き、ドイツ国内に反響を呼んだ「クララ・シューマン 愛の協奏曲」。メガホンをとったのは、ニュー・ジャーマン・シネマを代表する監督の一人であり、ブラームスの末裔であるヘルマ・サンダース=ブラームス監督だ。女性でありアーティストでもあるクララに自身の姿を重ね合わせ、現代に通じる女性の生き方を提示してみせた。サンダース=ブラームス監督は「クララがいなければ、シューマンもブラームスも存在しなかった」と語った。

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 主なやり取りは次の通り。

 ――この映画はクララ・シューマンの実話に近いものと考えていいのか。

 少なくとも、推測に頼ってストーリーを作ることは避けた。構想から12年以上もあったので、その間に伝記の類を読破し、歴史的な資料にも目を通した。しかし、資料はすべてを網羅しているわけではない。手紙や日記にしても、彼女の見たことや感じたことが全部書かれているわけではない。そういった空白の部分に関しては、想像力を用いざるを得なかった。だから完全な実話というわけではない。

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2009年02月24日

「愛を読むひと」 人生変えた出会い ケイト・ウィンスレット熱演

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 ドイツの小説家、ベルンハルト・シュリンクのベストセラー「朗読者」を、「リトル・ダンサー」のスティーヴン・ダルドリー監督が映画化した「愛を読むひと」。ヒロインを演じたケイト・ウィンスレットにオスカーをもたらした、珠玉のラブストーリーである。

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