2017年08月01日

「ブランカとギター弾き」マニラのスラム 孤児の少女 盲目のギター弾きと幸せへの旅

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 フィリピンの首都マニラ。スラムに暮らす孤児の少女ブランカは、「お母さんをお金で買う」ことを思いついた。ある日、盲目のギター弾きピーターと出会う。ピーターから得意な歌で稼ぐことを教わり、2人はレストランで歌う仕事を得る。計画は順調に運ぶように見えたが、一方で思いもよらぬ危機が迫っていた──。

 写真家の長谷井宏紀が、イタリア製作で撮影した監督デビュー作「ブランカとギター弾き」。日本人として初めてベネチア・ビエンナーレ、ベネチア国際映画祭の出資で作られた。動画サイト「YouTube」に投稿した歌で見出されたサイデル・ガブテロがブランカ役。マニラで実際にギターを弾くピーター・ミラリがピーターを演じる。出演者の多くは路上で見出されたという。

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 スラム街の俯瞰ショットに、不機嫌な少女が映っている。11歳のブランカだ。道行く大人に話しかけるが相手にされない。ストリートチルドレンであるブランカの日常が淡々とつづられる。財布をすって暮らすブランカにも「母親がほしい」願いがあり、お金さえあれば買えると思い込む。

 ダンボールの寝床に横たわるブランカの耳に、ギターの音色が聞こえてくる。盲目のギター弾きピーターだった。ピーターの小銭をくすねようとするブランカだったが、逆に優しく話しかけられた。やがて2人は音楽を奏で、お金を稼ぐようになる。

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 ブランカや孤児たちの過酷な生活を通し、したたかな生き方と現実が描かれる。ブランカのスリや窃盗は、無邪気な悪意そのものだ。ピーターと出会って疑似家族のようになり、つかの間の幸福を味わうが、大人たちの悪意はさらに厳しいものだった。数々の試練を乗り越え、ブランカはようやく自分の帰る場所を見つける。監督の語り口は無駄がなく、シンプルで心うたれる作品となっている。

(文・藤枝正稔)

「ブランカとギター弾き」(2015年、イタリア)

監督:長谷井宏紀
出演:サイデル・ガブテロ、ピーター・ミラリ、ジョマル・ビスヨ、レイモンド・カマチョ

2017年7月29日(土)、シネスイッチ銀座ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.transformer.co.jp/m/blanka/

作品写真:(C)2015-ALL Rights Reserved Dorje Film

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2017年05月17日

「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」イタリアにまかれた“日本カルチャー”の種、40年を経て開花 大人向けダークヒーロー作品

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 テロの脅威にさらされる現代のローマ。孤独なチンピラのエンツォ(クラウディオ・サンタマリア)は、ふとしたことで超人的なパワーを得てしまう。初めは私利私欲で力を使っていたが、世話になっていた“オヤジ”が残した娘アレッシア(イレニア・パストレッリ)の面倒をみるはめになり、正義に目覚めていく──。

 「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」は、永井豪原作の日本製テレビアニメ「鋼鉄ジーグ」(75)をモチーフにしたイタリア初のダークヒーロー・エンターテインメント作品だ。79年にイタリアでテレビ放送された「鋼鉄ジーグ」は、40年近く経った今も人々の心に深く刻まれているという。監督、脚本、音楽を務めたガブリエーレ・マイネッティの長編デビュー作となる。

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 ハリウッドの「ヒーロー映画」は現在、3つに大別できる。まずは肉体と能力を生まれながらに持った「スーパーマン型」。次に普通の人間がコスチュームで強化され、武器を駆使して戦う「バットマン&アイアンマン型」。最後に実験の失敗や事故で特殊能力が身につく「ハルク&スパイダーマン型」だ。今回のエンツォは3番目のパターンといえる。

 元になったアニメ「鋼鉄ジーグ」は巨大ロボットが活躍した。一方、エンツォは放射性物質を全身に浴び、特殊能力を身につける。アレッシアは熱狂的な「鋼鉄ジーグ」ファン。現実と妄想の境がわからなくなり、チンピラに襲われた窮地を救ったエンツォを、「鋼鉄ジーグ」の主人公・司馬宙(シバヒロシ)と重ね合わせてしまう。やや強引な解釈だが、エンツォはこれを機に力を正義のために使うようになる。

 エンツォはもともとヨーグルトとアダルトビデオが好きな中年の泥棒だった。ヒーロー物としては異色の主人公だ。一方、そんなエンツォにゴロツキたちのボス、ジンガロ(ルカ・マリネッリ)は敵意を抱く。エンツォの能力のうらやみ、妬み、強引に本人から能力を得た方法を聞き出す。自分も「力」をつけたジンガロは、私利私欲のため悪用する。

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 正義のエンツォと悪のジンガロ。対等の力を持った関係はコインの裏と表、もしくはバットマンと悪役ジョーカーのような敵対関係に。クライマックスではローマ市民を巻き込み、壮絶なバトルを繰り広げる。

 40年前、イタリアにまかれた“日本カルチャー”の芽が、時を経て1本の映画として開花した。ハリウッド映画とはひと味もふた味も違う、大人向けのヒーロー作品だ。

(文・藤枝正稔)

「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」(2015年、イタリア)

監督:ガブリエーレ・マイネッティ
出演:クラウディオ・サンタマリア、イレニア・パストレッリ、ルカ・マリネッリ、ステファノ・アンブロジ、マウリツィオ・テゼイ

2017年5月20日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.zaziefilms.com/jeegmovie/

作品写真:(C)2015 GOON FILMS S.R.L. Licensed by RAI Com S.p.A. – Rome, Italy. All rights Reserved.

タグ:レビュー
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2016年09月21日

「ある天文学者の恋文」オルガ・キュリレンコに聞く トルナトーレ監督最新作「真実の愛は永遠と信じている」

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 名作「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレ監督最新作「ある天文学者の恋文」(2016年9月22日公開)。初老の天文学者と若き教え子の恋愛と死別、その後に起きる謎をミステリータッチで描く。前作「鑑定士と顔のない依頼人」に続き、いくつもの鍵を散りばめて観客を迷宮にいざない、時を超えた愛について問いかける人間ドラマだ。主演のオルガ・キュリレンコが書面インタビューに答え「真実の愛は永遠と信じている」と語った。

 著名な天文学者のエド(ジェレミー・アイアンズ)は、美しく聡明な教え子のエイミー(オルガ・キュリレンコ)との恋愛を満喫していた。ある時、授業中のエイミーの手元に、出張中のエドから「もうすぐ会える」とメールが届く。それと同時に、目の前の教壇に立つ教授が学生たちに「エドは数日前に亡くなった」と告げる。

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 突然の出来事に取り乱すエイミー。時を開けずエドからのメールや手紙、贈り物が次々と届く。エドが生前に手配していたのか。疑問を抱いたエイミーは、エドが暮らしていた英エジンバラへ向かう──。

 エイミー役のキュリレンコは、相手役のアイアンズが目の前にいない状態で演技を続ける。相手役不在の一人芝居に近い。さらに天体物理学の学生役だ。「難しかったけれど、面白かった」と振り返った。

 「恋愛が中心の作品ですが、同時に天体物理学にも焦点をあてなければならず、たくさん準備をしました。天体物理学の学生で、私のまったく知らないことを話す役。インターネットで論文、本の引用など多くの資料を読み、自分が話すことを理解しようとしました」

 トルナトーレ監督作品への出演は初めて。監督を「とても直感の強い人」とみる。

 「すべての監督には違いがあります。トルナトーレ監督についてとても興味深かったのは、脚本やセリフにとても忠実なことでした。脚本に描かれているすべての言葉がとても重要。その方向性に従うのが大事でした。監督はとても直感が強く、同時に人間の心理を完ぺきに理解していました」

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 愛する人からメッセージが届き続けるのに、本人は目の前にいない。失われたものへの愛情は成立するのか。薄れゆく記憶とどう向き合えばいいか。キュリレンコは「監督は二つとない物語を考え出した」と言う。

 「独特で、そして最も重要なことですがよく練られています。脚本を読んでとても驚きました。話の前提は気が利いていて観る人を引き付ける。主題は興味深い。死の数百万年後、私たちに見える星の一生が対応している点が、とても気に入りました。私は真実の愛は永遠だと強く信じています」

(文・遠海安)

「ある天文学者の恋文」(2016年、イタリア)

監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
出演:ジェレミー・アイアンズ、オルガ・キュリレンコ、シャウナ・マクドナルド、パオロ・カラブレージ、アンナ・サバ

2016年9月22日(木・祝)、TOHOシネマズ シャンテほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://gaga.ne.jp/tenmongakusha/

作品写真:(C)COPYRIGHT 2015 - PACO CINEMATOGRAFICA S.r.L.

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2016年04月25日

「イタリア映画祭2016」最新作12本を一挙紹介 大ヒットコメディーからビスコンティ旧作まで

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 イタリア映画の新作を一挙紹介する「イタリア映画祭2016」が2016年4月29日〜5月8日、東京と大阪で開催される。今年は新作12本(大阪は7本)のほか、ルキノ・ビスコンティ監督の生誕110年を記念して「若者のすべて」(60)、1月に亡くなったエットレ・スコーラ監督「特別な一日」(77)も特別上映される。

 イタリア映画祭は01年にスタートして16回目。毎年ゴールデン・ウィークの恒例イベントとして定着した。今年は昨年以降に製作された新作がそろった。

 ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作「処女の誓い」は、アルバニアの山村が舞台。男尊女卑の村に生まれた少女が、男として生きることを誓い、やがてイタリアへ旅立つ物語。女性監督ラウラ・ビスプリのデビュー作。

 イタリアで映画興行収入記録を塗り替えたコメディー「オレはどこへ行く?」は、解雇を言い渡された公務員が主人公。主演のケッコ・ザローネは出演作が軒並みヒットする当代きっての人気俳優。今回の映画祭に来日を予定している。

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 仏ベテラン女優ジュリエット・ビノシュ主演の「待つ女たち」は、ベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品された。女性二人の関係性、心理の変化を細やかな演出で浮かび上がらせる。ピエロ・メッシーナ監督のデビュー作。

 「皆はこう呼んだ『鋼鉄ジーグ』」は、日本のアニメ「鋼鉄ジーグ」の熱狂的女性ファンが、超人的な力を得た男を支える物語。ローマ国際映画祭では「独自性あふれる娯楽作」と喝采を浴びた。

 イタリアを代表する巨匠タビアーニ兄弟の新作「素晴らしきボッカッチョ」は、文豪ボッカッチョの名作「デカメロン」の翻案。原作で語られる100の物語のうち、愛についての五つの話が順繰りに披露される。

 ローマの裏社会を描く「暗黒街」は、骨太な王道ギャング映画。金、権力、欲望渦巻くローマで、政治家や宗教関係者を巻き込む暴力の連鎖が展開する。

 期間中は「オレはどこへ行く?」主演のケッコ・ザローネ、「皆はこう呼んだ『鋼鉄ジーグ』」主演のクラウディオ・サンタマリアらゲスト9人が来日し、上映に合わせたトークセッションなどに参加する。サンタマリアは、日本で公開中のエルマンノ・オルミ監督最新作「緑はよみがえる」での舞台あいさつも予定されている。

 「イタリア映画祭2016」は4月29日(金・祝)〜5月5日(木・祝)に東京・有楽町ホール(千代田区有楽町2-5-1 マリオン11階)、5月7(土)〜8日(日)に大阪・ABCホール(大阪市福島区福島1-1-30)で開催。作品の詳細や上映スケジュールは公式サイトまで。

http://www.asahi.com/italia/2016/

(文・遠海安)

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2016年03月11日

「母よ、」母と娘の最後の交流 ナンニ・モレッティ監督自伝的映画

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 難航する映画の撮影。元夫と暮らす娘の教育。同居していた恋人との別れ。死期が迫る母親の看病。いくつもの難題を抱え、どれからも逃れられないヒロインの心の危機が描かれる。

 映画監督であり、娘であり、母親であり、一人の女性でもある主人公のマルゲリータ。しかし、どの面から見ても及第点にはほど遠い現実が、彼女を苦しめ、いら立たせている。

 マルゲリータの神経を最もかき乱しているのが、米国から招いた主演俳優のバリーだ。言うことなすこと、いちいちエキセントリックで、しかもセリフの覚えが悪いのだ。何度も何度もNGを出しては現場を困らせる。失敗しても反省はなく、脚本に八つ当たり。身勝手なふるまいに翻弄され、疲労が限界に達したマルゲリータは、しばしば悪夢にうなされベッドで飛び起きる。

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 実はバリーの不調には理由があった。マルゲリータがそれを知ったことで、2人の間の壁が崩れる瞬間が感動的だ。バリーとの和解はマルゲリータにとって現状打破の契機となり、娘や母との関係を修復するためのステップにもなる。その意味でバリーの存在意義は大きい。粗野に見えるが内面は繊細。複雑なキャラクターをジョン・タトゥーロが絶妙に演じている。

 物語のベースとなっているのは、監督のナンニ・モレッティ自身が体験した実母の死だ。自伝的な作品といえるが、主人公を女性監督に設定した分、事実との間に距離が生じ、普遍的なドラマへ昇華している。

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 マルゲリータにとってかけがえのない存在である母。なのに自分は母のことを何も知らず、母のために何もしてこなかった。最期の時を迎えようとしている今でさえ、何もしてやれないでいる――。仕事や生活に忙殺される中、母親と十分な時間を過ごすことができないまま死別した。同じ経験を持つ者であれば、ヒロインの言動、表情が心の琴線に触れてくるに違いない。

(文・沢宮亘理)

「母よ、」(2015年、イタリア・フランス)

監督:ナンニ・モレッティ
出演:マルゲリータ・ブイ、ジョン・タトゥーロ、ナンニ・モレッティ、ジュリア・ラッツァリーニ

2016年3月12日(土)、Bunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.hahayo-movie.com/


作品写真:(c)Sacher Film . Fandango . Le Pacte . ARTE France Cinéma 2015
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