2021年03月15日

「ビバリウム」住宅地から出られない 着眼点が光る不条理スリラー

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 新居を探す若いカップルのトム(ジェシー・アイゼンバーグ)とジェマ(イモージェン・プーツ)は、ふと足を踏み入れた不動産屋で、同じ家が立ち並ぶ住宅地「ヨンダー」を紹介される。内見を終えて帰ろうとすると、案内していた不動産屋が見当たらない。不安を感じて帰ろうと車を走らせるが、どこまで行っても景色は変わらず、住宅地から抜け出せなくなる──。

 「ソーシャル・ネットワーク」(10)のジェシー・アイゼンバーグと「グリーンルーム」(15)のイモージェン・ブーツが共演した不条理スリラー。監督はアイルランド出身のロルカン・フィネガン。ブーツは「第52回シッチェス・カタロニア国際映画祭」で最優秀女優賞を受賞した。

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 幕開けはカッコウの托卵映像だ。ほかの鳥の巣に産卵し、ひなは宿主の卵を巣から落とし、宿主から餌をもらって育つ。意味深な映像に導かれてドラマが始まる。米ドラマ「トワイライト・ゾーン」、日本のドラマ「世にも奇妙な物語」に通じる奇妙な作風。着眼点が面白い。幸せの象徴とされる家族の「マイホーム探し」を逆手に取り、住宅ローンにとらわれる悲劇と考える。展開はどこまでも不条理だ。

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 住宅地に閉じ込められた二人に、段ボール箱で男の赤ちゃんが届く。赤ちゃんはわずか98日間で7歳ぐらいに成長するが、ひと癖もふた癖にあるとんでもない子なのだ。二人が自分を育てて当たり前と考え、気に入らないことが起きると、超音波のような絶叫で抗議する。ものまねが得意で、二人の言葉や行動をコピー。扉越しに二人を監視し、夜な夜なテレビで不思議な動画を見る。脱出不能の住宅地と謎の男の子。二人は精神的に追い詰められ、トムは「地中に何かある」と玄関横で穴掘りを始める。

 「ビバリウム」の意味は「生存環境を再現した空間」。カッコウの托卵映像が暗示した通り、新興住宅地を再現した空間に若い二人が誘い込まれる。何者が地球侵略を計画しているのだが、その正体は描かれず、観客の判断に委ねられる。

 住宅地は日常の延長にあるように見えるものの、マグリットの絵画「光の帝国」に触発された人工的建造物に矛盾が見え隠れする。クライマックスの仕掛けは、最近見た作品では抜群の視覚的ショックだ。終わりのない不気味なドラマは独特の後味の悪さが残る。資本主義を皮肉ったブラックな味わいで、長く後を引く不条理スリラーだ。

(文・藤枝正稔)

「ビバリウム」(2019年、ベルギー・デンマーク・アイルランド)

監督:ロルカン・フィネガン
出演:イモージェン・プーツ、ジェシー・アイゼンバーグ、ジェシー・アイゼンバーグ、ジョナサン・アリス

2021年3月12日(金)、TOHOシネマズシャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://vivarium.jp/

作品写真:(C)Fantastic Films Ltd/Frakas Productions SPRL/Pingpong Film



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2019年04月25日

「パパは奮闘中!」妻が突然出て行った 不器用ながらも絆を強める家族

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 インターネット販売の倉庫で働くオリビエ(ロマン・デュリス)は、妻のローラと幼い二人の子と、幸せに暮らしていた。ところが突然、ローラが家を出て行ってしまう。慣れない子供たちの世話に追われるオリビエ。なぜ妻は去ったのか。探し続ける彼のもとに、フランス北部のヴィッサンからハガキが届く──。

 初長編作「Keeper」(15)が各国の映画祭に招待・受賞したベルギーの新鋭ギョーム・セネズ監督の最新作。「タイピスト!」(12)のデュリス、「若い女」(17)のレティシア・ドッシュらが出演している。

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 妻がいなくなり、仕事と子育てがオリビエの肩にのしかかる。職場では商品管理担当のリーダーとして部下に慕われる一方、上司からは人員整理を命じられ、中間管理職として板ばさみ。解雇を告げられた部下が自殺し、職場に動揺が広がる中、家では妻が無断欠勤。長男エリオット、長女ローズを残して姿を消した。警察に勤める友人に相談するも、妻の行方はつかめない。

 不慣れな子育て、忙しい仕事、労働組合の業務まで重なるオリビエのもとに妻からハガキが届く。苦労に水を差すような文面に怒りがこみ上げたオリビエは、その場でハガキを破り捨ててしまう。反発したエリオットは紙片を拾い集め、テープで張り合わせる。窮地を知った妹ベティ(ドッシュ)が助けに来てくれることになり、オリビエは消印を頼りに妻の故郷ヴィッサンに向かう。

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 フランスの労働者の現実と、家族の成長を描いた物語。妻がいなくなり、夫はさまざまな困難に直面する。葛藤を続ける姿が胸に迫る。子ども二人も自立を強いられ、少しずつ成長していく。ベティや周りの人々の協力を受け、家族は不器用にぶつかり合いながら、絆を強めていく。なにげない日常生活に、温かい思いが伝わってくる。

 一方、オリビエの働く倉庫では、暖房もない劣悪な環境で、長時間労働が課せられている。低所得者たちの苦悩も描いたことこそ、作品の要に感じた。非常に現実的な空気の中、最後は希望を残して幕が引かれ、救われる思いだ。普遍的なテーマを時代に反映させた家族のドラマである。

(文・藤枝正稔)

「パパは奮闘中!」(2018年、ベルギー・仏)

監督:ギョーム・セネズ
出演:ロマン・デュリス、ロール・カラミー、レティシア・ドッシュ、ルーシー・ドゥベイ、バジル・グランバーガー

2019年4月27日(土)、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.cetera.co.jp/funto/

作品写真:(C)2018 Iota Production / LFP - Les Films Pelleas / RTBF / Auvergne-Rhone-Alpes Cinema

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2014年09月26日

「聖者たちの食卓」 インド5000人の無料食堂 「すべての人に平等に」

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 石臼で小麦を挽く、挽き上がった小麦粉を丸める、薄く引き伸ばす、チャパティ(薄焼きパン)に焼き上げる。挽く人から、丸める人、引き伸ばす人、焼き上げる人へ。流れ作業に乗って完成し、食堂へと運ばれる。普通の食堂ではない。5000人もの人々が一堂に会して食事する巨大な“無料食堂”だ。

 インド北西部、パキスタンとの国境近くにある都市アムリトサル。ここにシク教の聖地である黄金寺院(ハリマンディル・サーヒブ)がある。無料食堂は、寺院で500年前にスタートした給食制度だそうだ。「すべての人々は平等である」というシク教の教義に基づき、人種、宗教、年齢、性別を問わず、希望する人に無料で食事が供される。

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 チャパティのほか、カレーなど数種のメニューがワンプレートに盛りつけられて1人前。これを一度に5000人分作る。食事が済んだら直ちに片付け、次の食事を用意。それを延々と繰り返す。1日最大10万食が提供されるというから、まさに目の回るような回転率である。

 丸めた小麦粉を容器に放り込む。汚れた食器をバケツに投げ込む。そのスピードとコントロールに舌を巻く。熟達の技というのだろうか。食後の床は幅広のモップを使い、これも敏捷な動きで手際よくふき清める。日本の新幹線の清掃サービスが海外で評判だが、決して負けていない。

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 映画を見る前は“炊き出し”のようなものを想像していたが、まったく違った。高度にシステム化され、衛生面への配慮も万全なのだ。

 こんなことがどうして可能なのだろう。無償で働いているスタッフたちは、どうモチベーションを保っているのだろうか。お布施だけで運営できるのだろうか。映し出される人々の邪心が感じられない献身的な姿を見ていると、そんな疑問をいだくこと自体が馬鹿馬鹿しくなってくる、

 世界を席巻するファストフード文化に対する、壮大なアンチテーゼのようにも思える「聖者たちの食卓」。人間の生きる根本である食のあり方、ひいては人類が共生していく道についても、深く考えさせてくれるドキュメンタリーである。

(文・沢宮亘理)

「聖者たちの食卓」(2011年、ベルギー)

監督:フィリップ・ウィチュス、ヴァレリー・ベルト

2014年9月27日(土)、渋谷アップリンクほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.uplink.co.jp/seijya/

タグ:レビュー
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2012年02月02日

「タンタンと私」 生みの親の素顔、貴重なインタビュー音源で

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 ベルギーの人気コミック「タンタンの冒険」。スティーブン・スピルバーグ監督が昨年、「タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密」のタイトルで、3DCGアニメーション映画を製作した。「タンタンと私」は1971年、フランス人学生が行ったインタビューをもとに、タンタンの生みの親のエルジェ(本名:ジョルジュ・レミ)の人となりを浮かび上がらせる作品である。

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 エルジェへのインタビューは4日間、録音テープは14本に及んだ。30年間保管されたテープは状態が非常に悪く、クリーニングを繰り返して復元された。音源なので映像がない。監督は「観客が主人公に“出会う”決定的な瞬間、分かち合える瞬間」の重要性にこだわり、テレビ局が撮影したエルジェの映像をドローイング版画のような白黒画像に加工。1秒24コマの映像を3〜4コマに落とし、インタビュー音源とシンクロさせたという。映像は音源とぴったり重なり合い、まるで一緒に収録されたようで違和感はない。

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 エルジェが歩んだ人生と創作アイデア、「タンタン」の誕生秘話、戦争時代の苦労話が、インタビューを軸に時代ごとの「タンタン」シリーズと比較され、記録映像も絡めてつづられる。

 作者の生い立ちから「タンタン」が生まれた経緯を、外堀を埋める形で語り、人物像を浮かび上がらせる。やがてインタビューテープは、エルジェの私的な部分に踏み込む。漫画を細部まで丁寧に描くことにこだわり、描くことにしばられ続けたエルジェ。精神を病んで失踪した話、自分のスタジオで働く女性との不倫、離婚。カトリック信者だったエルジェが、罪悪感から悩み苦しんだ話も明かされる。中国を舞台にした物語「青い蓮」を描く際、アドバイザーとして参加し、長く音信不通になった中国人青年の行方も追われる。

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 エルジェ自身が「しゃべりすぎてしまった」と言うだけに、学生相手で警戒を緩めたのだろう。インタビュー内容は数年がかりで1冊の本になったそうだが、本人が大幅に手を入れたため、本来の内容と違うものになったという。それだけに今回のインタビュー音源は貴重。「タンタンの冒険 ユニコーン号の秘密」で興味を持った人はもちろん、コアなファンにも「タンタンの世界」をひも解く作品となるだろう。

(文・藤枝正稔)

「タンタンと私」(2003年、デンマーク・ベルギー・フランス・スイス・スウェーデン)

監督・脚本:アンダース・オステルガルド
出演:ジョルジュ・レミ、ヌマ・サドゥール、マイケル・ファー、アンディ・ウォーホル、ファニー・ロドウェル

2月4日、渋谷アップリンク、銀座テアトルシネマ、新宿K'sシネマほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

作品写真:(C)HERGE/MOULINSART2011 (c)2011 Angel Production, Moulinsart
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2009年01月28日

「ロルナの祈り」 ダルデンヌ監督、アルタ・ドブロシに聞く

「想像上の子供を通して、ロルナは人間性にめざめる」

「ロルナの祈り」 ダルデンヌ監督、アルタ・ドブロシに聞く1_300.jpg

 「貧しさから逃れて豊かな生活をしたい」。アルバニアからベルギーにやってきたロルナは、国籍取得のためベルギー人青年のクローディと偽装結婚した。仲介したブローカーは、ロルナを次の偽装結婚に利用するため、クローディを早々に葬ろうと企む。当初は無関心を決め込んでいたロルナだったが、同居生活を続けるうち麻薬中毒者であるクローディへの同情心が芽生えて――。

 アルバニアからベルギーにやってきた移民女性の心の葛藤を描き、2008年カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した「ロルナの祈り」。1月31日の日本公開を前に、監督のリュック・ダルデンヌ、ジャン=ピエール・ダルデンヌ兄弟と主演女優のアルタ・ドブロシがこのほど来日し、東京都内で合同インタビューに応じた。

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